ヤケクソ結婚相談所

第１話

１４

◇


その日の夜、ヤケクソ結婚相談所。

「い、いらっしゃいませ！　お待ちしておりました！」

ドアを開けて入ってきた東雲に、鶴田は引きつった笑顔で迎えた。
部屋には鶴田のほかに、質素な事務用テーブルにほおづえをついて座るアズサの姿がある。
東雲はそれを見て、戸惑った表情を浮かべた。

「鶴田さん、なんですか？　急な話があるっていうから来たんだけど」
「い、いや……あのですね。東雲様には新しいお相手をご紹介したいと思いまして、急遽、お見合いをセッティングさせて頂いたのでございます……」

鶴田の額からは、既に汗が滝のように流れ落ちている。
東雲は鶴田の顔を、いかにも不愉快そうに見つめた。

「なぜですか？　私は今、杉崎さんと真剣交際中のはずです。交際期間は他の方とのお見合いをしないというのが、結婚相談所の一般的な決まりですよね？」
「いいい、一般的にはそうなのですが、弊社ではより良いお相手を見つけて頂くために、常時お見合いの機会をご提供する方式を取っておりまして……」
「いや、俺はそんなの希望しない。その女性には悪いが、帰らせてもらうよ」

にべもなくそう答えてドアノブに手を掛ける東雲を、鶴田は慌てて引き留める。

「おおおお待ち下さい、東雲様！　実を申しますと、杉崎様から連絡がございました……！」
「彩さんから？」
「は、はい。それが誠に言いにくいのですが、東雲様との交際は、一旦解消として欲しいとのことでして……」

もうちろんそれは、令子が画策したデタラメである。
だが東雲は、ひどく驚いたようだった。

「彩さんが、本当にそう言った？」
「は、はい……」

さすがに動揺を隠せない東雲に向かって、アズサが声を掛ける。

「せっかくここまで来たんだから、とりあえず座ったら？」
「君は……？」
「荻野梓。実を言うと、アヤの親友なの。ここもアヤに紹介されて入会したってわけ」

アズサはテーブルの上にぽつんと置かれた小さな招き猫の頭を、長く綺麗な一差し指でとんとんと叩く。

「彩さんの、親友だって？」
「そうよ」
「親友が交際している相手と、お見合いする気か」
「そんなの、ここに呼び出されるまで知らなかったし。せっかく入会したんだから、紹介されたら誰だろうがお見合いはするでしょ。それにしても、さすがにいい男ね。アヤが惚れるはずだわ」
「そんなことは、どうでもいい。親友なら知っているだろ。本当に彩さんは俺との交際を辞めると言ってるのか？」
「さあ、どうでしょう。私と話をしたいんだったら、まずそこに腰掛けて、ちゃんとお見合いを始めるべきじゃなくって？」

東雲は唇を噛みしめると……こわばった表情で、アズサの対面にあるパイプ椅子に腰を下ろした。
そして、お互いにじっと見つめ合う。

ぴりぴりとした空気に、鶴田は動悸の激しさが増していった。

かあちゃん、こう言ってたよな。
女の友情なんて、もろいもんだ。
とびっきりの男を前にしたら、親友だろうが、簡単に裏切るはずだって……。