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第1話
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◇
竹下が、ドリンクバーからアイスティーとオレンジジュースのコップを両手に持って戻ってくる。
そしてアイスティーのコップを、彩の前にそっと置いた。
「ありがとう」
「いいえ」
彩はアイスティーを、ストローひと吸いで一気に飲み干した。
いや~、喉が渇いて仕方がないよ。
「竹下くんさあ、聞きたいんだけど」
「は、はい。なんでしょう?」
竹下はコップを両手に抱えて、オレンジジュースをちびちび飲みながら答える。
その姿は、まるで少年みたいだ。
「私のどこが、いいわけ?」
それは、とっても聞きたいことである。
「だって私、39歳で、竹下くんが25歳だから、14も離れてるんだよ? 竹下くんくらい若いなら、年下とか同年代とか、もっと若い子がお似合いでしょうに。それに私、大食いでこんなに太ってるし」
すると竹下は、大きくかぶりを振った。
「歳の差や見た目なんて、僕は気にしません! 杉崎さんの一番好きなところは、優しい性格です!」
「私、竹下くんに優しくしたっけ?」
仕事中、いつも呆れていた記憶しかない。
「優しいじゃないですか! この前、僕が寝ぼけて会社の社員登録データ、全て消去しちゃったときのこと、覚えてます?
「ああ、そんなこともあったね」
おかげで、婚活パーティーに遅刻した。
いやあれは、実はトンカツパーティーで、鶴田さんに騙されたんだけど。
「あの時だって杉崎さん、僕のことをひとつも怒らずに、仕方がないよとだけ言って再登録に協力してくれたじゃないですか。そんな優しい先輩、どこにもいません」
「いやまあ、あれは……」
「僕はこんなダメな性格だから、前の部署でさんざん怒鳴られてたんです。それで同期にもバカにされて。でも、総務部に異動になってから、杉崎さんに怒鳴られたことなんて一度もなかった」
そう言えば……。
新人で全く使えないやつがいるから、吹きだまりの総務部で面倒見てくれ、と言われてやってきたのが竹下くんだったな。
彩も昔は花形の営業部にいたが、30歳を過ぎて太りだしてから、暑苦しい年増とか陰口を言われるようになって総務部に追いやられたのである。
「……まあ、それは私だって竹下くんと似たような境遇だからね。酷いことを言われる気持ちは私にもわかるよ。それにミスは誰だってあるし、感情的に怒ったところでどうにもならないしさ」
「そう、それなんです! そういう包容力って言うか……ひとに対する杉崎さんの優しさに惚れてしまったんですっ!」
「いや、でもね……」
「あまりに想いが募りすぎてしまい……杉崎さんと僕を主人公にした本まで書いてしまいました」
竹下はかばんに手を伸ばすと、中から1冊のハードカバー本を取り出して、彩に差し出した。
受け取って、タイトルを見ると……。
『アヤと最後の夏を、僕はずっと忘れない』
アヤって、私のことすか?
思わず、本を持ったまま固まってしまう。
「25歳の作家の男が、旅先で出会った39歳のアヤという女性とひと夏だけの恋に落ちる話なんです」
「最後の夏ってことは……」
「はい。アヤは夏の終わりに、食べ物を喉に詰まらせて死んでしまいます」
わ、わたし、死んじゃうのか……。
しかも、なんだかリアルだし。
「その本、これまで書いた作品で一番売れまして……今度映画化されるのも、これなんです」
「えっ!!」
モデルが私と竹下くんのお話が、そんな壮大なことになっていたなんて。
なんだか、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない。
「差し上げますからぜひ読んでください! 僕の杉崎さんに対する気持ちをたくさん詰め込んでますから!」
「う、うん……」
「実は……杉崎さんへのラブレターでもあるんですっ!」
とたんに手に持った本が、ずっしりと重くなる。
でも……竹下くんて、ここまで私のこと、想ってくれてたんだな……。
あれ?
