月読の塔の姫君

舘野寧依

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第六章:魅惑の姫君と幻惑の魔術師

第68話 嫉妬

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「あ……」

 キースの深い口づけに立っていられなくなったわたしは、弛緩した体を彼に受け止められた。

「……君は昼間カディスに触れさせていたね。この間彼に襲われたのに随分と不用心だ。──それとも、君はまた男を誘っていたのかな?」

 キースの揶揄するような言葉に、わたしは瞳を見開いた。それと同時に胸が痛くなる。

「そんなつもりじゃ……っ」

 やはりあの気配はキースだったと理解すると同時に、わたしはそれを否定しようと首を振る。

「じゃあ、なに? 端から見たらそうとしか見えなかったよ。夫を喪ったばかりと言いつつ、君はまた以前と同じことを繰り返してる。僕が前に言ったことを全然理解していないんだ」

 厳しいキースの言葉にわたしは愕然となる。
 キースの目にはそう見えたの?
 そう思うとなぜだか凄く恥ずかしさが押し寄せてきた。

「ご、ごめんなさい」
「謝るのなら、僕にじゃなくてアークリッド王じゃないかい? ……ああ、そういえば君は彼を閨に誘っていたね」
「え……」

 キースに連れ去られる前、確かにわたしはアークに愛されたくてそうしてしまった。
 もしかすると、彼が五百年前に来た時に、その一部始終を見られていた可能性がある。
 そう思うと、わたしは全身が羞恥で染まる気がした。
 そんなわたしの顔を見て、彼はわたしが考えていることを察したらしく、ふっと笑った。

「全部見てたよ。君がアークリッド王の首に腕を回して口づけて誘っていたところも、その後の激しい睦みごとも、全部ね」
「や……っ」

 あまりのことにわたしは涙目になって、キースの腕の中で首を振る。
 わたしはキースの腕からどうにか出ようとしたけれど、彼の力が緩むことはなかった。
 それどころか痛いほどに抱き寄せられて、わたしは自然に体を反らせてしまった。
 すると、キースは寝間着越しにわたしの膨らみの中央を甘噛みしてきた。

「やぁ……っ」

 ──こんなのは駄目なのに。わたしはアークを裏切りたくない。

「キース、やめ……」
「君のあんな姿を見て僕がどう思ったと思う?」

 わたしの言葉を遮ってキースが聞いてくる。その顔はいつもと違って表情に乏しく、それが逆に恐ろしい。

「君を簡単に組み敷けるアークリッド王が憎くて憎くて、嫉妬から君を滅茶苦茶にしてやりたいと思ったよ」

 そこでキースはわたしを抱き上げると、ベッドに横たえた。
 わたしは慌てて起きあがろうとするけれど、体が動かなかった。

「動けないだろう? 悪いけど、手足の動きを封じさせて貰ったよ」
「ひ、酷いわ、キース。どうしてこんなこと……っ」

 わずかに身じろぎするしかできない体に、わたしは危機感を覚える。これは、前のカディスの時よりも状況が悪いのではないだろうか。

「言っただろう、君を滅茶苦茶にしたいって」

 彼に似合わない皮肉な笑いとその言葉に、わたしは体を震わせる。

「や……」
「大丈夫、最後まではしないよ」

 声は優しいけれど、その目は笑っていない。
 こんなのは嫌。キースがこんなふうになってしまうなんて。

「お願いキース、やめ……っ」

 彼に寝間着をはだけられて、膨らみに触れられ、その頂を指で捻られる。

「あ……っ」

 それに簡単に反応してしまうこの体が恨めしい。愛する人だけを感じることが出来ればいいのに。
 ──アーク、助けてアーク。
 アークの名前を呼ぼうとして、けれどなぜか彼への助けを求める声も出てこなくて、わたしは愕然とする。
 キースはここでもわたしからアークを引き離すつもりのようだった。

