52 / 114
第1話
13
しおりを挟む
◇
すっかり夜となった、都心のターミナル駅。
彩は自宅方面に向かう路線へ乗り換えるために、ひとり通路を歩いていた。
海からここまで電車に乗っている間、ずっと考えてきたが頭の中が混乱したままだ。
ひとつ理解したのは、翔さんは私を気に入ってくれたけど、それは好きとは違うということ。
その事実が、彩の心に重くのしかかっていた。
私は、好きなのに……翔さん……。
そう思うと、いつしか涙が止めどもなく溢れてくる。
立ち止まってハンドタオルで涙を拭っていると、突然後ろから声を掛けられた。
「杉崎……さん?」
はっとして振り返ると、そこに立っていたのは竹下だった。
会社以外で初めて見る竹下の姿に、彩は一瞬どきりとした。
カジュアルシャツにチノパンというラフな休日スタイルが、なかなか似合っているのはともかくとして。
なにより不思議なのは、いつもとろんとした目が、しっかりと見開いていることだ。
こうして見ると、なかなかの好青年である。
「竹下くん?」
「ああ、やっぱり杉崎さんだ。なにかあったんですか? 目が真っ赤ですけど」
心配そうに彩の顔を見つめる竹下。
彩は慌ててかぶりを振った。
「ちょ、ちょっと目に汗が入っただけよ、暑いから……それより、竹下くん。なんか雰囲気いつもと違わない?」
「はあ、どんな風にですか?」
「いつもは杉崎しゃん、とか言ってて眠そうなのに、今日はずいぶんしゃっきりして見えるよ」
そう言うと、竹下は照れくさそうに笑った。
「すみません……実は僕、夜は小説を書いていて、毎日2,3時間しか寝てないんです。だから日中はどうしても、ぼんやりしてしまって……でも、夜になるとすっかり目が冴えちゃう体質になってしまいました」
「ふうん。小説って、趣味で書いてるとか?」
「いえ……実は何冊か本を出してまして……今日も次に出す本の打ち合わせで、出版社に行った帰りなんです」
「えっ! 作家さんなの!」
驚いて思わず、大声が出てしまう。
竹下は焦ったように、両手を横にぶるぶると振った。
「そ、そんなたいしたものじゃないですって。お願いですから部長には言わないでください」
「それで、どんなジャンルの本を書いているの? はやりの異世界ものとか?」
うん、異世界ものなら、竹下くんっぽい気もする。
だけど返って来た答えは、彩の予想を大きく裏切った。
「実は……恋愛ものなんです」
「れ、恋愛って……竹下くん、これまで恋愛なんかしたことないって言ってたじゃない」
「そうなんですが……妄想で書いてたら受けちゃいまして。実は今度、原作が映画化されることになってしまい、自分でもどうなってるのやら……」
竹下くんの作品が映画化!?
