月読の塔の姫君

舘野寧依

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第六章:魅惑の姫君と幻惑の魔術師

第72話 演技

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「イルーシャ」

 そして今夜もキースはわたしの寝室にやってきた。
 そのことが意味することを身を持って知らされたわたしは、羞恥に頬を染めながらも彼に抗議する。

「明日は国民への顔見せなのよ。それに、もうこんなことはやめてほしいわ」

 それにアークを喪ってまだそれほどたっていないのに、こんな彼を裏切るような真似をいつまでもされるのは嫌だった。それが、キースがアークからわたしを攫った張本人とあれば尚更だ。

「嫌ならカディスに言ってもいいんだよ。そうすれば僕は彼の怒りを買って、いくら君を抱いていないとは言っても監禁くらいはされるだろうね」
「……っ、それは……」

 さすがにここに戻ってきて最初に親切にしてくれた彼をそんな目に遭わせるのは忍びない。
 そこで、わたしが目をさまよわせていると、キースがわたしを抱き上げてベッドまで運んだ。

「い、いや……っ」

 彼にこれからされることは分かっているけれど、やはりアークに対する後ろめたさや羞恥は何度されても払拭することは出来ないだろう。おまけに、ただ体を弄ばれることはわたしの自尊心も傷つけた。

「大丈夫、明日のことも考えて、今夜は手加減してあげるよ」
「……だったら、このまま帰ってほしいのだけど」

 わたしが不機嫌も露わにそう言ったら、キースに口付けされてしまった。

「せっかく来たのに、もったいないじゃないか。いい加減君も慣れればいいのに」
「こんなこと、慣れたくないわ。そんなことよりいつまで続くのこれは!」

 思わずかっとして言い返すと、キースは眉を上げてこともなげに言った。

「それは、僕が飽きるまでずっとだね。まあ、しばらくはこの状態だと思うよ」
「ひ、酷いわ、キース」

 寝間着をはだけられたわたしが、羞恥に頬を染めながら、彼に抗議する。
 キースはそれにも全く堪えることもなく、それどころかこうのたまった。

「うん? もしかしてイルーシャは触れられるだけじゃ不満なのかな? それなら君の期待に添えるようにするけど」

 わたしはすぐに彼の言わんとすることを理解して、叫ぶように反論した。

「そんなことあるわけないでしょう! ふざけないでキース!」

 真っ赤な顔でぜいぜいと息を付きながらキースを睨むと、彼は目を細めて楽しそうに笑った。

「なにも知らない頃の君だったらこんなこと言えなかったけど、これはこれで君をからかえておもしろいね」
「……わたしはあなたの玩具じゃないわ。本当にいい加減にして」

 頬を染めながらも、わたしがそう言うと、彼はまたさっきと同じことを言ってきた。

「……だから、不満ならカディスに言えばいいって言ってるだろう? 僕がこの状態を続けているのは君のせいでもあるんだよ」

 ……なぜ、これがわたしのせいなの?
 わたしがカディスに言えないことを分かっててこんなことをしているくせに。

「……キースは酷いわ」

 わたしが彼から視線を逸らして、全身の力を抜いた。意に添わない行為のために涙が頬を濡らすのは仕方ないだろう。

「……そうかもしれないね」

 キースが苦笑する気配がしたけれど、それだけだ。彼が行為を止めることはない。
 わたしは全身に彼の口づけを受けながら、アークへの懺悔と、最初キースに出会った頃のように、もう心から彼を信頼して接することはできないだろうという哀しみを感じていた。



 その夜もキースはわたしを抱かなかった。キースはわたしを乱した後、その後処理をして早めに帰って行った。
 昼間にわたしから口付けするようにし向けておいて、本当に彼が分からない。
 ……ああ、でもそうね。
 もし万が一このことがカディスの知ることになったとしても、最後までしていないとなれば、そこまでカディスの怒りも買わないだろうという彼の計算なのかもしれない。
 けれど、それでも彼の行動は分からな過ぎて、困惑する。……ただ、彼がわたしを憎んでいて、貶めたいのだけは感じるけれど。
 ただ、彼との時間で収穫もあった。
 それはリューシャの弟、アデルのことだった。
 けれど残念ながら、彼の行方ははっきりとは分からないらしい。
 それらしき子供を見たという情報はちらほら入るらしいのだけれど、彼がどこから来て、どこへ所属されているのか全く手がかりが掴めなかったそうだ。
 でも、もしアデルがわたしに復讐しようとしてもきっとキースが防いでくれるわよね。
 それで、アデルがルディア市内で安心して働けるようになったら、わたしの自己満足ではあるけれど、とても嬉しいと思う。
 できれば、アデルの復讐心が徐々にほぐれていって、新しい生活によって、希望を持てるような状況になればいいと思うけれど、それはとても楽観的な考えだろう。
 けれど、わたしから少しでも離れた場所にいた方がアデルの哀しみも新しい生活の中に紛れていってくれるのではないかと思いたい。

