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第六章:魅惑の姫君と幻惑の魔術師
第74話 啓示
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──アーク、ごめんなさい……。
わたしはキースに責められながら、もういない彼に心の中で謝罪すると、もう何回目になるか分からないけれど、また気を失った。
──イルーシャ。
アークがわたしの大好きな笑顔で笑いかけてくる。
わたしはそれでこれが夢の中の出来事だと知った。
それでも彼に会えるのは嬉しい。汚れてしまったわたしは複雑な気分でもあったけれど。
──イルーシャ。
もう一度アークがわたしの名前を呼んで、その腕を伸ばしてきた。
わたしは彼の胸に飛び込み、縋りついた。
「アーク、ごめんなさい。ごめんなさい」
彼を裏切ってしまったことが申し訳なくて、わたしは震えながら涙を流した。
──イルーシャ、大丈夫だ。おまえは汚れてはいない。
アークはわたしを抱きしめながら、安心させるように優しく背を撫でてくれた。
わたしは彼の言葉が嬉しくて、でも尚更彼に申し訳なくてもう一度彼に謝罪しようとした。
「アーク、でも……」
──大丈夫だ。……はわたしなのだから。
「え?」
彼が言ったことがよく聞こえなくて、わたしはアークを見返す。
そして、なぜかアークはいつの間にかキースになっていた。
次にわたしがはっと気が付くと、身支度を整えたキースがわたしの顔をじっと見つめていた。
「あ……」
わたしはそれで彼に抱かれたことを思い出し、慌てて体にシーツを手繰り寄せた。
「さんざん見たから別に隠さなくてもいいのに」
からかうような口調で彼に言われて、思わずわたしの顔がかっと熱くなる。
キースはそんなわたしの頬を撫でてきたけれど、わたしはなぜかそれを避けようと思わなかった。
それに気づいたキースが、不思議そうに首を傾げた。
「イルーシャ、逃げないんだね。……それとも、もう観念してしまったのかな?」
わたしはキースのその視線から逃げるために、慌てて俯いた。
……きっと、あんな夢を見たからだわ。
キースがアークの生まれ変わりだなんて、そんなことあるのだろうか。
キースがアークからわたしを奪ったというのに、そんな馬鹿なこと。
わたしが顔を手で覆って混乱する思考をなんとか治めようとしていると、当のキースから声をかけられた。
「イルーシャ、避妊薬だよ。飲んで」
「あ……、ええ」
渡された薬の包みの中身をわたしが口に入れると、水差しからグラスに注がれた水をキースに差し出され、わたしは素直にそれを飲んだ。
……キースはわたしが妊娠するとまずいのね。
そう考えると、なぜかわたしは胸がずきりと痛んだ。
キースがわたしを愛してる、妻にしたいと言っていたのは、もはや過去のこと。
今の彼にはわたしは汚れきった存在でしかないのかと、それで再確認してしまい泣きそうになる。
「……無理矢理君を奪ったというのに、君は僕を詰らないんだね、イルーシャ」
わたしが避妊薬を飲むのをじっと見守っていたキースはわたしからグラスを受け取ると静かにそう言った。
「……わたしは……」
確かに彼を殴ってもいいくらいのことをわたしはされた。本当だったら、殺したいくらい憎むだろう。
けれど、わたしはなぜかキースに憎しみを感じることが出来ずに、自分でも戸惑っていた。
……きっと、さっき見た夢のせいだわ。
あれのせいで、わたしはキースを憎めなくなってしまった。
でも、あれは罪の意識からわたしがそう思いこみたいだけの都合のよい夢なのではないかしら。
震えながら彼を見ていると、無言でわたしを見つめていたキースがややして溜息をついた。
それで思わずわたしはびくりと体を震わせてしまう。
もしかして、彼に軽薄な女だと思われただろうか。そう思うと、わたしはとても胸が苦しくなってしまった。
……わたし、変だわ。
キースにどう思われようといいじゃない。
それなのに、彼に軽蔑されることが苦しいなんておかしすぎる。
「……もう帰って。わたしを汚したんだから、これで満足でしょう?」
わたしはキースから顔を逸らしながらそう言う。
