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9.舞踏会の後で

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 あれから、与えられた部屋に戻ったわたくしは、舞踏会用のドレスを脱がされ、普段着のドレスに着替えました。
 その間に、オーティスは国王陛下との細かな話し合いがあるとのことで出て行きました。お父様の信頼が厚い彼は、わたくしの護衛だけでなく、こちらの王族の方々とのつなぎとして存分に働いてくれています。

「なんだか疲れましたわ」

 布張りのソファにもたれて、わたくしは溜息をつきました。
 疲れたのは、間違いなく精神的なものでしょう。
 ハンス様はわたくしと踊れなくなったのを残念がっておられましたが、あんな不祥事があったのではどうしようもありません。

「あんなことがあったのですもの。無理もございませんわ。……今お茶を淹れてまいりますわね」
「ええ、お願い」

 わたくし付きの侍女のメリルの言葉に、ちょうど喉も渇いていたわたくしは素直に頷きました。

「それから、舞踏会に出すはずでした料理長特製のデザートがあるそうですが、いかがなさいますか?」
「まあ、それならぜひ頂きたいわ」

 舞踏会ではあの騒ぎもあって、ほとんど食べられなかったので、料理長の申し出はとても嬉しいですわ。まだ出されていなかったデザートにありつけるのは幸運というべきでしょうか。
 夜も遅くなりましたけれど、食事量が少なかったので、まあたまにはいいでしょう。わたくしは体型維持と食欲を天秤にかけ、食欲の方を取りました。

 ……それにしてもほとんど手つかずのあの料理を廃棄してしまうのはもったいないですわね。

 わたくしが幼い頃に、パーティの料理が大量に残っているのを見て、お父様にあれは使用人が食べるの? とお聞きしたところ、使用人が貴族と同じものを食べるなどとんでもないと否定されたことを思い出します。

 同じものを食べられないなんてかわいそう、と今思えば思い上がりにも似た小娘の感傷で、わたくしは使用人にお菓子をあげようと決めたのですが、思えばそれが初めての手作りクッキーでした。
 もっとも、わたくしがしたのは型抜きだけで、クッキーの生地を作るのも、焼くのも屋敷の厨房の料理人でした。
 それでもわたくしは型抜きを頑張り、焼けた大量のクッキーを袋に詰めてもらって、オーティスと一緒に配って回りました。驚いた使用人が次には嬉しそうにありがとうございます、と言うのを聞いて、わたくしはとても嬉しかったのを記憶しております。
 ……わたくしがお料理作りに目覚めたのはその時ですわね。
 それからわたくしは、公爵令嬢としてのマナーや勉強の合間に、料理を両親やオーティスに、簡単に摘めるお菓子を侍女や使用人に差し入れることに決め、それは現在も続いています。……もっとも、今はエレミア王国に留学中の身ですので自重していますが。

 でも、未だにオーティスはお父様やお母様と同席するのを護衛だからと遠慮するのよね……。オーティスはトリシィル侯爵家の嫡男なのだから、別に気にすることないのに。
 彼は幼い頃からなぜかわたくしを崇拝していて、その身分に合わずわたくしの護衛騎士をずっとしています。
 わたくしに仕えるよりも、王宮に勤めた方がよほど彼のためにいいと思うのだけれど、オーティスは首を縦に振りません。

 王子よりも王子らしいと言われるその美貌と物腰、少し長めのまっすぐな髪は蜂蜜色をしていて、瞳は深い海を思わせる青。
 世のご令嬢が放っておかないというのに、わたくし以外にはまったく興味がないという態度を貫いているのは困ったものだと思います。

 わたくし自身は少し派手な容姿をしていて、お母様のようなメリハリのきいた体型と波打つ金髪に、お父様譲りの涼やかな切れ長の紫の瞳をしています。オーティス曰く、豪奢かつ高貴だそうですが、彼はわたくしを過剰に評価しているので当てにはなりませんわね。

 けれどもう、わたくしは十八歳、オーティスは一つ年上の十九歳。そろそろ彼を解放しなければ、世の損失。いわば、彼は天才ですので、その力をわたくしなどではなく、グランゼリアのために使った方が良いのですわ。

 思考の海に沈んでいると、ふいに扉を叩く音がしました。メリルが戻ってきたのかしら。
 わたくしが返事をすると、メリルではない侍従らしき男性がワゴンを押して入室してきたのでした。
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