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10.更なる墓穴!

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「サバス様ぁっ! お会いしたかったですぅ!」

 ビッチは学園の門をくぐるサバスを目にすると、嬉々として抱きついた。それを受け止めたサバスが愛しそうに抱きしめ返す。
 本来ならば、通りがかった人々が微笑ましそうに眺めるような場面なのだろうが、この二人を知る者からしたら、とんだ茶番でしかない。

「ああ、ビッチ。君はなんて愛らしいんだろう。かわいげのないマグノリアやディアナとはえらい違いだ」

 とうとう筆頭侯爵の令嬢まで呼び捨てにするようにしたらしいサバスは、実に失礼なことを言った。
 ……そりゃあ、嫌われてるんだから愛想なんて振りまくわけはないだろ、と周りにいた者は思ったが、誰もそれを口には出さない。口にしたら最後、この狂犬のような愚か者達から執拗な嫌がらせをされることが分かっているからだ。

「サバス様、ありがとうございます! ビッチ、照れちゃいますぅ。……でも、ちょっと心配なことがあるんです」
「心配なこと?」
「はい、その二人とわたしをいじめてた人たちのことで。どうやら二人が取り巻きを使ってわたしをいじめてたみたいで、厚かましくも、わたしの家にさもわたしがいじめたかのように全員で抗議書を送っていたみたいなんです」
「なんだと! 本当に厚かましいやつらだ! ビッチをいじめただけでなく、そんなものを送って来るとは!」

 実際にはビッチがいじめた側なのだが、そのことを知らないサバスが激昂する。

「それがあまりにも多くて、大審議では、その数の暴力に屈してしまいそうで怖いんです。だって、ディアナとマグノリアの家って権力あるみたいですし」
「大丈夫だ、ビッチ! マグノリアの家はたかが伯爵家、ディアナは王妃が付いてるのが厄介だが、このような卑怯極まりないことを画策する者の家など、遅かれ早かれ失脚することになるだろう! もしかしたら、王妃もその責任を取ってその座を追われるかもしれないな!!」
「わあ! なんて素敵!!」

 なにやら感激しあって往来で抱き合う迷惑な二人をギャラリーが「……うわあ」と引きながら見やる。その中には、王妃へのあまりの不敬に、教師へ報告に走った者もいる。

「国王陛下も王太子殿下もあの無礼な家の者どもにだまされているようだから、それを僕が正してみせる! 大審議はその好機だ! 目を醒まされたお二人は、命をかけて諫めた僕をきっと重臣へと取り立ててくれるだろう!!」
「サバス様あぁっ!!」

 命をかける気などさらさらないだろうに、得意げに叫ぶサバスに、ビッチがさらにしがみつく。

「そうなったら、ハウアー家もホルスト家も僕が取りつぶしてやる! そうなれば、その領地はパーカー侯爵家のものになるな! そしてわが侯爵家はさらに栄えることになるだろう!!」
「素敵、素敵ぃっ!」

 その両家が取りつぶされることはまずありえないが、領地を貴族に与える権限を持つのは国王である。それを無視して、領地が誰かのものになることなど絶対にない。
 しばらくして、報告を受けた学園長が慌てて駆けつけ、二人に三日間の停学を言い渡した。
 そして、強制的にそれぞれの屋敷に送り返したことで、馬鹿馬鹿しいこの茶番はとりあえずお開きとなった。



 学園の馬車で強制送還されたビッチを父親である男爵が出迎えた。

「……随分早く帰って来たのだな」
「なによそれ、嫌み!? わたしを妬んだどっかの馬鹿が学園長にチクったのよ! なんでわたしが停学なのよ。信じらんない!」

 いらいらと爪を噛むビッチに、スタイン男爵は冷ややかな視線を送った。

「学園からの書面には、『往来での王家への侮辱により、暫定的に停学を申し渡す』とあった。学園に行っただけで、どうしてそのようなことになるんだ」
「きっと、あることないこと学園長に吹き込んだやつがいるのよ! 学園長も馬鹿だから、簡単にそれを信じちゃって……! 学園長を辞めさせるよう、サバス様から王様に言ってもらわなくちゃ!」
「この馬鹿者が!! 一度ならず二度までも王家を侮辱するとは!」