「分かった。……でも君はもう少し休んだ方がいいよ」
わたしを陵辱した人物とは思えないほど優しい言葉をかけられ、わたしは堪えていた涙がみるみる瞳に溜まっていく。
そして、わたしはキースに顎を捉えられ、その顔を見られてしまった。
「……イルーシャ」
涙がわたしの頬を転がると、キースはわたしの唇に、次には頬に口づけてきた。
それでわたしは涙が流れるのを止められなくなり困ってしまった。
けれど、次にキースがわたしの額に指を置くとわたしは眠くてたまらなくなる。
「キー……」
キース。彼の名前を最後までわたしは言えず、わたしは彼に体を支えられたように感じた。
そして、わたしの唇に柔らかいものが押しつけられる。
キースにまた口づけられたのかしら。でも彼はわたしを憎んでいるはずなのに、なんだかおかしいわ。
急速に眠気に襲われる中で、それでもわたしは戸惑いを感じていた。
──ああ、でも。
こんなことをされても憎めないなんて、本当にキースがアークの生まれ変わりなのかも知れない──
翌朝、シェリーが起こしに来た時には、いつも通りわたしは綺麗に体を拭き清められ、寝間着もきちんと着ていた。
キースにあれだけ激しく責められたのにも関わらず、気怠さも感じなかった。もしかしたら、キースがわたしに治癒魔法を施していったのかもしれない。
……それにしても。
キースがもしかしたらアークの生まれ変わりかもしれないことを彼に言うべきかしら。
けれど、キースは以前アークのことを憎くてたまらないというようなことを言っていたのよね。
それで、わたしがそう言っても彼が素直に受け取るとは思えない。それどころか、余計に彼を怒らせてしまいそうだ。
それに、まだキースがアークだと確信出来たわけではない。
わたしは無理矢理その考えを気持ちの奥底に押し込むと、朝の支度を終える。
確証の持てないそんなことより、今のわたしにはやるべきことがある。
わたしはこれからカディスを訪ねて、アデルの処遇をなんとかしてもらわないといけないのだ。
キースに陵辱されたことは本当だったら気にすべきことだけれど、どうしても彼を憎むことが出来ない自分の心に蓋をして、わたしはそのことから一時的に目を逸らすことにした。
わたしはキースに責められながら、もういない彼に心の中で謝罪すると、もう何回目になるか分からないけれど、また気を失った。
──イルーシャ。
アークがわたしの大好きな笑顔で笑いかけてくる。
わたしはそれでこれが夢の中の出来事だと知った。
それでも彼に会えるのは嬉しい。汚れてしまったわたしは複雑な気分でもあったけれど。
──イルーシャ。
もう一度アークがわたしの名前を呼んで、その腕を伸ばしてきた。
わたしは彼の胸に飛び込み、縋りついた。
「アーク、ごめんなさい。ごめんなさい」
彼を裏切ってしまったことが申し訳なくて、わたしは震えながら涙を流した。
──イルーシャ、大丈夫だ。おまえは汚れてはいない。
アークはわたしを抱きしめながら、安心させるように優しく背を撫でてくれた。
わたしは彼の言葉が嬉しくて、でも尚更彼に申し訳なくてもう一度彼に謝罪しようとした。
「アーク、でも……」
──大丈夫だ。……はわたしなのだから。
「え?」
彼が言ったことがよく聞こえなくて、わたしはアークを見返す。
そして、なぜかアークはいつの間にかキースになっていた。
次にわたしがはっと気が付くと、身支度を整えたキースがわたしの顔をじっと見つめていた。
「あ……」
わたしはそれで彼に抱かれたことを思い出し、慌てて体にシーツを手繰り寄せた。
「さんざん見たから別に隠さなくてもいいのに」
からかうような口調で彼に言われて、思わずわたしの顔がかっと熱くなる。
キースはそんなわたしの頬を撫でてきたけれど、わたしはなぜかそれを避けようと思わなかった。
それに気づいたキースが、不思議そうに首を傾げた。
「イルーシャ、逃げないんだね。……それとも、もう観念してしまったのかな?」
わたしはキースのその視線から逃げるために、慌てて俯いた。
……きっと、あんな夢を見たからだわ。
キースがアークの生まれ変わりだなんて、そんなことあるのだろうか。
キースがアークからわたしを奪ったというのに、そんな馬鹿なこと。
