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第六章:魅惑の姫君と幻惑の魔術師
第73話 絶望の果て
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「陛下、そろそろお時間です」
宰相補佐のイザトからそう告げられると、カディスは頷いてわたしの手を取ってきた。
わたしは国民への顔見せを済ませると、カディスに導かれるままバルコニーから引き返す。
外から屋内へと移ってくると、目が一時的に見えにくくなる。
──その時だった。
「リューシャ姉ちゃんの仇!!」
そう叫びながら、小さな男の子がわたしに向かって突進してきた。
この厳戒態勢の中、どうやってそれをかいくぐって来たのかは分からない。
でもそれがアデルだということを彼の言葉で知った。
彼の手に持ったものが銀色の光を反射してわたしはそれがナイフだと気が付く。
「イルーシャ様!」
近くにいた侍女が慌てて前に出てわたしをかばおうとする。
でも、わたしのためにそんなことはしないでほしい。
わたしはこの時、ここで死んでもいいかな、と心の中で思っていた。
伝説の姫君を職務放棄しているということは分かっている。けれどアークを喪い、既に穢れているわたしはこれで楽になれるとも感じていた。
「イルーシャ!」
避けようともしないわたしに、カディスが叫んだ。
ごめんなさい、カディス。
国民への顔見せの後だというのに、わたしは自分の責務を放棄しようとしている。
わたしが動かずにいると、アデルは見えない力でその小さな体を弾かれた。
「なにをやってるんだい、イルーシャ」
怒ったような顔で、キースがわたしを責めた。それを目にして、わたしはぼうっと思う。
ああ、わたしはキースにまた助けられたんだわ。
でも、出来ることならあのまま放っておいて欲しかった。
「くっ」
アデルはその上体を起こすと、持っていたナイフで自らを斬りつけた。
──えっ!?
わたしが驚きに目を開いた途端、彼はその場に力なく倒れた。
すぐにアデルの傍に近寄ったキースが冷淡とも思える声で言った。
「もう死んでる」
「な、なぜ?」
わたしは震えながらキースに尋ねると、彼は事も無げに答えた。
「刃に即効性の毒でも塗ってあったんだろう。……ああ、首の後ろに操りの紋があるね」
「それって……」
わたしはハーメイのギリング王が操られた時のことを思い出して、この事件の黒幕がもしかしたらあの男なのかもしれないと気が付いた。
「ウィルローか」
カディスが断言するように言うと、キースもそれに頷いた。
それでは、ギリング王の時のように、ウィルローはアデルのわたしに対する思いをどうやってか知って、利用したというの?
──わたしが憎いというその思いを。
わたしは動かない人形のようなアデルの小さな体を見ていたら、自責の念がこみ上げてきて堪らなくなってしまった。
「い、やぁ……」
リューシャに続いて、彼女の弟まで不幸になった。
他でもないわたしのせいで──
喉から悲鳴がほとばしる。
それに対して、周りの人間が驚いた顔をしたけれど、わたしはそれに構ってはいられなかった。
守りたかったのに、守れなかった。
それどころか、一番最悪な事態を迎えてしまった。
アデル、ごめんなさい。わたしのせいで、あなたを死なせてしまった。
後悔と罪悪感からわたしは泣きながら首を振った。
「いやああぁっ」
「イルーシャ、落ち着けっ」
「イルーシャ!」
キースがわたしに向かって手のひらを広げたのは分かった。
その途端に暗い闇に閉ざされて、わたしはそのまま意識を失った。
──わたしはなぜ生きているのだろう。
そして、これからもいろいろな人々を犠牲にして生きていくのだろうか。
……苦しい、苦しい。
アーク、せめてあなたが傍にいてくれたなら、わたしはもしかしたら救われたかもしれない。
……でも、あなたは既にもうこの世にはいない。
わたしは一人でこの苦しい生を乗り越えなければならないの?
