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第七章:記憶の狭間に漂う姫君
第86話 恋人達のやりとり
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「イルーシャ……」
キースはわたしを寝室のベッドに横たえると、優しく口付けしてきた。
「君を愛している」
彼に熱のこもった瞳で見つめられてそう言われたら、なんだか泣きたくなってしまって、わたしは一筋涙を流した。
──ああ、わたしは彼のこの言葉が欲しくてたまらなかったんだわ。
記憶を失う前の彼とのやりとりは一切残っていなかったけれど、歓喜に震える心がそれを教えてくれた。
「わたしもあなたを愛してるわ」
「……イルーシャ」
キースは微笑むと、わたしに優しく口づけてくる。それに対して、わたしは彼の背に腕を回して口づけを返した。
キースの口づけはだんだんと激しくなっていき、それに翻弄されている間に、わたしは一糸纏わぬ姿にされていた。
「僕のものだ、イルーシャ」
そして衣擦れの音の後に、キースがわたしに覆い被さってくる。
──そして、わたしはキースのものになった。
「イルーシャ、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
キースと結ばれた後、わたしは彼の胸に抱き寄せられて、気怠い体を休めていた。そしてキースはわたしの髪を愛しそうに何度も梳いてくれた。
「君が病み上がりだというのを忘れていたよ。ごめん」
すまなそうにキースが謝ってくるけれど、我慢しなくていいと言ったのはわたしだし、気にすることなんてないのに。
「だから、わたしなら大丈夫よ。……それにあなたとこうなれて、とても幸せだったし」
そう言いながらだんだんわたしは恥ずかしくなってきて、頬に血が上ってきた。
「……駄目だ」
「え?」
キースに呻くように言われて、わたしはまずいことでも言ったかと不安になり彼を見つめた。
「君が可愛すぎて、帰したくなくなってきた」
「え……」
彼の裸の胸に更に引き寄せられて、わたしは真っ赤になってしまった。
「そんな可愛い反応は反則だよ。また襲いたくなってしまう」
「わたしなら別に……いいけど……」
抱き寄せられながらもキースを窺うと、一瞬の内、視界が回った。そして気がついた時にはキースに組み敷かれていた。
そしてわたしは彼に噛みつかれるように激しい口づけを何度も受ける。
「は……ぁっ」
涙目になって息を弾ませるわたしを苦しそうに見下ろしてキースが溜息をついた。
「……君は僕の理性を焼き切れさせるつもりかい? 今のはかなり危なかったよ」
……もしかしたら、軽薄な女だと彼に思われたかしら。
「あ……っ、ごめんなさい。あなたは軽はずみな発言だと思うでしょうけれど、わたしは本気で言ったのよ」
これでキースに嫌われたらどうしようかと、わたしは思わず泣きそうになる。
けれど、わたしの顔を見たキースはなぜか更に溜息をついてきた。
「……だから、君は……、いや、いい」
その口調が投げやりなのはなぜなのかしら。
わたし、なにかまずいことをしたかしら。
「キース、わたしが至らないことをしたなら謝るわ。だから、わたしのことを嫌いにならないで」
そう言いながら、なぜかわたしは涙が流れて止まらなくなってしまった。
それをキースが驚いたように瞳を見開いて見てきた。
「君を嫌いになるなんてありえないよ。……イルーシャ、泣かないでほしい」
そう言って、壊れ物を扱うようにそっとわたしの頬を撫でると、キースはそこに口づけてきた。
「キース……」
それで、彼に嫌われたのではないと分かって、わたしは心底安心して微笑む。
すると、キースも微笑み返してくれたけれど、次にはすげない言葉が返ってきた。
「……でもイルーシャ。君はもう帰らないと」
「……このまま、ここにいたら、駄目?」
自分の部屋に帰ったら、またわたしは求婚者のことで悩まなくてはならなくなる。
それにカディスにキースとこうなったことを伝えたら、彼がどういう反応を示すかと思うと、かなり恐ろしかった。
「駄目だよ」
そう言うと、キースはわたしの上からどいて、身支度を始めた。それをわたしは寂しい気持ちでぼんやりと見ていた。
キースと一緒にいたいけど、わたしのこの想いは彼には重いのかもしれないわ。
従兄弟とはいえ、わたしを巡って一国の王と争うなんて、キースも本当はしたくはないはずだもの。
そう思うと涙がまた溢れてきて、わたしは慌ててシーツを引き被って丸くなった。
「……イルーシャ、やっぱり疲れたのかい? 今薬湯を作ってくるから少し待ってて」
──薬湯なんていいから、傍にいて。
そう言いたかったけれど、そうしたら嗚咽がついて出そうで、わたしはなにも返すことができなかった。
それから溜息と共にキースの気配が消えたのが分かって、わたしはベッドから身を起こした。頬を涙が流れたけれど、拭う気にもなれずわたしは呆然としていた。
……きっと意固地な女だと彼に呆れられたわ。
キースは嫌いになるなんてありえないと言ってくれたけれど、その本心まではわたしは分からないし。
