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「それで優里は旦那が浮気してると信じ込んだ。毎日のランチが楽しかったわあ。優里の心が手に取るようにわかって。優里は次第に旦那への不信感を募らせる。そのタイミングで、クラブを紹介したのよ。そうしたら優里はこっちの思い通りに動いてくれた。夫への復讐を理由に、早速クラブに電話して浮気して。そうなったら、優里の心はすっかりこっちのもの。最後の手を打って、まんまとそれに乗っかってくれました」
「そ、それって、どういうこと。最後の手って……」
「それでは、私の仲間を紹介します。じゃーん、こちらへどうぞ!」
奥からひとりの男が顔を出した。瑠美子と同じく黒いパーカーに黒のパンツ姿。
その顔を見るなり、心臓が凍りついた。
「へ、ヘンゼル……!?」
ヘンゼルは笑顔を浮かべたまま、瑠美子の隣にどしりと座る。そうして、親しげに瑠美子の肩を抱いた。
「なぜ……どうして……!!」
ヘンゼルは何も言わない。代わりに瑠美子が答えた。
「ねえ優里。私のクラブでの名前を知ってる?」
「知るわけないじゃない!」
「教えてあげる。グレーテルって言うんだ」
その言葉にはっとした。ヘンゼルと……グレーテル。
「実は私たち、とっても仲の良い姉弟なんだ。だから、ヘンゼルとグレーテル。まあ、おとぎ話では私は妹だけど、細かいことはいいじゃない。ねえ、ヘンゼル。優里との情事は楽しかった?」
「ああ、もちろん。とっても楽しませてもらったよ」
初めてヘンゼルはそう口にしながら、瑠美子に甘い目を向けて微笑んだ。
「じ、じゃあ、ヘンゼルが言ってたこと。あれは全部嘘だったの!? 社長だとか、瑠美子が浮気してるとか。それにショックを受けてクラブに登録したことも。瑠美子とは家庭内離婚みたいな状態だけど、それでも瑠美子を愛してるって……!」
「うん、全部嘘。僕たち、プロの詐欺師だから。まあ、姉さんのことは普通に好きだけどね。姉弟として」
「最低っ!!」
あまりの怒りで頭に血が昇っていた。こんな男にすっかり騙されたいたと思うと、悔しくて、情けなくて……この激情をどこかにぶつけたくてたまらない。だが今や、その術すら、どこにも残されていなかった。必死にもがくが、もがけばもがくほど、縛られたベルトがからだに食い込んだ。その痛みは心の痛みと変わらず酷いものだった。
「まあ、そういうわけだからアリスさん。僕たち、そろそろ引き上げるよ。クラブの連中がしつこくてね」
「そうね。これでおとぎ話はおしまい。めでたし、めでたし。あっと、その前に。森のお菓子の家で魔女の老婆によって囚われたヘンゼルとグレーテルは、それからどうしたんだっけ?」
「それは姉さん、こうだよ。魔女を閉じ込めて家ごと焼き払い、ヘンゼルとグレーテルは仲良くおうちに帰りましたとさ」
「それじゃあ、物語どおりに終わらせないとね」
瑠美子はポケットからライターを取り出した。すぐに気が付く。瑠美子はこの家ごと私を焼いてしまって、証拠隠滅を図るんだと。いや、そこには私への恨みも潜んでいるに違いない。
「それだけはやめて! お願いだから!」
必死の懇願も瑠美子には通用しない。焼かれるべき魔女は、瑠美子のほうなのに。
「なんで、こんなことをするの! いったい、なにが目的なの!?」
瑠美子は点けたライターの炎をじっと見つめらがら、悪魔のように囁いた。
「教えてあげようか。私たちってね、ちょっと背伸びして平凡な暮らしに満足している優里みたいなやつを見ると虫唾が走るんだよ。徹底的に壊したくなっちゃう。実際、人ってちょっとした切っ掛けさえ与えてやれば簡単に壊れちゃうものなんだ。それは優里も痛感したでしょ」
ライターの火をソファのクッションに近づける。クッションはたちまち激しい炎を上げて燃え出した。
「じゃあね、優里。また一緒にランチ食べよ。ああ、それはもう無理だっけ」