「……シャ、イルーシャ」
誰かが、わたしの体を揺さぶっている。
それで闇の底に沈んでいたわたしの心は無理矢理明るい場所に連れ出された。
明るい場所に出たと思ったのは、どうやらわたしの勘違いだったらしい。
わたしが気が付いた時には既に夜中だったようで、近くにはキースが佇んでいた。
……そうするとさっきわたしを揺さぶったのはキースなのかしら。
わたしはぼうっとした頭でそう考えながら、中性的なキースの顔を見つめていた。……以前も思ったけれど、キースは色彩は違うけれどアークにとてもよく似ている。これは、王家の血筋に近いからかしら。
そんなことを思っていたら、キースがおもむろに口を開いた。
「……あの子供は重罪人として処分されたよ」
──処分。
既に亡くなっているアデルのことをそう言うということは、わたしを殺そうとした実行犯として見せしめとされた可能性がある。
「……それって、まさか晒し者にされたってことではないわよね?」
上体を起こしながら震える声でキースに尋ねると、わたしの願いも空しく彼は目を瞑って首を振った。
「いや、その首を城の刑場に晒してある」
「なぜ、そんな酷いこと……っ。今すぐやめさせて!」
アデルはただウィルローに利用されただけなのに、なぜそんな死人に鞭を打つような真似をするの?
「無理だよ。カディスは城の広場に晒せと言ったくらいなんだ。それがその程度で済んでいるのは、操りの紋があって、なおかつ子供だったからだ」
それで、キースがたぶんカディスにそのことを進言したのだろうとわたしは気が付いた。それでも。
「けれど、厳しすぎるわ。……わたし、今すぐカディスに抗議するわ」
「イルーシャ」
ベッドから滑り降りようとしたわたしをキースが片手で押しとどめる。
「伝説の姫君を殺めようとした罪は重い。……それにいくら操りの紋があったとしてもあの子供が君に復讐をしたいと願っていたのは間違いないことなんだ」
そこまで言われて、わたしはただ涙を流すしかなくなってしまった。
「……それでも、こんなの嫌よ……」
わたしが泣きながら首を横に振ると、キースがその眉を寄せた。
「わたしが生きているだけで人が不幸になる。……わたしは遥か昔に呪いを受けた時に死ぬべきだったんだわ」
「イルーシャ」
更に言い募ろうとしたわたしの唇をキースの唇が塞いだ。
そしてその口づけはだんだんと激しくなり、わたしはベッドへ押し倒された。
「……もう、嫌よ……。わたしはもう生きていたくない」
「君はこの世界で生きると決意したじゃないか。あれはそんなに脆いものだったのかい」
至近距離で見つめられ、わたしは少しだけ動揺した。
……確かに、この世界に戻って来て間もない頃、カディスとキースの前でそう宣言した。
けれど、あの頃はまだこんな残酷な出来事が待っているなんて、わたしは思ってもいなかった。
愛するアークはもう傍にはいない。
そして、わたしは不幸を呼び寄せるだけの存在で、この身は既に穢れてしまっている。
「笑いたければ笑えばいいわ。わたしはもう耐えられない。生きているのが苦しすぎるの……っ」
泣きながらキースにそう訴えていると、厳しい顔をしていた彼がややして溜息をついた。
「……そう。そんなに君がその生を捨てたいと思うのなら、僕がこの体をもらってもいいかな」
「え……」
キースの言わんとすることが一瞬分からなくて、わたしは目を瞠る。そしてその瞳から涙が零れ落ちた。
「今夜、僕は君を抱く。イルーシャ、君が生きたくないと言うなら、これからは僕への憎しみを糧に生きていけばいいんだ」
キースに寝間着をはだけられて、わたしは激しくその身に口づけられる。
「い、いや、キース、やめて……!」
彼から逃れようと身を捩るも、その動きを利用されて彼に膨らみの中央を強く吸われた。
「あ、あ……っ」
その感覚に思わず仰け反ったわたしをキースはなおも責め立てる。わたしはそれに翻弄されながら、涙を流した。