──せめて、彼の恋人だという証があればいい。そうすれば、彼に愛されている自信も持てるのに。
そんなことを考えていたら、キースが薬湯の器を手に戻ってきた。
「イルーシャ……」
キースがわたしの顔を見て顔をしかめる。
それでわたしは今迄泣いてたことを思い出した。
「あ……薬湯ありがとう……」
慌てて涙を拭って、彼から薬湯の入った器を受け取った。
せっかく彼と結ばれたのに当のわたしが暗くなってたらいけないわ。
それに、わたしの立場で多くを望むのは贅沢というものだし、わがままを言ってキースを困らせたくない。
そう思いながら彼が作ってくれた薬湯を静かに飲み干す。
それを黙って見ていたキースがわたしから器を受け取ると、やがてその口を開いた。
「……イルーシャ、君は僕とこういうことになって後悔しているのかい?」
「え……?」
なにを言われたのか分からなくて、わたしはキースの顔を見つめて瞬きを繰り返した。
「……泣いていたから」
彼はわたしの頬に触れようとして、でも結局はそうせずにその手を引っ込めた。それがとても寂しく思えて、わたしは少しだけ笑った。
「後悔はしてないわ。ただ……わたしはあなたのものになったけれど、恋人ではないのかもしれないと思えてしまっただけ。……ごめんなさい。こんなこと言っても、あなたを困らせるだけよね」
わたしがそう言うと、キースは少し呆れたように言ってきた。
「イルーシャは僕の恋人になるのが嫌なのかい?」
「そ、そんなわけないでしょう。でもわたし、皆にきちんとそのことを認めて貰いたいの。……でもいろいろと難しいかもしれないと思って」
しどろもどろになってわたしがそう言うと、キースが納得したように頷いた。
「……ああ、カディスか」
世話になっている分際で凄く失礼だけど、彼は今わたしの恋の障害になってしまっている。
正直にキースと結ばれたことを話せば、きっとカディスはキースを処罰するだろう。
そう考えると、しばらくこのことは周りに知らせない方がいいかもしれない。
そう言うと、キースは「君が手に入るなら別に処罰されてもいいけど」と返してきたのでわたしはぎょっとしてしまった。
「そ、そんなのは駄目っ」
「うん、そうだね。そんなことになったら、君も後味悪いだろうし」
……まさかキース、一人で罰を受ける気だったの?
「キー……」
「だからね、公的に認めさせてしまえばいいんだ。君は僕のものだって」
わたしの言葉に被せてキースがそう言ってきたので、わたしは思わず瞳を見開いてしまった。
「……どうやって、わたし達の仲を皆に認めさせるの?」
不安を隠しきれずにそう尋ねると、キースはふっと不敵に笑った。
「簡単だよ。カディスの手出しができない内に婚約してしまえばいいんだ」
キースはわたしを寝室のベッドに横たえると、優しく口付けしてきた。
「君を愛している」
彼に熱のこもった瞳で見つめられてそう言われたら、なんだか泣きたくなってしまって、わたしは一筋涙を流した。
──ああ、わたしは彼のこの言葉が欲しくてたまらなかったんだわ。
記憶を失う前の彼とのやりとりは一切残っていなかったけれど、歓喜に震える心がそれを教えてくれた。
「わたしもあなたを愛してるわ」
「……イルーシャ」
キースは微笑むと、わたしに優しく口づけてくる。それに対して、わたしは彼の背に腕を回して口づけを返した。
キースの口づけはだんだんと激しくなっていき、それに翻弄されている間に、わたしは一糸纏わぬ姿にされていた。
「僕のものだ、イルーシャ」
そして衣擦れの音の後に、キースがわたしに覆い被さってくる。
──そして、わたしはキースのものになった。
「イルーシャ、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
キースと結ばれた後、わたしは彼の胸に抱き寄せられて、気怠い体を休めていた。そしてキースはわたしの髪を愛しそうに何度も梳いてくれた。
「君が病み上がりだというのを忘れていたよ。ごめん」
すまなそうにキースが謝ってくるけれど、我慢しなくていいと言ったのはわたしだし、気にすることなんてないのに。
「だから、わたしなら大丈夫よ。……それにあなたとこうなれて、とても幸せだったし」
そう言いながらだんだんわたしは恥ずかしくなってきて、頬に血が上ってきた。
「……駄目だ」
「え?」
キースに呻くように言われて、わたしはまずいことでも言ったかと不安になり彼を見つめた。
「君が可愛すぎて、帰したくなくなってきた」
「え……」
彼の裸の胸に更に引き寄せられて、わたしは真っ赤になってしまった。
「そんな可愛い反応は反則だよ。また襲いたくなってしまう」
「わたしなら別に……いいけど……」
抱き寄せられながらもキースを窺うと、一瞬の内、視界が回った。そして気がついた時にはキースに組み敷かれていた。
そしてわたしは彼に噛みつかれるように激しい口づけを何度も受ける。
「は……ぁっ」
涙目になって息を弾ませるわたしを苦しそうに見下ろしてキースが溜息をついた。
「……君は僕の理性を焼き切れさせるつもりかい? 今のはかなり危なかったよ」
