ヤケクソ結婚相談所

第１話

１４

彩は会社の給湯室に入って、あたりに人気がないことを確認する。
そして愛用の大型ポーチから素早くあんぱん３個を取り出すと、目に見えないスピードでそれを口に詰め込んだ。

その間、僅か１.５秒。
一個あたり０.５秒である。

それはまさに、彩にしかできない早食いの神業であった。
就業時間であっても、腹が減るとこうしてしばしば給湯室で間食するのが、彩の密かな日常である。

素知らぬ顔で給湯室を出ようと振り返ったその時、思わず彩は口に入れたあんぱんを吹き出しそうになった。
給湯室の前で竹下がまるで幽霊のように立っており、彩をじっと見つめていたのだ。

なんで、竹下くんがここに！
まさか、恥ずかしいところを見られた？

だが、竹下は口のなかのあんぱんに気づく様子もなく、こわばった表情で話しかけてくる。

「杉崎しゃん……お話がありましゅ。今晩、お時間ありましゅか？」


＋


あの夜、竹下の突然の告白から３日が経っていた。
告白された翌日は、彩も気まずい思いで出社したが、予想に反して普段どおりの竹下だった。
ぼんやりしてて、言葉遣いも元通りで、仕事もミスばかり。

告白したことすら忘れてしまったんじゃないか。
あの日は、とっさにあんなことを言ってしまっただけで、きっと本心じゃなかったんだろう。

と、彩もほっとしていたのだが……。
どうやら、取り越し苦労では終わらなかったらしい。

この、思い詰めた竹下の表情。
話というのは、前回の続きに違いない。

翔さんとは、ホテルで気まずい別れ方をしてから、それっきりである。
『頭の中を整理したいので』と言った以上、自分のほうから連絡すべきなのは、わかっているけど。
いくら考えても、もやもやするばかりで何もまとまらないでいる。

もちろん、翔さんとは別れたくない。
だけど……結婚に対する翔さんの割り切った考え方を、素直に受け入れるのは難しい。

それでも、今は翔さんとの今後について考えるのが最優先である。
そこへ竹下くんに割り込まれたら……頭がごちゃごちゃになってしまう……。


＋


といった訳で、竹下くんの誘いは断りたいのだけど。
口の中に詰め込んだあんぱんのせいで、言葉を発することができない。

「こにょ前は、いきなりあんなことを言って、しゅみませんでしゅた……れも、あれは本心なんれす。杉崎しゃんと、正式に付き合いたいんれすっ！」

彩が驚いたように目を丸くしてるのは、いきなり付き合いたいと言われただけじゃない。
あんぱんが、喉に詰まったからだ。

「夜７時に、駅前のレストラン『オリーブの森』で待ってましゅから……ずっと、待ってましゅ！」
「……！」

彩が何も言えないまま、竹下は立ち去っていった。