キースはきっとわたしを抱くだろう。わたしはこれ以上穢れなければならないのか。
──そして、わたしはキースの宣言通りに彼に抱かれた。
やめてと懇願しても聞いて貰えず、その夜は意識を何度失っても彼に責められ続けた。
宰相補佐のイザトからそう告げられると、カディスは頷いてわたしの手を取ってきた。
わたしは国民への顔見せを済ませると、カディスに導かれるままバルコニーから引き返す。
外から屋内へと移ってくると、目が一時的に見えにくくなる。
──その時だった。
「リューシャ姉ちゃんの仇!!」
そう叫びながら、小さな男の子がわたしに向かって突進してきた。
この厳戒態勢の中、どうやってそれをかいくぐって来たのかは分からない。
でもそれがアデルだということを彼の言葉で知った。
彼の手に持ったものが銀色の光を反射してわたしはそれがナイフだと気が付く。
「イルーシャ様!」
近くにいた侍女が慌てて前に出てわたしをかばおうとする。
でも、わたしのためにそんなことはしないでほしい。
わたしはこの時、ここで死んでもいいかな、と心の中で思っていた。
伝説の姫君を職務放棄しているということは分かっている。けれどアークを喪い、既に穢れているわたしはこれで楽になれるとも感じていた。
「イルーシャ!」
避けようともしないわたしに、カディスが叫んだ。
ごめんなさい、カディス。
国民への顔見せの後だというのに、わたしは自分の責務を放棄しようとしている。
わたしが動かずにいると、アデルは見えない力でその小さな体を弾かれた。
「なにをやってるんだい、イルーシャ」
怒ったような顔で、キースがわたしを責めた。それを目にして、わたしはぼうっと思う。
ああ、わたしはキースにまた助けられたんだわ。
でも、出来ることならあのまま放っておいて欲しかった。
「くっ」
アデルはその上体を起こすと、持っていたナイフで自らを斬りつけた。
──えっ!?
わたしが驚きに目を開いた途端、彼はその場に力なく倒れた。
すぐにアデルの傍に近寄ったキースが冷淡とも思える声で言った。
「もう死んでる」
「な、なぜ?」
わたしは震えながらキースに尋ねると、彼は事も無げに答えた。
「刃に即効性の毒でも塗ってあったんだろう。……ああ、首の後ろに操りの紋があるね」
「それって……」
わたしはハーメイのギリング王が操られた時のことを思い出して、この事件の黒幕がもしかしたらあの男なのかもしれないと気が付いた。
「ウィルローか」
カディスが断言するように言うと、キースもそれに頷いた。
それでは、ギリング王の時のように、ウィルローはアデルのわたしに対する思いをどうやってか知って、利用したというの?
──わたしが憎いというその思いを。
わたしは動かない人形のようなアデルの小さな体を見ていたら、自責の念がこみ上げてきて堪らなくなってしまった。
「い、やぁ……」
リューシャに続いて、彼女の弟まで不幸になった。
他でもないわたしのせいで──
喉から悲鳴がほとばしる。
それに対して、周りの人間が驚いた顔をしたけれど、わたしはそれに構ってはいられなかった。
守りたかったのに、守れなかった。
それどころか、一番最悪な事態を迎えてしまった。
アデル、ごめんなさい。わたしのせいで、あなたを死なせてしまった。
後悔と罪悪感からわたしは泣きながら首を振った。
「いやああぁっ」
「イルーシャ、落ち着けっ」
「イルーシャ!」
キースがわたしに向かって手のひらを広げたのは分かった。
その途端に暗い闇に閉ざされて、わたしはそのまま意識を失った。
──わたしはなぜ生きているのだろう。
そして、これからもいろいろな人々を犠牲にして生きていくのだろうか。
……苦しい、苦しい。
アーク、せめてあなたが傍にいてくれたなら、わたしはもしかしたら救われたかもしれない。
……でも、あなたは既にもうこの世にはいない。
わたしは一人でこの苦しい生を乗り越えなければならないの?
