見捨てられた令嬢は、王宮でかえり咲く

堂夏千聖

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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 23 香りの記憶

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ロランが、ローゼンダールで情報を集めている間、エレオノーラはアンナマリーとハンナに、記憶が戻りつつあることを話した。





「そうなのね、よかったわ、あなたの名前だけでもわかって。」

気遣うように、アンナマリーは微笑んだ。



「でも、詳しくはまだ夢の中の事みたいで、あまりわからないんです」



「あせらなくても、大丈夫よ。こんな形ではあるけれど、同じ年ごろのあなたが、いてくれるのは、いつもお友達がいてくれるみたいで楽しいの。」



「そう、言っていただけると、とてもうれしいです。」

エレオノーラは記憶が戻らないことに苦しんでいたが、孤独ではなかった。



しかし、アンナマリーは孤独だった。"友達“と言っても、同じ立場ではないし、いつもアンナマリーの顔色を見て話すものばかり。



そんな中、自分の意見をはっきりと言ってくれるエレオノーラは新鮮で、すっと心の中に入ってきた存在だった。



「もし、よければ、王宮に……」

と、アンナマリーが言いかけたところで、



「いけません、アンナマリー様」

ハンナが急にたしなめるように口をはさんだ。



「そう、そうよね……」

アンナマリーは、もじもじと手を動かしながら、ため息をついて足元を見遣った。



「どうか、したのですか?」

不思議そうに、アンナマリーの顔を覗き込む。

アンナマリーも、ハンナも、困ったような表情だ。



答えないアンナマリーの代わりに、ハンナが仕方なく口を開いた。

「……アンナマリー様は、お嬢様に王宮にいてほしいのですよ。」



「それは、どういう…?」



「ご家族がみつかっても、そちらへ帰らず、王宮で仕事をしながらこの国にいてほしい、ということです」



焦ったように、アンナマリーが付け加える。

「そんなことを言えば、あなたの未来を縛ってしまうかも…ってハンナと話していたのよ。でも、でもね、それは私の希望なだけで、あなたは自由だから…その、気にしないでいいの……」

最後のほうの言葉は、消えかけて、アンナマリーは下を向いてしまった。



「はい、大丈夫です。私は、自由……ですね。」

ふ、とエレオノーラは微笑んで続けた。



「私の思い出した生い立ちは、決して幸せなだけではありませんでした。もしかしたら、家族のもとへ戻るより、この国で暮らせるほうが幸せなんじゃないかと思っていたところです。」

微笑みながら、生い立ちを少しずつ話し始めた。







母が亡くなってから、父は仕事にのめりこみ、エレオノーラには見向きもしなくなってしまった。





「お父様、どこ…?」

小さなエレオノーラは、母が亡くなって寂しくて仕方がなかった。

乳母がいてくれたが、その日はなぜだか父に会いたくてたまらなかった。



屋敷中、父を探すと、暗い執務室で肖像画の中の母に向かって話しているのが聞こえた。



「……なぜ、私たちを置いていったんだ。こんな、突然……」

父の嗚咽が聞こえた。



扉の隙間から、小さなエレオノーラは黙ってそっと、父の様子を覗いていた。



「最近、エレオノーラがどんどん君に似てきている。その姿を見ると、何とも言えない心地でね。見ていると、君を思い出してつらくてたまらないんだ。かわいがらなければ、と思うが、今までのように手放しでかわいがれないよ。君がいないことが、よみがえって、エレオノーラといると涙があふれてしまう。心に空いた穴が、大きすぎるよ……」



こんな風に、弱っている姿をエレオノーラは初めて見た。

それまでの父は、頭の回転も速く、話も上手でいつもエレオノーラに面白いものや美しいもの、見てきたことを面白おかしく話てくれた。



そんな父が大好きだったが、母が亡くなって暗い表情をする日が多くなり、次第にエレオノーラを避けるように部屋に閉じこもることが多くなっていった。



父は酔っぱらっているのか、ソファへ寝そべって泣いているようだった。

母が亡くなるまでは、お酒などほとんど飲まなかった、あの父が、深酒をして前後不覚で帰ってくることも増えていた。



「君を、連れてこなければよかった。あのまま、リュトヴィッツで幸せに暮らしていればよかったのに……君の未来を奪ってしまったのは、僕だ…」



そのあとは、覚えていない。

ただ、幼いエレオノーラは、もう父を求めてはいけない、と本能的に感じたのだ。









「母が亡くなってから、すべてがおかしくなってしまったのです。私では、父の孤独を深めてしまったようでしたから、あまり一緒にいることはありませんでした。そして、父は仕事や酒で孤独を埋めるようになっていました。屋敷にも、帰ってくることが徐々に減り、私の事には興味がないようでした。」



困ったように、アンナマリーは答えた。

「そんなことはないわよ。奥様を愛してらっしゃったぶん、悲しみも深かったのね。」

「そう、ですね。母が生きていたころ、二人はとてもいい笑顔で笑いあっていました。それは覚えています。」

アンナマリーに言われて、二人の仲睦まじい様子を思い出すことが出来た。



「お母さま、この国のご出身だったのね。」



「そうです、母が言っていた記憶はないのですが、確かに母は“お母さまが生まれたのは美しいバラが咲き誇る素晴らしいところ”と言っていて、幼心に、バラに憧れを持っていたことも思い出しました。」





そう言って、エレオノーラは小さな包みをアンナマリーに差し出した。

「お誕生日に、何も渡せなくてごめんなさい。本当は、これを準備していたのですが……」



アンナマリーの誕生日の日。

準備していた香水をもって、アンナマリーのもとへ行こうとしたのだが、フレデリックもハンナもおらず、アンナマリーも式典や行事で自室を出たり入ったりしていて、どうにも会えなかったのだ。

そして、夜会の後は記憶も混乱していて動ける状態ではなかった。



「まあ!まあ、まあ、まあ!」

アンナマリーの大きな瞳がもっと大きく見開かれた。



「お祝いのプレゼントに、と思って作ったのですが…」

他のプレゼントに比べて貧相かもしれない、と思うと、それ以上言葉を継ぐことが出来ない。



「あなたが作ってくださったの?うれしいわ!何よりもうれしい!」



アンナマリーは本当にうれしそうだ。子供のようにはしゃいでいる。



早速、ふたを開け、香りを試してみる。



「わあ、素敵なかおり。我が国のローズね!他にもなにか混ぜてあるわよね、さわやかでいい香り~!」



喜んでくれたようで、ほっと一安心だ。



部屋の片隅に目をやると、贈り物だろう箱があふれんばかりに置かれている。

普通では手に入らないような逸品ばかりだろう。

心は込めたつもりだけれど、何も持たない自分にとってはあれが精いっぱいだ。



そんなエレオノーラの様子を気遣ってか、

「次期女王だからよ。」と贈り物には興味なさそうに、アンナマリーはつぶやいた。



「どんな豪華な物より、わたくしのことを考えて作ってくれたこの香水のほうが、私にとっては価値があるの。」



ニコッと年齢相当のかわいらしい笑顔をエレオノーラに向けた。

「大切にするわ」
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