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第1話
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その夜。
仕事終わりの彩が、牛丼屋のカウンター席で5杯目となる牛丼を一心不乱に食べていると……。
隣に、ひとりの男が腰掛けた。
「杉崎様……」
はっとして目を向けると、鶴田である。
その顔は絆創膏だらけだが、必死に作り出した愛想笑いを浮かべていた。
「鶴田さん、なんでこんなところに!」
「い、いえ……杉崎様がお元気かと気になりまして……」
「てか、その顔。どうしたんですか?」
「いや……かあちゃんと猫に、ぼこぼこにやられまして……まあ、そんなことはいいんです。ちょっとだけ、お話しませんか?」
「いいですけど……」
鶴田は店員に向かって、味噌汁と漬け物だけで、と力なく注文する。
店員は嫌そうに、わざと大声で、「味噌汁と漬け物だけ、入りましたあ!」と叫ぶ。
「いやあ、小遣いを500円に減らされちゃいまして」
「えっ。じゃあ牛丼、奢りましょうか?」
騙された元会員に奢られる、騙した側の結婚コンサルタント。
おかしな話である。
「いえいえとんでもございません。それはそうと、杉崎様にはどうしても告白しなきゃならないことがあるんです」
「どんなことですか。今更、どうでもいいですけど」
「まあ聞いてください。あの日……私はかあちゃんに命令されて、ヤケクソ結婚相談所で、東雲様とアズサ様をお見合いさせたのです。その目的は、杉崎様から東雲様を引き離して、ふたりをくっつけるためでした……」
「ぐえっ!?」
牛丼が喉に詰まり、思わず変な声を上げてしまう。
「な、なんでそんなことを!」
「かあちゃんが、杉崎様と東雲様が別れると思ったからです。そうしたら成婚実績にならない。だから、手っ取り早く入会したばかりのアズサ様に狙いをつけまして……」
「そんな……」
「全く酷い話でございます。ふたりをくっつけるためにプランを練りました。まず、ひとつ目は……杉崎様が真剣交際を解消したと、東雲様に嘘をつきました」
ぶっ!
思わず彩は、飲んでいた水を噴き出した。
「……それからふたつ目でございます。東雲様とアズサ様にハイパーストロングチューハイを、しこたま飲ませました。飲み過ぎて寝てしまったふたりを、留三を使って軽バンに乗せて……ああ、留三は杉崎様が初めてお見合いした相手ですからご存じですね……それで、眠らせたままホテルに運び込んだんです。ベッドに寝かせると、暑いのかなぜかふたりとも無意識にハダカになってしまいました……」
「ハダカに……」
「だけど、それっきり何も起こりやしませんでしたよ。ふたりともすっかり寝てしまって。なんだつまんねえと、留三は悔しがってましたけどね。とにかく、あのふたりの間にはなにもなかったんです。まさか、杉崎さんとお連れの方が隣の部屋にいたとは、予想外の出来事でしたが……」
鶴田は出された味噌汁に口を付けると、痛そうに顔を歪めた。
「ひ、ひどい……」
彩はそう言うのがやっとだ。
「はい。だから私をぶん殴ろうがどうしようが、構いません。どうせ、いつもかあちゃんと猫にやられて慣れてますから……でも、ひとつだけお願いがございまして」
「なんですかっ!」
「窓から外を、見てやってください」
言われるがままに、彩が窓の外に目をやると。
そこには、東雲が立っていた。そして、軽く右手を上げる。
どんぶりを持ったまま、思わず立ち上がってしまう。
「なんで翔さんが、ここに……」
いつしか彩は、店を飛び出していた。
夜の街は、大勢の人が行き交っている。
だが、ここだけは時が止まったみたいだった。
「か、翔さん……!」
「やあ、彩さん。どんぶりを持ったままでいいのかな?」
彩ははっと気づいて、慌ててどんぶりを後ろ手に隠す。
「俺は、恋愛はできない」
「はい……」
「でも、恋愛というものを、してみようと思う」
そう言うと、東雲はいきなり彩にキスをした。
後ろ手に持ったどんぶりのせいで身動きできない彩は驚いて目を丸くするが……やがて、うっとりとその目を瞑った。
そうして、ふと気づく。
恋愛か、結婚かじゃなくて……。