……もしかしたら、軽薄な女だと彼に思われたかしら。
「あ……っ、ごめんなさい。あなたは軽はずみな発言だと思うでしょうけれど、わたしは本気で言ったのよ」
これでキースに嫌われたらどうしようかと、わたしは思わず泣きそうになる。
けれど、わたしの顔を見たキースはなぜか更に溜息をついてきた。
「……だから、君は……、いや、いい」
その口調が投げやりなのはなぜなのかしら。
わたし、なにかまずいことをしたかしら。
「キース、わたしが至らないことをしたなら謝るわ。だから、わたしのことを嫌いにならないで」
そう言いながら、なぜかわたしは涙が流れて止まらなくなってしまった。
それをキースが驚いたように瞳を見開いて見てきた。
「君を嫌いになるなんてありえないよ。……イルーシャ、泣かないでほしい」
そう言って、壊れ物を扱うようにそっとわたしの頬を撫でると、キースはそこに口づけてきた。
「キース……」
それで、彼に嫌われたのではないと分かって、わたしは心底安心して微笑む。
すると、キースも微笑み返してくれたけれど、次にはすげない言葉が返ってきた。
「……でもイルーシャ。君はもう帰らないと」
「……このまま、ここにいたら、駄目?」
自分の部屋に帰ったら、またわたしは求婚者のことで悩まなくてはならなくなる。
それにカディスにキースとこうなったことを伝えたら、彼がどういう反応を示すかと思うと、かなり恐ろしかった。
「駄目だよ」
そう言うと、キースはわたしの上からどいて、身支度を始めた。それをわたしは寂しい気持ちでぼんやりと見ていた。
キースと一緒にいたいけど、わたしのこの想いは彼には重いのかもしれないわ。
従兄弟とはいえ、わたしを巡って一国の王と争うなんて、キースも本当はしたくはないはずだもの。
そう思うと涙がまた溢れてきて、わたしは慌ててシーツを引き被って丸くなった。
「……イルーシャ、やっぱり疲れたのかい? 今薬湯を作ってくるから少し待ってて」
──薬湯なんていいから、傍にいて。
そう言いたかったけれど、そうしたら嗚咽がついて出そうで、わたしはなにも返すことができなかった。
それから溜息と共にキースの気配が消えたのが分かって、わたしはベッドから身を起こした。頬を涙が流れたけれど、拭う気にもなれずわたしは呆然としていた。
……きっと意固地な女だと彼に呆れられたわ。
キースは嫌いになるなんてありえないと言ってくれたけれど、その本心まではわたしは分からないし。
──せめて、彼の恋人だという証があればいい。そうすれば、彼に愛されている自信も持てるのに。
そんなことを考えていたら、キースが薬湯の器を手に戻ってきた。
「イルーシャ……」
キースがわたしの顔を見て顔をしかめる。
それでわたしは今迄泣いてたことを思い出した。
「あ……薬湯ありがとう……」
慌てて涙を拭って、彼から薬湯の入った器を受け取った。
せっかく彼と結ばれたのに当のわたしが暗くなってたらいけないわ。
それに、わたしの立場で多くを望むのは贅沢というものだし、わがままを言ってキースを困らせたくない。
そう思いながら彼が作ってくれた薬湯を静かに飲み干す。
それを黙って見ていたキースがわたしから器を受け取ると、やがてその口を開いた。
「……イルーシャ、君は僕とこういうことになって後悔しているのかい?」
「え……?」
なにを言われたのか分からなくて、わたしはキースの顔を見つめて瞬きを繰り返した。
「……泣いていたから」
彼はわたしの頬に触れようとして、でも結局はそうせずにその手を引っ込めた。それがとても寂しく思えて、わたしは少しだけ笑った。
「後悔はしてないわ。ただ……わたしはあなたのものになったけれど、恋人ではないのかもしれないと思えてしまっただけ。……ごめんなさい。こんなこと言っても、あなたを困らせるだけよね」
わたしがそう言うと、キースは少し呆れたように言ってきた。
「イルーシャは僕の恋人になるのが嫌なのかい?」
「そ、そんなわけないでしょう。でもわたし、皆にきちんとそのことを認めて貰いたいの。……でもいろいろと難しいかもしれないと思って」
しどろもどろになってわたしがそう言うと、キースが納得したように頷いた。
「……ああ、カディスか」
世話になっている分際で凄く失礼だけど、彼は今わたしの恋の障害になってしまっている。
正直にキースと結ばれたことを話せば、きっとカディスはキースを処罰するだろう。
そう考えると、しばらくこのことは周りに知らせない方がいいかもしれない。
そう言うと、キースは「君が手に入るなら別に処罰されてもいいけど」と返してきたのでわたしはぎょっとしてしまった。
「そ、そんなのは駄目っ」
「うん、そうだね。そんなことになったら、君も後味悪いだろうし」
……まさかキース、一人で罰を受ける気だったの?
「キー……」
「だからね、公的に認めさせてしまえばいいんだ。君は僕のものだって」
わたしの言葉に被せてキースがそう言ってきたので、わたしは思わず瞳を見開いてしまった。
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