今日はなんて日だろう。驚くことばかりである。
「……竹下くん、これまで君を見くびっていました。これからは先生と呼ばせて頂くね」
「そんな、やめてください!……そんなことより杉崎さん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「ん、なに?」
「さっき……やっぱり泣いてましたよね。もしかして……彼氏と喧嘩したとか……?」
さすがは恋愛作家の大先生である。
おそらく勘が鋭いんだろう。翔さんとは喧嘩じゃないけど……まあ、この感情はそれに近いのかも。
「さあ、どうでしょう……」
「ああっ。やっぱり彼氏がいるんですか! そんなあ……困ったな……」
「竹下くんが困る必要なんてないじゃない」
「いや……だって……だって……」
竹下は唇を噛みしめながら、1歩、2歩と下がる。
そして、彩に向かっていきなり、まるで高校生の運動部員みたいに大声を張り上げた。
「ぼ、ぼくは、杉崎さんのことが好きなんですっ!!」
あたりを行き交うひとたちが、そんなふたりを見て笑いながら通り過ぎていく。
だけど、そんなのは全く気にならない。
竹下の突然の告白に……彩はただただ呆然とするしかなかった。
すっかり夜となった、都心のターミナル駅。
彩は自宅方面に向かう路線へ乗り換えるために、ひとり通路を歩いていた。
海からここまで電車に乗っている間、ずっと考えてきたが頭の中が混乱したままだ。
ひとつ理解したのは、翔さんは私を気に入ってくれたけど、それは好きとは違うということ。
その事実が、彩の心に重くのしかかっていた。
私は、好きなのに……翔さん……。
そう思うと、いつしか涙が止めどもなく溢れてくる。
立ち止まってハンドタオルで涙を拭っていると、突然後ろから声を掛けられた。
「杉崎……さん?」
はっとして振り返ると、そこに立っていたのは竹下だった。
会社以外で初めて見る竹下の姿に、彩は一瞬どきりとした。
カジュアルシャツにチノパンというラフな休日スタイルが、なかなか似合っているのはともかくとして。
なにより不思議なのは、いつもとろんとした目が、しっかりと見開いていることだ。
こうして見ると、なかなかの好青年である。
「竹下くん?」
「ああ、やっぱり杉崎さんだ。なにかあったんですか? 目が真っ赤ですけど」
心配そうに彩の顔を見つめる竹下。
彩は慌ててかぶりを振った。
「ちょ、ちょっと目に汗が入っただけよ、暑いから……それより、竹下くん。なんか雰囲気いつもと違わない?」
「はあ、どんな風にですか?」
「いつもは杉崎しゃん、とか言ってて眠そうなのに、今日はずいぶんしゃっきりして見えるよ」
そう言うと、竹下は照れくさそうに笑った。
「すみません……実は僕、夜は小説を書いていて、毎日2,3時間しか寝てないんです。だから日中はどうしても、ぼんやりしてしまって……でも、夜になるとすっかり目が冴えちゃう体質になってしまいました」
「ふうん。小説って、趣味で書いてるとか?」
「いえ……実は何冊か本を出してまして……今日も次に出す本の打ち合わせで、出版社に行った帰りなんです」
「えっ! 作家さんなの!」
驚いて思わず、大声が出てしまう。
竹下は焦ったように、両手を横にぶるぶると振った。
「そ、そんなたいしたものじゃないですって。お願いですから部長には言わないでください」
「それで、どんなジャンルの本を書いているの? はやりの異世界ものとか?」
うん、異世界ものなら、竹下くんっぽい気もする。
だけど返って来た答えは、彩の予想を大きく裏切った。
「実は……恋愛ものなんです」
「れ、恋愛って……竹下くん、これまで恋愛なんかしたことないって言ってたじゃない」
「そうなんですが……妄想で書いてたら受けちゃいまして。実は今度、原作が映画化されることになってしまい、自分でもどうなってるのやら……」
竹下くんの作品が映画化!?
今日はなんて日だろう。驚くことばかりである。
「……竹下くん、これまで君を見くびっていました。これからは先生と呼ばせて頂くね」
「そんな、やめてください!……そんなことより杉崎さん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「ん、なに?」
「さっき……やっぱり泣いてましたよね。もしかして……彼氏と喧嘩したとか……?」
さすがは恋愛作家の大先生である。
おそらく勘が鋭いんだろう。翔さんとは喧嘩じゃないけど……まあ、この感情はそれに近いのかも。
「さあ、どうでしょう……」
「ああっ。やっぱり彼氏がいるんですか! そんなあ……困ったな……」
「竹下くんが困る必要なんてないじゃない」
「いや……だって……だって……」
竹下は唇を噛みしめながら、1歩、2歩と下がる。
そして、彩に向かっていきなり、まるで高校生の運動部員みたいに大声を張り上げた。
「ぼ、ぼくは、杉崎さんのことが好きなんですっ!!」
あたりを行き交うひとたちが、そんなふたりを見て笑いながら通り過ぎていく。
だけど、そんなのは全く気にならない。
竹下の突然の告白に……彩はただただ呆然とするしかなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる