ヤケクソ結婚相談所

夢 餡子

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第1話

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「わあ、海なんて見るの、久しぶりです~」

ウインドウから見える青く輝く海に、彩のテンションは上がりっぱなしだ。
だが弾む心とは関係なく、おなかがぐーぐーと鳴ってしまう。
その音は、静かな車内に響き渡った。いや、めっちゃ恥ずかしい。

「……す、すみません」
「いや、もうお昼だからね。もうちょっとだけ待ってて」

東雲はハンドルを切ると、海岸から外れて細い坂道を上っていった。
とたんにあたりは、木が生い茂る森のような風景となる。
10分ほど走ると、前方にログハウス風の建物が見えてきた。
森の中にぽつんとある、いかにも隠れ家的な雰囲気である。
東雲は駐車場にクルマを止めると、静かに口を開く。

「ここだよ。彩さんを連れて来たかったのは」
「なんなんです? ここは」
「彩さんの好きな食べ物の3番目。カレーで有名な店なんだ」
「へえ~、嬉しい!」
「この時期、海はどこも混み合ってて行列ができているけど、ここは地元民しか知らないような店だから空いているんだ。たくさん食べるといい。何皿でも、彩さんが好きなだけね」

そう言うと東雲は、いつものクールさと反して珍しく、彩に向かってにっこりと笑った。





店のなかは、東雲の言うとおり、空いていた。
木の香りがする吹き抜けの開放的な空間で、天井にはシーリングファンがゆっくりと回転している。
こんな素敵な場所を知っているなんて、それだけでも翔さんのポイントが更に上がってしまう。

一枚板でできたテーブルにつき、彩はさっそくメニューに手を伸ばした。
ビーフカレー、チキンカレー、ドライカレーにシーフードカレー。
どれもめっちゃ美味しそうで、思わずよだれが口から零れ落ちそうになる。
いや、実際流れ出していた。

「うーん、どれにしよう……」
「迷うことなんかないさ」
「えっ?」
「どうせなら、全部注文すればいい」

東雲は右手を上げて、指を鳴らす。
すかさず、アロハシャツ姿の若い女性店員が近寄ってきた。

「はい。ご注文はいかがなさりますか?」
「えっと、カレーメニュー全部。シーフードカレーだけふたつで」
「ぜ、全部ですかっ!?」

女性店員が目を丸くする。

「あの……当店はカレーメニューだけでも8種類ございまして、かつライスの量も多いのですが」
「知ってる。構わないからそれで頼む。あと水もね」
「は、はい……」

店員は口をあんぐりと開けたまま、カウンターのほうへと戻っていった。
なんだか、ものすごく恥ずかしい。

「翔さん、さすがに私でも……その、あまりにも量が多いです……」

彩がそう言うと東雲は、腕を組んで不敵な笑みを見せる。

「そうかな? まあ、試してみるといい」

やがて、テーブルに載せきれないほどのカレー皿が、大量に運ばれてきた……。





30分後。
彩がはっと我に返ると、目の前にはすっかり空となった8枚のカレー皿が、うず高く積み上げられていた。
どうやら無意識に、完食してしまったらしい。

「やあ、気がついたかい?」

東雲が水を飲みながら、少し心配そうに彩の顔をうかがっている。

「いえ、あの……すみません……あまりに美味しくて」
「それは良かった。話しかけても無言だし、白目を剥いて魂の抜けたような顔で一心不乱に食べてたから、ちょっと心配になったんだ」

彩はあまりにも食事に集中しすぎると、幽体離脱状態となるのである。
こんな姿を見られるなんて、恥ずかしすぎる。

カレーはどれもスパイスが効いた辛さと、ココナッツミルクの甘みが絶妙に融合されていて、これまで食べたことの無い最高の旨さだった。
気づくと、あっという間に8皿がおなかの中へと消えていた。

「どう、もう8皿リピートするかい?」
「いえいえ、とんでもない。さすがにもうおなかはいっぱいです!」

いや、本当はプラス8皿なら楽勝であろう。

「そうか。じゃあ、次に行くとしよう。邪魔が入らないうちにね」

東雲はクールにそう言うと、伝票を持って立ち上がる。
邪魔が入るって、どういうことだろう……?
彩はいぶかしく思いながらも、あわてて東雲の後を追った。

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