月読の塔の姫君

舘野寧依

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第五章:銀の王と月読の塔の姫君

第60話 可能性と処置

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 その翌日、わたしはまたアークに魔法を教わっていた。

「……しかし、本当にイルーシャに魔法が必要になりそうな事態になるとはな」

 わたしに魔防壁を教えながら、アークが溜息をついた。

「アーク、ごめんなさい」

 心配の種を増やしてしまったのが申し訳なくて、わたしは彼に謝った。

「いや、イルーシャのせいじゃない。悪いのはトゥルティエール側だろう。おまえはわたしのものだというのに、手を出してくる方が悪い」

 けれど、アークは少しぴりぴりしてるみたい。
 わたしがアークの腕に縋りつくと、彼はわたしを抱き寄せた。

「おまえの警護はもう少し増やさせる。わたしも少し気をつけておく」

 アークに気にかけて貰えるの嬉しいけれど、それは彼にそれだけ負担がかかるということだ。

「アーク、わたしのために無理はしないでね……? わたしもあまり出歩かないようにするから」
「……イルーシャのその気持ちは嬉しいが、それではおまえが息が詰まるだろう。トゥルティエールの動きは気になるが、おまえは行動を制限することはないのだからな」

 アークはそう言ってくれてるけど、本当にいいのかしら……?
 そう思って彼を見上げると、アークは力強く頷いた。

「本当に気にすることはない。易々とおまえをトゥルティエールに渡したりはしない。そのための城の結界も強化するつもりだ」
「……それならいいのだけれど」

 けれど、あの予言がある限り、先行きが不安なのは仕方ない。
 彼に負担がかかるのは心苦しいけど、ここはアークの気遣いに乗ることにしようかしら。

「そうね、あまり気に病むのも良くないし、なるべく普段通りにするわ。もちろん警護の者も連れていくけれど」

 わたしが少し微笑んで言うと、アークはわたしの瞼に口づけてきた。

「ああ、そうしてくれ」

 そうして、アークは執務があるのに、わざわざわたしの魔法の修得に付き合ってくれた。
 その甲斐あってか、魔防壁もなんとかなりそうでわたしはほっとした。

「しかし、イルーシャの魔力はかなりのものだな。過去視の能力を差し引いても、鍛錬を続ければ、宮廷魔術師と肩を並べるくらいにはなりそうだ」
「え……、そう?」

 そこまで言われるほど、わたし魔力があるの?
 そうしたら、もしかして移動魔法なんかも出来るようになるのかしら。
 わたしがそう聞くと、アークは真剣な顔で頷いた。

「ああ。……とは言ってもこれは王妃の責務を考えたら、イルーシャには少し難儀かもしれないがな」

 でも、アークがこう言うってことは、わたしが魔術師になるのも可能だってことよね。
 それで思わず、わたしは目を輝かせて言ってしまった。

「わたし、もっと魔法を覚えたいわ! それで、あなたの心労も少しは軽減されるかもしれないし、アーク、是非教えてほしいわ」

 すると、アークは少し苦笑しながら言ってきた。

「そうすると、わたしは厳しくなるぞ。それでもいいか?」
「ええ、それでいいわ。甘やかされたら、覚えも悪いだろうし」

 これでトゥルティエールのあの魔術師を遠ざけられるなら嬉しい。
 でも、あちら側もわたしの魔法習得までそうそう待ってはくれないだろうけれど。
 けれど、だからといってわたしはなにもしないで手をこまねいてる訳にもいかない。アークと一緒にいるために自分の出来るだけのことはしないと。
 そうしているうちに、宰相補佐のローラントがアークを呼びに来て、彼は執務に追い立てられていった。
 その後、わたしはまた別の魔術師について魔法を教わった。
 その時に予習にと魔法書を貰ったので、わたしはつい夢中になって昼食もそこそこについつい読み耽ってしまった。



「イルーシャ、その辺にしておけ。あまり根を詰めると体によくないぞ」

 かなり集中して魔法書を読んでいたので、いきなりアークに声をかけられてわたしは飛び上がりそうになってしまった。
 ……ああ、びっくりした。
 わたしはどきどきしている心臓を抑えながら、魔法書に栞を挟みアークに向き直った。