瑠美子とヘンゼルはソファから立ち上がると、立ち上る煙に顔をしかめながらも、まるで子供がバイバイするように私に向かって手を振った。そうしてふたりは音もなく家から立ち去っていく。私を最後まで苦しめたことに満足し、ほくそ笑みながら。
「そ、それって、どういうこと。最後の手って……」
「それでは、私の仲間を紹介します。じゃーん、こちらへどうぞ!」
奥からひとりの男が顔を出した。瑠美子と同じく黒いパーカーに黒のパンツ姿。
その顔を見るなり、心臓が凍りついた。
「へ、ヘンゼル……!?」
ヘンゼルは笑顔を浮かべたまま、瑠美子の隣にどしりと座る。そうして、親しげに瑠美子の肩を抱いた。
「なぜ……どうして……!!」
ヘンゼルは何も言わない。代わりに瑠美子が答えた。
「ねえ優里。私のクラブでの名前を知ってる?」
「知るわけないじゃない!」
「教えてあげる。グレーテルって言うんだ」
その言葉にはっとした。ヘンゼルと……グレーテル。
「実は私たち、とっても仲の良い姉弟なんだ。だから、ヘンゼルとグレーテル。まあ、おとぎ話では私は妹だけど、細かいことはいいじゃない。ねえ、ヘンゼル。優里との情事は楽しかった?」
「ああ、もちろん。とっても楽しませてもらったよ」
初めてヘンゼルはそう口にしながら、瑠美子に甘い目を向けて微笑んだ。
「じ、じゃあ、ヘンゼルが言ってたこと。あれは全部嘘だったの!? 社長だとか、瑠美子が浮気してるとか。それにショックを受けてクラブに登録したことも。瑠美子とは家庭内離婚みたいな状態だけど、それでも瑠美子を愛してるって……!」
「うん、全部嘘。僕たち、プロの詐欺師だから。まあ、姉さんのことは普通に好きだけどね。姉弟として」
「最低っ!!」
あまりの怒りで頭に血が昇っていた。こんな男にすっかり騙されたいたと思うと、悔しくて、情けなくて……この激情をどこかにぶつけたくてたまらない。だが今や、その術すら、どこにも残されていなかった。必死にもがくが、もがけばもがくほど、縛られたベルトがからだに食い込んだ。その痛みは心の痛みと変わらず酷いものだった。
「まあ、そういうわけだからアリスさん。僕たち、そろそろ引き上げるよ。クラブの連中がしつこくてね」
「そうね。これでおとぎ話はおしまい。めでたし、めでたし。あっと、その前に。森のお菓子の家で魔女の老婆によって囚われたヘンゼルとグレーテルは、それからどうしたんだっけ?」
「それは姉さん、こうだよ。魔女を閉じ込めて家ごと焼き払い、ヘンゼルとグレーテルは仲良くおうちに帰りましたとさ」
「それじゃあ、物語どおりに終わらせないとね」
瑠美子はポケットからライターを取り出した。すぐに気が付く。瑠美子はこの家ごと私を焼いてしまって、証拠隠滅を図るんだと。いや、そこには私への恨みも潜んでいるに違いない。
「それだけはやめて! お願いだから!」
必死の懇願も瑠美子には通用しない。焼かれるべき魔女は、瑠美子のほうなのに。
「なんで、こんなことをするの! いったい、なにが目的なの!?」
瑠美子は点けたライターの炎をじっと見つめらがら、悪魔のように囁いた。
「教えてあげようか。私たちってね、ちょっと背伸びして平凡な暮らしに満足している優里みたいなやつを見ると虫唾が走るんだよ。徹底的に壊したくなっちゃう。実際、人ってちょっとした切っ掛けさえ与えてやれば簡単に壊れちゃうものなんだ。それは優里も痛感したでしょ」
ライターの火をソファのクッションに近づける。クッションはたちまち激しい炎を上げて燃え出した。
「じゃあね、優里。また一緒にランチ食べよ。ああ、それはもう無理だっけ」
瑠美子とヘンゼルはソファから立ち上がると、立ち上る煙に顔をしかめながらも、まるで子供がバイバイするように私に向かって手を振った。そうしてふたりは音もなく家から立ち去っていく。私を最後まで苦しめたことに満足し、ほくそ笑みながら。
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