「……シャ、イルーシャ」
誰かが、わたしの体を揺さぶっている。
それで闇の底に沈んでいたわたしの心は無理矢理明るい場所に連れ出された。
明るい場所に出たと思ったのは、どうやらわたしの勘違いだったらしい。
わたしが気が付いた時には既に夜中だったようで、近くにはキースが佇んでいた。
……そうするとさっきわたしを揺さぶったのはキースなのかしら。
わたしはぼうっとした頭でそう考えながら、中性的なキースの顔を見つめていた。……以前も思ったけれど、キースは色彩は違うけれどアークにとてもよく似ている。これは、王家の血筋に近いからかしら。
そんなことを思っていたら、キースがおもむろに口を開いた。
「……あの子供は重罪人として処分されたよ」
──処分。
既に亡くなっているアデルのことをそう言うということは、わたしを殺そうとした実行犯として見せしめとされた可能性がある。
「……それって、まさか晒し者にされたってことではないわよね?」
上体を起こしながら震える声でキースに尋ねると、わたしの願いも空しく彼は目を瞑って首を振った。
「いや、その首を城の刑場に晒してある」
「なぜ、そんな酷いこと……っ。今すぐやめさせて!」
アデルはただウィルローに利用されただけなのに、なぜそんな死人に鞭を打つような真似をするの?
「無理だよ。カディスは城の広場に晒せと言ったくらいなんだ。それがその程度で済んでいるのは、操りの紋があって、なおかつ子供だったからだ」
それで、キースがたぶんカディスにそのことを進言したのだろうとわたしは気が付いた。それでも。
「けれど、厳しすぎるわ。……わたし、今すぐカディスに抗議するわ」
「イルーシャ」
ベッドから滑り降りようとしたわたしをキースが片手で押しとどめる。
「伝説の姫君を殺めようとした罪は重い。……それにいくら操りの紋があったとしてもあの子供が君に復讐をしたいと願っていたのは間違いないことなんだ」
そこまで言われて、わたしはただ涙を流すしかなくなってしまった。
「……それでも、こんなの嫌よ……」
わたしが泣きながら首を横に振ると、キースがその眉を寄せた。
「わたしが生きているだけで人が不幸になる。……わたしは遥か昔に呪いを受けた時に死ぬべきだったんだわ」
「イルーシャ」
更に言い募ろうとしたわたしの唇をキースの唇が塞いだ。
そしてその口づけはだんだんと激しくなり、わたしはベッドへ押し倒された。
「……もう、嫌よ……。わたしはもう生きていたくない」
「君はこの世界で生きると決意したじゃないか。あれはそんなに脆いものだったのかい」
至近距離で見つめられ、わたしは少しだけ動揺した。
……確かに、この世界に戻って来て間もない頃、カディスとキースの前でそう宣言した。
けれど、あの頃はまだこんな残酷な出来事が待っているなんて、わたしは思ってもいなかった。
愛するアークはもう傍にはいない。
そして、わたしは不幸を呼び寄せるだけの存在で、この身は既に穢れてしまっている。
「笑いたければ笑えばいいわ。わたしはもう耐えられない。生きているのが苦しすぎるの……っ」
泣きながらキースにそう訴えていると、厳しい顔をしていた彼がややして溜息をついた。
「……そう。そんなに君がその生を捨てたいと思うのなら、僕がこの体をもらってもいいかな」
「え……」
キースの言わんとすることが一瞬分からなくて、わたしは目を瞠る。そしてその瞳から涙が零れ落ちた。
「今夜、僕は君を抱く。イルーシャ、君が生きたくないと言うなら、これからは僕への憎しみを糧に生きていけばいいんだ」
キースに寝間着をはだけられて、わたしは激しくその身に口づけられる。
「い、いや、キース、やめて……!」
彼から逃れようと身を捩るも、その動きを利用されて彼に膨らみの中央を強く吸われた。
「あ、あ……っ」
その感覚に思わず仰け反ったわたしをキースはなおも責め立てる。わたしはそれに翻弄されながら、涙を流した。
キースはきっとわたしを抱くだろう。わたしはこれ以上穢れなければならないのか。
──そして、わたしはキースの宣言通りに彼に抱かれた。
やめてと懇願しても聞いて貰えず、その夜は意識を何度失っても彼に責められ続けた。
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