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第1話
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◇
翌日の夕方。
鶴田はようやく、ヤケクソ結婚相談所に辿り着いた。
帰りのタクシー代がなかったので仕方なしに、海から自宅までのおよそ70kmを20時間かけて歩いたのである。
体力の限界を通り越し、へとへとになって居室の扉を開けたとたん、令子の怒鳴り声が浴びせられた。
「今までどうしてたんだいっ! 連絡もよこさないでっ!!」
「かあちゃん、そう怒鳴るなよ~。お金がないから、海から歩いて帰ってきたんだよ~。ケータイも電池が切れちまったから連絡できなかったんだ~」
「海から歩いて帰って来たって!? おまえ、千円すら持ってないのか!?」
「そのくらいはあるけど、千円じゃ到底タクシー代払えないよ~」
「千円あれば、電車で帰れるだろうがっ!!」
電車……?
ああ、その考えはなかったなあ。
タクシーのことしか、考えてなかったんだよなあ~。
「そうでした……」
「はあっ!? おまえは底なしのバカか! そのど頭かち割って今ある脳ミソくりぬいてホルモンでも詰め込んでやろうか! そのほうが、ずっとマトモになるだろうよ!!」
のそのそと亀吉に近寄った三毛猫が、その足首にガブリと噛みつく。
「痛っ!」
「いいから、ちょっとそこへ座れ!」
「はい……」
亀吉がいつものようにちゃぶ台の前に正座すると、令子は亀吉をまるでゴキブリでも見るような目で睨み付け、タバコの煙をぷかーと吐き出した。
「結局どうなったか、報告しろ」
疲れ切った亀吉は、しどろもどろに昨日あった出来事を令子に説明した。
「……というわけです。結局、東雲は結婚詐欺師なんかじゃなかったし、アズサさんもスパイじゃなかったんですよ」
「ふん。まあ、そうじゃないかとうすうす感じてたわ」
よく言いますよ。
こちとら、かあちゃんの勘違いのせいで、どれだけ酷い目に遭ったことか。
いつも偉そうにしてるけど、言ってることはてんで的外れじゃないか。
妖怪、湯婆婆みたいな風体しやがって。
亀吉は心の中で密かに毒づく。
気弱な亀吉といえども、真夏に70kmを歩いた直後では、さすがに心が荒むのである。
「なんだその、ふてくされたようなその顔は! 文句でもあるのかっ!!」
「い、いえ……その、なんでもございません……それより、これからどうしましょう?」
令子は天井を見上げると、なにやら考えにふける。
その間、亀吉は三毛猫にからだの至る所を噛みつけられて、悲鳴を上げ続けた。
やがて令子は亀吉に目を戻し、短くなったタバコの火をもみ消しにかかる。
「……その様子じゃ、彩と東雲が別れるのは時間の問題だ。そうすりゃ、ふたりとも退会してしまう。そうなる前に早いところ、前の計画どおり東雲とアズサをくっつけるんだ。急いでお見合いをセッティングしろ」
「はあ……でも、かあちゃん。彩さんのほうはどうするんだい?」
「放っておけばいい。所詮、あの娘に結婚は無理なんだ」
「それはちょっと……酷いんじゃないでしょうか」
「おいっ! あくまでもうちの最初の目的は、会員の成婚という実績作りだってことを忘れたのかいっ! 誰と誰が結婚しようが構わないんだっ。そのためには、利用価値のない会員への情なんて捨てちまえっ!」
怒鳴る令子に、はい、と答えながらも、どうも合点のいかない亀吉であった。
翌日の夕方。
鶴田はようやく、ヤケクソ結婚相談所に辿り着いた。
帰りのタクシー代がなかったので仕方なしに、海から自宅までのおよそ70kmを20時間かけて歩いたのである。
体力の限界を通り越し、へとへとになって居室の扉を開けたとたん、令子の怒鳴り声が浴びせられた。
「今までどうしてたんだいっ! 連絡もよこさないでっ!!」
「かあちゃん、そう怒鳴るなよ~。お金がないから、海から歩いて帰ってきたんだよ~。ケータイも電池が切れちまったから連絡できなかったんだ~」
「海から歩いて帰って来たって!? おまえ、千円すら持ってないのか!?」
「そのくらいはあるけど、千円じゃ到底タクシー代払えないよ~」
「千円あれば、電車で帰れるだろうがっ!!」
電車……?
ああ、その考えはなかったなあ。
タクシーのことしか、考えてなかったんだよなあ~。
「そうでした……」
「はあっ!? おまえは底なしのバカか! そのど頭かち割って今ある脳ミソくりぬいてホルモンでも詰め込んでやろうか! そのほうが、ずっとマトモになるだろうよ!!」
のそのそと亀吉に近寄った三毛猫が、その足首にガブリと噛みつく。
「痛っ!」
「いいから、ちょっとそこへ座れ!」
「はい……」
亀吉がいつものようにちゃぶ台の前に正座すると、令子は亀吉をまるでゴキブリでも見るような目で睨み付け、タバコの煙をぷかーと吐き出した。
「結局どうなったか、報告しろ」
疲れ切った亀吉は、しどろもどろに昨日あった出来事を令子に説明した。
「……というわけです。結局、東雲は結婚詐欺師なんかじゃなかったし、アズサさんもスパイじゃなかったんですよ」
「ふん。まあ、そうじゃないかとうすうす感じてたわ」
よく言いますよ。
こちとら、かあちゃんの勘違いのせいで、どれだけ酷い目に遭ったことか。
いつも偉そうにしてるけど、言ってることはてんで的外れじゃないか。
妖怪、湯婆婆みたいな風体しやがって。
亀吉は心の中で密かに毒づく。
気弱な亀吉といえども、真夏に70kmを歩いた直後では、さすがに心が荒むのである。
「なんだその、ふてくされたようなその顔は! 文句でもあるのかっ!!」
「い、いえ……その、なんでもございません……それより、これからどうしましょう?」
令子は天井を見上げると、なにやら考えにふける。
その間、亀吉は三毛猫にからだの至る所を噛みつけられて、悲鳴を上げ続けた。
やがて令子は亀吉に目を戻し、短くなったタバコの火をもみ消しにかかる。
「……その様子じゃ、彩と東雲が別れるのは時間の問題だ。そうすりゃ、ふたりとも退会してしまう。そうなる前に早いところ、前の計画どおり東雲とアズサをくっつけるんだ。急いでお見合いをセッティングしろ」
「はあ……でも、かあちゃん。彩さんのほうはどうするんだい?」
「放っておけばいい。所詮、あの娘に結婚は無理なんだ」
「それはちょっと……酷いんじゃないでしょうか」
「おいっ! あくまでもうちの最初の目的は、会員の成婚という実績作りだってことを忘れたのかいっ! 誰と誰が結婚しようが構わないんだっ。そのためには、利用価値のない会員への情なんて捨てちまえっ!」
怒鳴る令子に、はい、と答えながらも、どうも合点のいかない亀吉であった。
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