わたしが顔を手で覆って混乱する思考をなんとか治めようとしていると、当のキースから声をかけられた。
「イルーシャ、避妊薬だよ。飲んで」
「あ……、ええ」
渡された薬の包みの中身をわたしが口に入れると、水差しからグラスに注がれた水をキースに差し出され、わたしは素直にそれを飲んだ。
……キースはわたしが妊娠するとまずいのね。
そう考えると、なぜかわたしは胸がずきりと痛んだ。
キースがわたしを愛してる、妻にしたいと言っていたのは、もはや過去のこと。
今の彼にはわたしは汚れきった存在でしかないのかと、それで再確認してしまい泣きそうになる。
「……無理矢理君を奪ったというのに、君は僕を詰らないんだね、イルーシャ」
わたしが避妊薬を飲むのをじっと見守っていたキースはわたしからグラスを受け取ると静かにそう言った。
「……わたしは……」
確かに彼を殴ってもいいくらいのことをわたしはされた。本当だったら、殺したいくらい憎むだろう。
けれど、わたしはなぜかキースに憎しみを感じることが出来ずに、自分でも戸惑っていた。
……きっと、さっき見た夢のせいだわ。
あれのせいで、わたしはキースを憎めなくなってしまった。
でも、あれは罪の意識からわたしがそう思いこみたいだけの都合のよい夢なのではないかしら。
震えながら彼を見ていると、無言でわたしを見つめていたキースがややして溜息をついた。
それで思わずわたしはびくりと体を震わせてしまう。
もしかして、彼に軽薄な女だと思われただろうか。そう思うと、わたしはとても胸が苦しくなってしまった。
……わたし、変だわ。
キースにどう思われようといいじゃない。
それなのに、彼に軽蔑されることが苦しいなんておかしすぎる。
「……もう帰って。わたしを汚したんだから、これで満足でしょう?」
わたしはキースから顔を逸らしながらそう言う。
「分かった。……でも君はもう少し休んだ方がいいよ」
わたしを陵辱した人物とは思えないほど優しい言葉をかけられ、わたしは堪えていた涙がみるみる瞳に溜まっていく。
そして、わたしはキースに顎を捉えられ、その顔を見られてしまった。
「……イルーシャ」
涙がわたしの頬を転がると、キースはわたしの唇に、次には頬に口づけてきた。
それでわたしは涙が流れるのを止められなくなり困ってしまった。
けれど、次にキースがわたしの額に指を置くとわたしは眠くてたまらなくなる。
「キー……」
キース。彼の名前を最後までわたしは言えず、わたしは彼に体を支えられたように感じた。
そして、わたしの唇に柔らかいものが押しつけられる。
キースにまた口づけられたのかしら。でも彼はわたしを憎んでいるはずなのに、なんだかおかしいわ。
急速に眠気に襲われる中で、それでもわたしは戸惑いを感じていた。
──ああ、でも。
こんなことをされても憎めないなんて、本当にキースがアークの生まれ変わりなのかも知れない──
翌朝、シェリーが起こしに来た時には、いつも通りわたしは綺麗に体を拭き清められ、寝間着もきちんと着ていた。
キースにあれだけ激しく責められたのにも関わらず、気怠さも感じなかった。もしかしたら、キースがわたしに治癒魔法を施していったのかもしれない。
……それにしても。
キースがもしかしたらアークの生まれ変わりかもしれないことを彼に言うべきかしら。
けれど、キースは以前アークのことを憎くてたまらないというようなことを言っていたのよね。
それで、わたしがそう言っても彼が素直に受け取るとは思えない。それどころか、余計に彼を怒らせてしまいそうだ。
それに、まだキースがアークだと確信出来たわけではない。
わたしは無理矢理その考えを気持ちの奥底に押し込むと、朝の支度を終える。
確証の持てないそんなことより、今のわたしにはやるべきことがある。
わたしはこれからカディスを訪ねて、アデルの処遇をなんとかしてもらわないといけないのだ。
キースに陵辱されたことは本当だったら気にすべきことだけれど、どうしても彼を憎むことが出来ない自分の心に蓋をして、わたしはそのことから一時的に目を逸らすことにした。
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