なんで私、ちょっとドキドキしてるんだろう。
竹下が、ドリンクバーからアイスティーとオレンジジュースのコップを両手に持って戻ってくる。
そしてアイスティーのコップを、彩の前にそっと置いた。
「ありがとう」
「いいえ」
彩はアイスティーを、ストローひと吸いで一気に飲み干した。
いや~、喉が渇いて仕方がないよ。
「竹下くんさあ、聞きたいんだけど」
「は、はい。なんでしょう?」
竹下はコップを両手に抱えて、オレンジジュースをちびちび飲みながら答える。
その姿は、まるで少年みたいだ。
「私のどこが、いいわけ?」
それは、とっても聞きたいことである。
「だって私、39歳で、竹下くんが25歳だから、14も離れてるんだよ? 竹下くんくらい若いなら、年下とか同年代とか、もっと若い子がお似合いでしょうに。それに私、大食いでこんなに太ってるし」
すると竹下は、大きくかぶりを振った。
「歳の差や見た目なんて、僕は気にしません! 杉崎さんの一番好きなところは、優しい性格です!」
「私、竹下くんに優しくしたっけ?」
仕事中、いつも呆れていた記憶しかない。
「優しいじゃないですか! この前、僕が寝ぼけて会社の社員登録データ、全て消去しちゃったときのこと、覚えてます?
「ああ、そんなこともあったね」
おかげで、婚活パーティーに遅刻した。
いやあれは、実はトンカツパーティーで、鶴田さんに騙されたんだけど。
「あの時だって杉崎さん、僕のことをひとつも怒らずに、仕方がないよとだけ言って再登録に協力してくれたじゃないですか。そんな優しい先輩、どこにもいません」
「いやまあ、あれは……」
「僕はこんなダメな性格だから、前の部署でさんざん怒鳴られてたんです。それで同期にもバカにされて。でも、総務部に異動になってから、杉崎さんに怒鳴られたことなんて一度もなかった」
そう言えば……。
新人で全く使えないやつがいるから、吹きだまりの総務部で面倒見てくれ、と言われてやってきたのが竹下くんだったな。
彩も昔は花形の営業部にいたが、30歳を過ぎて太りだしてから、暑苦しい年増とか陰口を言われるようになって総務部に追いやられたのである。
「……まあ、それは私だって竹下くんと似たような境遇だからね。酷いことを言われる気持ちは私にもわかるよ。それにミスは誰だってあるし、感情的に怒ったところでどうにもならないしさ」
「そう、それなんです! そういう包容力って言うか……ひとに対する杉崎さんの優しさに惚れてしまったんですっ!」
「いや、でもね……」
「あまりに想いが募りすぎてしまい……杉崎さんと僕を主人公にした本まで書いてしまいました」
竹下はかばんに手を伸ばすと、中から1冊のハードカバー本を取り出して、彩に差し出した。
受け取って、タイトルを見ると……。
『アヤと最後の夏を、僕はずっと忘れない』
アヤって、私のことすか?
思わず、本を持ったまま固まってしまう。
「25歳の作家の男が、旅先で出会った39歳のアヤという女性とひと夏だけの恋に落ちる話なんです」
「最後の夏ってことは……」
「はい。アヤは夏の終わりに、食べ物を喉に詰まらせて死んでしまいます」
わ、わたし、死んじゃうのか……。
しかも、なんだかリアルだし。
「その本、これまで書いた作品で一番売れまして……今度映画化されるのも、これなんです」
「えっ!!」
モデルが私と竹下くんのお話が、そんな壮大なことになっていたなんて。
なんだか、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない。
「差し上げますからぜひ読んでください! 僕の杉崎さんに対する気持ちをたくさん詰め込んでますから!」
「う、うん……」
「実は……杉崎さんへのラブレターでもあるんですっ!」
とたんに手に持った本が、ずっしりと重くなる。
でも……竹下くんて、ここまで私のこと、想ってくれてたんだな……。
あれ?
なんで私、ちょっとドキドキしてるんだろう。
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