「やめ、やめて……っ」

 太腿からキースの手が這い上がってくる。
 こんなのは嫌なのに。
 羞恥と屈辱に涙が頬を濡らすけれど、わたしの体はキースの唇と指に翻弄されていく。
 何度も高みに押し上げられる体、寝室に響く恥ずかしい声と水音。
 アークへの背徳感とキースから与えられる感覚に支配されながら、結局それはわたしが気を失うまで続けられた。



 朝、気が付くとわたしはきちんと寝間着を着ていた。どうやらキースはわたしの体を拭き清めて帰っていったらしい。
 けれど、本当に彼の言う通り最後まで行かなかったのかは分からない。
 どうしよう、これは念のために避妊薬を貰った方がいいのかしら。でも、そんなことをしたらカディスの耳に入りそうだし。
 ベッドの上でしばし悩んでいると、シェリーがわたしを起こしにきた。

「イルーシャ様、おはようございます」

 シェリーはいつも通りで、昨夜わたしがキースに翻弄されきっていたことなどまるで知らない様子だった。
 たぶん、キースは魔法で防音したか、なにかしたのだろう。
 それでもわたしには大抵は甘かったキースにあんなことをされたのがショックで、わたしはシェリーの挨拶にも呆然としたままだった。

「イルーシャ様?」

 わたしの様子がおかしいのを不思議に思ったのか、シェリーが心配そうな顔に変わる。……ああ、いけない。

「ごめんなさい、少しぼうっとしていて。すぐに支度をしてくれる?」
「はい」

 それでもいくらか心配そうなシェリーの手を借りて、わたしは朝の支度を終えた。

 朝食の後で、シェリーから「キース様がお待ちになっています」と言われて、わたしは思わず体が震えてしまった。

「……キースが、なぜ?」

 動揺を押し隠してわたしはシェリーに問う。幸い彼女はそれに気づかなかったようで聞かれるままに答えてくれた。

「なんでも、イルーシャ様がかかられている呪いを弱めるための魔法を教えたいそうですけれど」

 そう言われて、わたしは自分が睡蓮の呪いを受けていたことを思い出した。
 確かにそのことを思えば、わたしはこの場でキースをはねのけることはしてはいけないのだろう。
 ……けれど、昨夜されたことを思えば、彼に会いたくはない。
 とても恥ずかったし、確実に彼を詰ってしまいそうだったからだ。

「……分かったわ。悪いけれど、しばらくキースと二人きりにしてくれる? 睡蓮の呪いのことはあまり人に聞かれたくないし」
「かしこまりました」

 睡蓮の呪いの特殊性からして、そう言えば大抵の人はその場を引いてくれるだろう。
 シェリーもわたしのその考え通り、素直に頷いてくれた。

 そして、しばらくしてキースが笑みを浮かべてわたしの部屋に入ってきた。けれど、相変わらずその目は笑っていない。
 キースと二人きりになったわたしは、彼に近づくとその頬を打った。

「……君の気の強さは、どうやら相変わらずのようだね」

 キースはさほど堪えていないらしく、口角を上げて笑った。それがとてつもなく憎らしい。

「酷いわ、キース。あなたまであんなことをするなんて……っ」

 そこでわたしは堪えきれずに涙を幾筋も流してしまった。
 それを彼は驚いたように見たけれど、それもすぐに昨夜見たような意地悪な笑みに変わる。

「でも、最後まではしていないだろう? 僕の自制心を褒めてほしいね」

 キースの口から最後まで行っていないことを確認してわたしはほっとすると同時に、彼に対する怒りがこみ上げてきた。

「自制心のある人はあんなことをしないわ」

 羞恥に頬を染めて責めると、キースは確かにね、と苦笑した。

「でも、君が僕の忠告を聞かないのが悪いんだよ。少しはそのことを身をもって知ればいいんだ」

 その言い方に引っかかりを覚えてわたしはキースを見た。すると彼は傍に近寄ってきて、思わず体を震わせるわたしの耳元で楽しそうに囁いた。

「今夜も君の元へ通うのが楽しみだよ、イルーシャ」
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