いくつになっても恋愛はずっと続いていて、結婚はその通過点なんだと。
仕事終わりの彩が、牛丼屋のカウンター席で5杯目となる牛丼を一心不乱に食べていると……。
隣に、ひとりの男が腰掛けた。
「杉崎様……」
はっとして目を向けると、鶴田である。
その顔は絆創膏だらけだが、必死に作り出した愛想笑いを浮かべていた。
「鶴田さん、なんでこんなところに!」
「い、いえ……杉崎様がお元気かと気になりまして……」
「てか、その顔。どうしたんですか?」
「いや……かあちゃんと猫に、ぼこぼこにやられまして……まあ、そんなことはいいんです。ちょっとだけ、お話しませんか?」
「いいですけど……」
鶴田は店員に向かって、味噌汁と漬け物だけで、と力なく注文する。
店員は嫌そうに、わざと大声で、「味噌汁と漬け物だけ、入りましたあ!」と叫ぶ。
「いやあ、小遣いを500円に減らされちゃいまして」
「えっ。じゃあ牛丼、奢りましょうか?」
騙された元会員に奢られる、騙した側の結婚コンサルタント。
おかしな話である。
「いえいえとんでもございません。それはそうと、杉崎様にはどうしても告白しなきゃならないことがあるんです」
「どんなことですか。今更、どうでもいいですけど」
「まあ聞いてください。あの日……私はかあちゃんに命令されて、ヤケクソ結婚相談所で、東雲様とアズサ様をお見合いさせたのです。その目的は、杉崎様から東雲様を引き離して、ふたりをくっつけるためでした……」
「ぐえっ!?」
牛丼が喉に詰まり、思わず変な声を上げてしまう。
「な、なんでそんなことを!」
「かあちゃんが、杉崎様と東雲様が別れると思ったからです。そうしたら成婚実績にならない。だから、手っ取り早く入会したばかりのアズサ様に狙いをつけまして……」
「そんな……」
「全く酷い話でございます。ふたりをくっつけるためにプランを練りました。まず、ひとつ目は……杉崎様が真剣交際を解消したと、東雲様に嘘をつきました」
ぶっ!
思わず彩は、飲んでいた水を噴き出した。
「……それからふたつ目でございます。東雲様とアズサ様にハイパーストロングチューハイを、しこたま飲ませました。飲み過ぎて寝てしまったふたりを、留三を使って軽バンに乗せて……ああ、留三は杉崎様が初めてお見合いした相手ですからご存じですね……それで、眠らせたままホテルに運び込んだんです。ベッドに寝かせると、暑いのかなぜかふたりとも無意識にハダカになってしまいました……」
「ハダカに……」
「だけど、それっきり何も起こりやしませんでしたよ。ふたりともすっかり寝てしまって。なんだつまんねえと、留三は悔しがってましたけどね。とにかく、あのふたりの間にはなにもなかったんです。まさか、杉崎さんとお連れの方が隣の部屋にいたとは、予想外の出来事でしたが……」
鶴田は出された味噌汁に口を付けると、痛そうに顔を歪めた。
「ひ、ひどい……」
彩はそう言うのがやっとだ。
「はい。だから私をぶん殴ろうがどうしようが、構いません。どうせ、いつもかあちゃんと猫にやられて慣れてますから……でも、ひとつだけお願いがございまして」
「なんですかっ!」
「窓から外を、見てやってください」
言われるがままに、彩が窓の外に目をやると。
そこには、東雲が立っていた。そして、軽く右手を上げる。
どんぶりを持ったまま、思わず立ち上がってしまう。
「なんで翔さんが、ここに……」
いつしか彩は、店を飛び出していた。
夜の街は、大勢の人が行き交っている。
だが、ここだけは時が止まったみたいだった。
「か、翔さん……!」
「やあ、彩さん。どんぶりを持ったままでいいのかな?」
彩ははっと気づいて、慌ててどんぶりを後ろ手に隠す。
「俺は、恋愛はできない」
「はい……」
「でも、恋愛というものを、してみようと思う」
そう言うと、東雲はいきなり彩にキスをした。
後ろ手に持ったどんぶりのせいで身動きできない彩は驚いて目を丸くするが……やがて、うっとりとその目を瞑った。
そうして、ふと気づく。
恋愛か、結婚かじゃなくて……。
いくつになっても恋愛はずっと続いていて、結婚はその通過点なんだと。
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