 ──とりあえずは明日の国民の顔見せを滞りなく行えるようにわたしは頑張りましょう。

 いろいろと考えることはあるけれど、目の前のことを着実にこなしていくことが、わたしに課された役目だ。
 そうとなったら、今夜は疲れたことだし、早々にわたしは就寝することにした。



 次の日の国民への顔見せは午後からだった。
 わたしは昼食を軽めに取った後、あらかじめ選んでおいたワイン色のドレスを侍女達に着せてもらった。
 そして横の髪を下だけ軽く巻き、後の髪はアップにして紅薔薇を基調に花を編み込んでもらい、化粧もそれに合わせてみた。
 すると、いつもとは違ったわたしが鏡に映った。

「まあ、イルーシャ様、とても艶やかで素敵ですわ」
「とても古の王妃らしいですわ」

 古の王妃、と聞いてアークのことが蘇り、わたしの心に哀しみが広がったけれど、わたしはただ笑顔でありがとうと支度をしてくれた侍女達に礼を言った。

 そしてまたわたしは、いつかのようにリイナに手を引かれてバルコニーの前まで連れてこられた。そこにはもちろん正装のカディスが待ち受けていた。

 ──ああ、カディスがアークだったらどんなに幸せだろう。

 でも、カディスはたぶんアークではないと分かってしまっているので、心が躍ることはない。
 あるとすれば、キースとの行為による彼への後ろめたさだけだろう。
 あれが明るみに出れば、いくら稀代の魔術師のキースとて、ただではすまないだろう。
 暗い気持ちになりかけるのを心の中で無理矢理振り払い、わたしはカディスに微笑みかける。
 すると、カディスは眩しそうに目を細めながらわたしを見てきた。

「……以前も美しいと思ったが、今回はそれ以上だな。とても艶やかだ」
「ありがとう」

 わたしはカディスに手を取られ、導かれるままバルコニーへと出た。

 ──ワッ!!

 その途端に国民の歓声がもの凄い音量で押し寄せてくる。
 国民への顔見せはいつ行っても、何度も胸が熱くなる。
 五百年前でも、今でもガルディア国民を守りたいと思う心は同じ。
 ただ、隣にアークがいてくれたら、わたしはこれ以上ない幸せだったろう。

 ……ごめんなさい、カディス。
 わたしはキースに体を弄ばれていることもあって、彼に申し訳なくなる。
 きっと彼はキースとわたしがそんなことになっているとは思ってもいないだろう。
 けれど、このガルディアを保つにはキースの能力は必要不可欠。わたしは、いくら恥辱をキースに与えられようが、これだけは知られるわけにはいかなかった。

 そして、わたしは心の中の葛藤を押し隠して、カディスとともに国民に手を振り、微笑みかける。
 ……たぶん、これで国民からカディスとの婚礼を望む声もまた上がってくるだろう。
 ただ、わたしはまだアークを忘れられない。
 それに、わたしは一人の人物に体を弄ばれる存在だ。
 そんなわたしがカディスの妃なんてとんでもないことだ。
 ふと離れた場所に目をやると、目立たないようにキースがわたし達を守っていた。
 それを目にして、キースのあの夜の行為の目的はそれも考えてのことなのかとこんな時に気が付いてしまい、わたしは一瞬泣き笑いのような表情になってしまった。
 けれど、わたしは伝説の姫君だから、どれだけ穢れていようともそれらしく振る舞わなければならない。
 わたしとカディスはキースや近衛騎士達に守られる中、しばらくその歓声に応え続けていた。
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