「驚かしたか? すまない」

 アークは申し訳なそうに謝ってきたけれど、今まで彼に気がつかなかったわたしがどう見ても悪いわよね。

「ごめんなさい、気がつかなくて」

 愛する彼に声をかけられるまで気がつかないなんて、予言のことでせっぱ詰まってたとしてもわたしとしては失態だったわ。

「いや、いい。それよりもおまえは少し休め。魔術に関しては一朝一夕でどうにかなるものではないからな」
「……そうね。わたし、少し焦りすぎてたみたいだわ」

 アークの言葉で少々余裕が出てきて辺りを見回すと、エレーンがお茶の準備をしているところだった。
 彼女は紅茶とドライフルーツのたくさん入ったケーキを出すと、アークとわたしの邪魔をしないように素早くそこから退いて、離れたところで控えている。
 ……なんだか、エレーンにも気を使わせてしまったみたい。
 でも彼女の心遣いが嬉しくて、わたしは離れたところにいる彼女に向かってにっこりした。
 それに対してエレーンは嬉しそうに口角を上げると、部屋の隅で頭を下げた。

 それでしばらく、わたしとアークがお茶を味わっていると、おもむろにアークが言った。

「そういえば、グローグはトゥルティエールとの関係について口を割ったぞ」
「え……」

 グローグ伯爵の諦めのあまりの早さに、わたしは思わず瞳を見開いた。

「イルーシャの過去視の映像を見せたら、言い訳はもはや出来ないと覚悟したらしいな。直接グローグと繋がっていたのはレーゼスだったらしいが、伯爵はやつの本当の名も知らされていなかったらしい」

 それはグローグ伯爵がトゥルティエール側に信用されていなかったということだろう。哀れと言えば哀れかもしれない。

「……どうして伯爵はそんなことをしたのかしら」

 グローグ伯爵の行為は結果的には大事には至らなかったけれど、はっきりとした国に対する背信行為だ。
 なにせ、国王の妃を攫う算段でいたのだから。

「グローグは、イルーシャがいなくなればトゥルティエール側に姫をわたしの妃にするとの約束を取り付けていたらしいな。……それは、かの国にとってはグローグを動かす為の虚言だったようだが」
「姫を……」

 グローグは自業自得だけれど、その姫はなんだか可哀想。

「本来ならそれ相応の罰を受けて貰うことになるはずだが、今回は大事には至らなかったのでグローグは投獄ということになった」

 これでもたぶん、グローグには甘い処分なのだろう。……けれど。

「その家族はどうなるの?」

 残された家族がグローグの罪を被ることにならなければいいのだけれど。

「家督はその子息に継がせることになった。問題の姫はその親戚筋に嫁がせる。それで問題はないだろう」

 これはアークとしても寛大な処置なんだろう。通常なら家を取り潰されても文句は言えないことをグローグはしたのだから。
 でも、その姫に好きな人とかいなかったのかしら。
 親の事情で振り回された姫が気の毒でわたしは思わず口にだしてしまった。

「……その姫には好きな方はいらっしゃらなかったのかしら。いきなりこんな事になるなんて、とても気の毒だわ」

 すると、アークはわたしの言葉が意外だったのかその眉を上げた。

「……イルーシャは相変わらず随分と優しいな。下手をすると、おまえの後釜にその姫が妃として居座ることになったかもしれないというのに」
「でも、それは父親であるグローグ伯爵の思惑でしかないでしょう。それに振り回された姫君にはとても同情してしまうわ」

 わたしがそう言うと、アークは仕方なさそうに溜息をついた。
 ああ、なにか余計なことを言ってしまったかしら。
 わたしは不安になったけれど、次にはアークが優しく微笑んだので思わず安堵してしまった。

「分かった。グローグの姫のことについては後で調べさせよう。それに無理矢理嫁がせることはやめる。……それでいいか、イルーシャ」
「アーク、ありがとう」

 アークがわたしの意見を汲んでくれたことに、わたしは嬉しくて彼に思わず抱きついてしまった。それをアークが優しく抱きとめる。

「……しかし、わたしもおまえにはとことん弱いな」

 わたしを抱きしめながらぼやくアークがなんだかおかしくて、わたしはくすくすと笑いをこぼしてしまった。
 そしてお礼の意味も込めて、わたしはアークにそっと口づけた。
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