月読の塔の姫君

舘野寧依

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第六章:魅惑の姫君と幻惑の魔術師

第69話 歪んだ関係

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 キースのあまりの言葉にわたしは絶句して立ち尽くした。
 まさかキースがこれ以上あんな不埒な真似をするなんて、信じたくなかった。

「……嘘でしょう?」
「嘘なんかじゃないよ、イルーシャ。これは君に対するお仕置きだよ」

 そのあまりの言いぐさに、ついわたしはキースに食ってかかってしまった。

「あなたはわたしの夫でも恋人でもないじゃない。わたしにそんなことが出来るのはアークだけだわ」
「……ふうん。そう言うってことは、アークリッド王に君はお仕置きを受けたんだ」

 キースは目を細めると冷たい口調で言う。それにわたしはひやりとしてしまった。
 ……確かに五百年前に子供を作ることを拒否するような行動をしたわたしをアークに責められたことはある。
 けれど、そのことをキースに言うつもりはなかった。
 それでわたしは無理矢理話題を変えることにした。

「そ、それはそうと、あなたは睡蓮の呪いを弱めるための魔法を教えにきたのでしょう? だったら早く用件を済ませてちょうだい」

 昨夜のことがなければ、わざわざ訪ねて来てくれたキースを邪険にすることはなかったのだけれど、わたしは一刻も早く彼から逃れたかった。
 すると案外素直にキースは頷いた。

「分かってるよ。……じゃあ、イルーシャこっちに来て」

 な、なにもされないわよね?
 内心びくびくしながらわたしはキースに近づいた。そんなわたしを見て、キースがおかしそうに笑った。

「そんなに怯えなくても、今はなにもしないよ」

 ……今まで彼のこと親切な人だとばかり思ってたけど、キースって結構いい性格してるわ。
 それに、「今は」ってなんなの?
 本当にまた今夜、昨夜みたいなことをする気なのだろうか。
 わたしが警戒して眉を顰めていると、キースはわたしを揶揄するように言ってきた。

「君は呪いをそのままにしておいてもいいのかな? まあ、このままでも封印されているから大丈夫だとは思うけどね」

 いくらキースの封印が完璧だとしても、この睡蓮の呪いのせいで酷い目にあった身としては早くこれは消えてほしい。

「……そのままでいいとは思っていないわ。キースわたしにその魔法を教えて」

 出来れば他の人に教わりたいけれど、この呪いについて一番詳しいのはたぶん彼だろう。
 キースにされたことは許し難いけれど、わたしは仕方なく彼に教えを請うことにした。

「分かった。呪文自体はそう難しいものじゃないよ。僕の後から言葉を繰り返して」

 そう返すキースは以前と変わらないように見えるのに、本当にどうしてこうなってしまったのかしら。
 わたしは溜息を付きたくなるのを堪えると、キースの後に付いて呪文を唱えた。
 するとわたしの魔力とおぼしき光の固まりが手のひらに集まり出す。それがある程度の大きさになったところで、その球体は育つのを止めた。
 それを胸元に寄せて、短い呪文を唱えた後、球体は呪いの封印がある場所へと吸い込まれていった。
 ちなみにキースはわたしの胸元からではなくて、背中から魔力注入をしてくれた。
 正直、彼から生々しい行為を受けた身としては、これは安心した。

「……そういえば、前にヒューにも教えると言ってたわね。もう彼には教えたの?」

 わたしがそう問うとキースは首を横に振った。

「いや、まだだ。あれから結構慌ただしかったしね」
「……それは確かにそうね」

 慌ただしかったのは、間違いなくわたしのせいだろう。そう思うと、とても申し訳ない気持ちになる。けれど、キースに昨夜されたことでわたしは素直に謝ることができなかった。
 我ながら依怙地で酷い女だわ、わたしって。
 五百年前から連れ戻されたことでキースを恨むのも、お門違いも甚だしい。彼はただ、自分の役目を全うしただけだ。
 けれど、理性では分かっていても感情はそう簡単にはついてこない。それに加えてキースに昨夜されたこともそれに拍車をかけていた。

「……イルーシャ?」

 俯いて考え込んでいるわたしをキースがのぞき込んできた。それで、わたしはもやもやする気持ちを無理矢理振り払う。

「魔力注入は一日何回もしてもいいの?」
「それは構わないけど、君の今の魔力なら三回が限度じゃないかな。これは結構力を持っていかれるし」
「……そう」

 それでわたしは復習がてらまた魔力注入の魔法を試みる。
 キースの言う通り、三回目でわたしは体がだるくなって仕方なくなってきた。……これは余程のことがない限り、二回でやめておいた方がいいかもしれない。
 わたしは立っているのも辛くなってきて、長椅子に腰掛けた。

