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第2話
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しおりを挟む「私、確か車に撥ねられて……」
「そうだ、もうろくジジイが運転する車に思いっきりな。10メートルは空を飛んだそうだ」
「では、死ぬんでしょうか……」
「今、目が覚めてるだろうが」
「じゃあ、全身骨折で、もう一生起き上がれないとか……」
「尻の皮をちょっと擦りむいたくらいで、いたって無傷だったよっ。プロテクターのおかげだな!」
そう言って令子は嫌味っぽく、ふんと鼻を鳴らす。
亀吉はベッドから起き上がると、おそるおそる手足を動かしてみる。
確かに尻がヒリヒリする以外は、どこも痛みはなかった。
まさに奇跡である。
「私は……助かったんですね」
「ああ、留三に礼を言え。空から落ちてきたおまえをキャッチしたのが留三だ」
「へっ、なんで留三が」
亀吉が改めて病室を見渡すと、令子のほかに篠原留三の姿があった。
かつて居酒屋ヤケクソの常連客で、彩の初めてのお見合い相手だった留三である。
留三は相変わらずカバのような呆けた顔で、ひたすらハナをほじっていた。
「よお、助けてやったんだから礼金はずめよな」
「留三……どうして、あの場所に」
「ああ、実はな。令子ちゃんから依頼を受けて、おまえのデート、ずっと見張ってたんだ」
「見張ってた……?」
「まあ俺、これでも探偵だしよお」
長年無職だった留三はあれから、不倫専門の探偵になっていた。
留三の探偵のやり方は、いたってシンプルだ。
「ダンナが浮気してるみたい。調査して」と妻から依頼を受ければ、いきなりダンナの元へと出向く。
そうして「証拠は上がってんだ。おまえ浮気してるよな」と恫喝し、ダンナがはいと答えれば、口止め料のカネをせしめ、依頼者には「じっくり調査した結果、浮気してませんでした」と答え調査費用をもらう。
逆にダンナがしてないと答えれば、あっさりと引き下がり、依頼者に「じっくり調査した結果、浮気してませんでした」と答え調査費用をもらう。
つまり、いずれにしても浮気は無かったことにしてカネをせしめるわけだが、結果的にそのほうが夫婦にとって幸せである場合が多い。
多くの依頼者は相手の浮気を信じたくない。だから、浮気していなかったという結果にホッとする。つまり、安心を求めているのだ。
しかも留三にとっても、ほとんど労働せずにカネは得られるのでwin-winである。
留三からすると、ただメンドウだからそうしているだけだが、結果的に意外や評判を呼んで探偵業は繁盛していた。
「かあちゃん。やっぱり俺のことを心配して、留三に後をつけさせたんですか?」
そう亀吉が令子に尋ねると、令子はぺっと床にツバを吐いた。
ちなみにここは病室である。
「バカ言ってんじゃねえ! どんな厄災が降りかかるか調べてくれって頼んだだけだよ!」
「は、はあ……やっぱり、そうですか……」
がっくりと亀吉が肩を落とすと、病室の扉が開いた。
「あっ、鶴田さん! 目が覚めたんですね!」
病室に入るなり弾んだ声を上げたのは、菊の花瓶を抱えた菊奈である。
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