 身を震わせて叫んだ男爵の剣幕に、ビッチが驚いたように目を見開いた。

「な……っ、なによ……」
「往来での侮辱とあるということは、証人は一人や二人ではないということだ! おまえは陛下から直々に無礼者と申し渡されているというのに、まだそのことが分からないようだな!」
「わたしは王家のことなにも言ってないわよ! 言ったとしたらサバス様でしょ! わたしはただ素敵って言ってただけだし!」

 それを聞いた男爵が呆気に取られた顔になった。傍に控えていた執事の目もあきれを含んでいる。

「……それが賛同でなくてなんだというのだ。本当にあきれ果てる」

 常々下に見ていた父親にさげすむように言われて、ビッチは頭に血を上らせた。

「なっ、なによ、貧乏男爵がえらそうに!! だいたい、サバス様に同意しただけで王家への侮辱になるわけないでしょ!」
「その令息の言葉が王家に対する侮辱であったのなら、それをよしとしたおまえも同罪だ」
「そんなわけないわ! それに、サバス様は正しいことを言ってたし!」
「……おまえの言うことは信用できない。パーカー侯爵家の子息とおまえの言動については、こちらから改めて学園に問い合わせる」
「なっ、えらそうに!」

 主張を簡単にはねのけられて、ビッチは顔を赤く染めて憤慨する。それを無視して男爵は続けた。

「……えらそう? おまえはわたしよりえらいつもりか?」
「当たり前じゃない! わたしは未来の侯爵夫人よ! いえ、もしかしたら王太子妃も狙えるかもしれないわね!」
「は? 王太子妃? おまえはなにを言っているんだ」
「サバス様が命をかけて王様と王太子様を諫めるって言ってたから、反省した二人はきっとわたしを王太子妃にと望むはずよ!!」

 さらに馬鹿げたことを言い出した娘に、男爵はあきれ返った。その言動が王家への不敬と取られているのに、妃になるなどありえない。

「──この馬鹿が!!」
「馬鹿とはなによ、馬鹿とは! あんたさっきからわたしに対して無礼すぎよ!」
「しようのない馬鹿だから、馬鹿と言ったまでだ! ああ、おまえは馬鹿どころではない大馬鹿者だな!」
「なんですって! 言うに事欠いて、わたしにそんなことを言っていいと思ってんの!?」

 しばらくビッチと睨みあいながら息を整えていた男爵はややして言った。

「そもそも男爵家の娘では王族の妃になどなれない。伯爵家以上の上位貴族が対象だ。どうしても一緒になりたいというなら、王族が臣籍降下するしかない」
「なっ、そんなわけないでしょ!? ゲームではちゃんと王太子様と結婚できたはずよ!」
「ゲーム? おまえはいったいなんのことを言っているんだ。なにやら妄想が激しいようだが、陛下が無礼者と公の場でおっしゃった以上、おまえがその地位に立つことは絶対にない」

 断言した男爵に、ビッチがさらなる抗議をしようと口を開ける。

「そんなわけ……っ!」
「──もういい。三日間の停学を言い渡されたのなら、おまえはその間この家を出ることを許さん」
「なんですって、なんでわたしが! なんの権限があって、わたしにそんな命令してんのよ!!」
「今のところは、おまえの親であるからだ。残念なことにな。おまえが反省をするとは思えないが、これ以上よけいなことをしでかしてくれるな」

 そう言い終えると、男爵はきびすを返して、執事ともに執務室へと向かっていった。
 それを肩を震わせて、怒りの形相で見送るビッチに、男爵家の使用人たちは、あきれとさげすみを織り混ぜた視線を送ったのだった。
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