「大丈夫かい、イルーシャ」
「……ええ、少し休めば大丈夫。今日はありがとう、キース」

 引っかかりはあるけれど、忙しい時間をさいてわたしにつきあってくれたのだし、わたしは素直に彼にお礼を言った。
 ……とにかくこれで、彼に頼ることなく魔力注入をすることができるようになったのだ。後は、ヒューにこれを覚えてもらって、たまに彼にしてもらうようにしたらいいかしら。
 ……でもヒューにそうしてもらうのもかなり気が引けるのよね。わたしがアークを選んだことで、彼を袖にしたような形になってしまったし。
 そう考えると、やっぱり魔力注入はできるだけ自分でするようにした方がいいわよね。
 わたしが長椅子の肘掛けにもたれ掛かってそう考えていると、キースが隣に腰掛けてきてわたしの髪を撫でてきた。

「……わたしに触らないで」

 けだるい体を起こして、キースに抗議すると、彼は楽しそうにこう返してきた。

「昨夜、あんなに君に触れたじゃないか。今更だよ」

 それでわたしはかっとなって、思わず叫んでしまった。

「もういいから帰って!」
「分かったよ」

 もう少し粘るかと思ったキースがあっさり引き下がったので、わたしは怒りのやり場がなくなってしまった。
 悔しくて黙り込むわたしを楽しそうにキースは見やると、わたしの頬に触れてきた。

「キース!」
「はいはい、僕は退散するよ。じゃあね、イルーシャ」

 楽しそうにキースは長椅子から立ち上がると、悠々とわたしの部屋を出ていった。
 ──く、悔しい。完璧に彼に遊ばれている。
 ただ、さっきまでわたしに纏わりついていただるさが全くなくなっているのに気が付いて、わたしは複雑な気分になった。
 これはきっとキースが治癒魔法を使ってくれたのだろう。
 意地悪なのに、相変わらず優しいところもあって、キースはずるい。
 ……これじゃ、憎みきれないじゃない。
 わたしは唇を噛むと、その考えを振り払うようにかぶりを振った。



 それから、わたしは二日後の国民への顔見せのための衣装合わせをしていた。
 一応王族としての公務な訳だし、衣装もおざなりにするわけにはいかない。

「……たまには濃い色でいいのではないかしら。淡い色合いばかりだと、印象も薄くなりがちだし」
「そうですわね」

 わたしの言葉に、リイナは納得したように頷いてくれた。
 そこで選んだのはワイン色のドレス。
 普段だったらまず着ない色だけれど、そこは化粧と装飾品でカバーすることで、まずまずの出来になった。
 これで頼りなさげで守られることしかできない姫君というイメージを払拭することができればいいのだけれど。
 ……それ以前に、ウィルローの撒いた悪評を少しでも覆すことができるようにわたしは毅然として国民の前に出なければならない。
 たとえわたし自身がどれだけ穢れていようとも、ガルディア王室のために伝説の姫君の名は汚してはならないのだ。
 わたしはそう決意すると、以前熱狂的にわたしを受け入れてくれたガルディア国民に思いを馳せた。



 そして、また夜がきた。
 キースは、今夜も来ると言っていたけれど、出来ればあれはわたしをからかっていたのだと思いたい。
 けれどやはり不安で、わたしはアークから習った魔法を自分にかけておいた。

「やあ、イルーシャ。また君に会いに来たよ」

 信じたくなかったけれど、宣言通りキースはやってきた。

「……わたしは会いたくなかったわ」

 わたしがそっぽを向いて言うと、彼が苦笑したような気配がした。

「つれないね。……それにしても、防御壁と魔防壁の重ねがけか。これはアークリッド王に習ったの?」
「……そうよ」

 わたしがそう言うと、キースの瞳がすっと冷たくなる。
 それにわたしは気圧されて、思わず後ずさってしまった。

「でも、こんなのは僕には無駄だから、今後は使わないことだね」

 彼がそう言って手を伸ばしただけで、わたしの魔法はたやすく破られてしまった。わたしのつたない魔法など、確かに稀代の魔術師のキースには赤子も同然だろう。
 わたしは落胆しながらも、これから自分の身に起こるであろうことに危機感を覚えて、できるだけ彼から離れようとした。
 けれど、そんな考えも空しく、キースが数歩進めただけでわたしは彼にあっという間に抱き寄せられてしまった。

「僕から逃げられると思わないことだね、イルーシャ」

 楽しそうにそう言われて、わたしの顔が恥辱で赤く染まっていく。
 そんなわたしにキースは難もなく何度も口づける。そしてそれは、段々深くなっていった。

「い、や……」

 そしてわたしは昨夜に続けてキースに体を弄ばれた。
 ……ただ、彼がわたしを抱くことはなかった。
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