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第2話
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◇
「ふん、上等じゃねえか」
亀吉から話を聞いた令子は、ちゃぶ台を前にどっかりと座りながら目を細めた。
「はっぴいが、なんだってんだ。売られた喧嘩は買ってやる!」
亀吉は突っ立ったまま、激しい動悸が止まらない。汗もひたすら流れ続けている。
「いや、かあちゃん。はっぴいはこの業界じゃ最大手ですよ。うちみたいな零細じゃ相手になりませんて。あっという間に潰されてしまいます」
「だからって、あいつらの言いなりになって冥府を退会させるのかい! あともうちょっとで上手くいきそうだってのに!」
「いや、しかしですね……」
「冗談じゃねえ! こちとら昔から偉そうにするやつは大っ嫌いだ。どうせ、こっちはカネも失うものも何もないんだよ。窮鼠猫を噛むと言うだろ。どうせ潰されるなら、最後に一泡吹かせてやる!!」
「お、落ち着いて、かあちゃん……キュウソって名前の猫がいるんですか?」
既に令子はユデダコのように顔が真っ赤である。
一度本気で激怒させたら、取り返しのつかなくなることを亀吉は知っていた。
なにぶん、長い夫婦関係である。
令子はぜいぜいと息を荒げながらも、タバコに火を付けて一気に吸い込むと、ぷかーと煙を吐いた。
それで漸く少し落ち着いたのか、後ろの壁に寄りかかると亀吉をじっと睨みつける。
「……だいたいが、はっぴいには妙な点がある。それがずっと気になっていた。何のことだかわかるか?」
「いえ……皆目見当もつきませんが」
「脳にサバの味噌煮が詰まってるおまえには、わからないだろうよ」
「はあ」
「それで、留三に調査を依頼したんだ。もうすぐここに来るだろ」
令子がそう言ったとたん、タイミングよく扉が開いて留三がひょっこり顔を出した。
「いやあ、相変わらずひでえ部屋だな」
「うるせえ留三。頼んだ件、わかったか?」
「俺は浮気専門だっての。まあ、一応調べたけどよう」
そう言うと留三は、冷蔵庫から勝手に缶ビールを取り出すと、蓋を開けてぐびぐびと飲み干した。
「ぷはー。肝臓に染みわたるぜ」
「勝手に人んちのビール、飲むんじゃねえよっ! それが最後の一本だったのにっ!」
「まあまあ、いいじゃねえか。どうせ調査費用は出さねえんだろ。とにかく結果から言うと、ありゃあ、どうも変だな」
「……やっぱりそうか」
なんのことだかさっぱりわからない亀吉は、ぽかんと口を開ける。
「ええと……なにが変なのでしょう?」
「冥府が、はっぴいで交際した男6人死んだって言ってただろ。その死因だよっ!」
「死因……はて?」
「おまえは脳ナシのワトソンかいっ。死んだ一人は動物園でキリンに蹴飛ばされたそうだ。だがな、そんな大ごとが起きたらニュースになるはずなんだよ。だけどそんな話、聞いたこともねえ!」
そうそう、と頷きながら留三は、よっこらしょっとあぐらを組んで床に座り込んだ。
「さんざ調べたが、この数年間で全国どこの動物園でもそんな事故は起きてない。ついでに言うと、駅の階段で老婆に突き飛ばされて死んだ男や、晴れの日にデートに向かう途中で落雷に遭って死んだ男も事件の記録に残ってないんだぜ」
思わず、あっけにとられる亀吉。
それは全て冥府さんが、交際中の男性たちが亡くなった原因だと言っていたはず。
これって、どういうことなんでしょうか……。
「冥府が嘘をついているか、あるいは……」
令子はそう言うと、鋭い目つきで天井を睨みつけた。
「ふん、上等じゃねえか」
亀吉から話を聞いた令子は、ちゃぶ台を前にどっかりと座りながら目を細めた。
「はっぴいが、なんだってんだ。売られた喧嘩は買ってやる!」
亀吉は突っ立ったまま、激しい動悸が止まらない。汗もひたすら流れ続けている。
「いや、かあちゃん。はっぴいはこの業界じゃ最大手ですよ。うちみたいな零細じゃ相手になりませんて。あっという間に潰されてしまいます」
「だからって、あいつらの言いなりになって冥府を退会させるのかい! あともうちょっとで上手くいきそうだってのに!」
「いや、しかしですね……」
「冗談じゃねえ! こちとら昔から偉そうにするやつは大っ嫌いだ。どうせ、こっちはカネも失うものも何もないんだよ。窮鼠猫を噛むと言うだろ。どうせ潰されるなら、最後に一泡吹かせてやる!!」
「お、落ち着いて、かあちゃん……キュウソって名前の猫がいるんですか?」
既に令子はユデダコのように顔が真っ赤である。
一度本気で激怒させたら、取り返しのつかなくなることを亀吉は知っていた。
なにぶん、長い夫婦関係である。
令子はぜいぜいと息を荒げながらも、タバコに火を付けて一気に吸い込むと、ぷかーと煙を吐いた。
それで漸く少し落ち着いたのか、後ろの壁に寄りかかると亀吉をじっと睨みつける。
「……だいたいが、はっぴいには妙な点がある。それがずっと気になっていた。何のことだかわかるか?」
「いえ……皆目見当もつきませんが」
「脳にサバの味噌煮が詰まってるおまえには、わからないだろうよ」
「はあ」
「それで、留三に調査を依頼したんだ。もうすぐここに来るだろ」
令子がそう言ったとたん、タイミングよく扉が開いて留三がひょっこり顔を出した。
「いやあ、相変わらずひでえ部屋だな」
「うるせえ留三。頼んだ件、わかったか?」
「俺は浮気専門だっての。まあ、一応調べたけどよう」
そう言うと留三は、冷蔵庫から勝手に缶ビールを取り出すと、蓋を開けてぐびぐびと飲み干した。
「ぷはー。肝臓に染みわたるぜ」
「勝手に人んちのビール、飲むんじゃねえよっ! それが最後の一本だったのにっ!」
「まあまあ、いいじゃねえか。どうせ調査費用は出さねえんだろ。とにかく結果から言うと、ありゃあ、どうも変だな」
「……やっぱりそうか」
なんのことだかさっぱりわからない亀吉は、ぽかんと口を開ける。
「ええと……なにが変なのでしょう?」
「冥府が、はっぴいで交際した男6人死んだって言ってただろ。その死因だよっ!」
「死因……はて?」
「おまえは脳ナシのワトソンかいっ。死んだ一人は動物園でキリンに蹴飛ばされたそうだ。だがな、そんな大ごとが起きたらニュースになるはずなんだよ。だけどそんな話、聞いたこともねえ!」
そうそう、と頷きながら留三は、よっこらしょっとあぐらを組んで床に座り込んだ。
「さんざ調べたが、この数年間で全国どこの動物園でもそんな事故は起きてない。ついでに言うと、駅の階段で老婆に突き飛ばされて死んだ男や、晴れの日にデートに向かう途中で落雷に遭って死んだ男も事件の記録に残ってないんだぜ」
思わず、あっけにとられる亀吉。
それは全て冥府さんが、交際中の男性たちが亡くなった原因だと言っていたはず。
これって、どういうことなんでしょうか……。
「冥府が嘘をついているか、あるいは……」
令子はそう言うと、鋭い目つきで天井を睨みつけた。
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