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第1章
第3話
しおりを挟む肌寒さに重たい瞼を開け、目の前の天井を見つめる。手は後ろ手に縛られていて、どうやら牢屋のような所にいるようだ。
俺はなんでこんな所に……。
『マーロッ…!』
慌てて起き上がった瞬間、脚に当たったモノを見てホッと息を吐き出した。
気持ち良さそうにイビキをかき、大口を開けて寝ているマーロの肩を後ろ手に突っつく。
「んっ……ん?じお、ん?」
『マーロ起きて。』
「ん、んー……あと5分……」
マーロの「あと5分」タイムの始まりだ。こうなったらマーロは永遠に「あと5分」と言い続けて寝坊する。
前にそれで怠け者と柱に吊るされて見世物にされたのを忘れていたのか。鞭打ちにもなったじゃないか。
こんな時は、マーロを起こす魔法の言葉がある。
『飯だ!』
「飯ぃぃぃぃ!!」
『いらないのか?』
「食う!!あれ?……嘘ついたな!?」
飛び起きたマーロは辺りを見渡し、飯がないことに突っかかってきた。
しかし、ここが牢屋だと確認すると気を失う前のことを思い出したのか、立ち上がろうとして思いきり床に額を打ち付けた。
『そんなことより、最悪の状況だ。』
「……心配くらいしてよ。」
マーロも元気そうだが、それで状況は変わらない。俺たちはどうなってしまうんだ。
牢屋の中は溶けきりそうな蝋燭によって、薄暗いが近くにいるマーロの顔くらいは認識できる。
しかし、外は全く見えない。
コーネリアス船では牢屋は最下層にあった。他の船は分からないが、仮にここを最下層だとすると外に出るためには上に登って行かなければならない。
正確ではないが、腹の具合からして夕刻。大半の船員は眠っている頃だろう。このままここにいれば、朝になり殺される可能性が高い。
『マーロ、ここを出よう。』
「どうやって?俺たちには戦える武器もない。」
俺たちは丸腰。見張り番に見つかっても、対抗できずに殺される。
「うるせぇぞ。餓鬼ども。」
「っ…!?」
地を這うような獣の声。怯えながらもマーロは声がした隣の牢に近付き、目玉ひとつ分の小さな穴を覗き込んだ。
「わーっ!!」
飛び退いて腰が抜けた状態で、震える指で穴を指差す。その唇言葉を振り絞ろうとして、カチカチと歯がぶつかっている。
何があるんだ、と穴を覗くと何も見ない。マーロの様子からして、なにかいるのだろうが。
『マーロ?』
「め、目玉が……」
俺も穴を覗いたが、ただの暗闇しかなかった。ひとまずマーロを落ち着かせていると、革靴の足音が此方に近付いてくる音が聞こえる。
「そっちのひょろ長い方の奴、出てこい。」
俺とマーロの牢屋の前で立ち止まった大柄の男は、気だるげに鍵を開けた。
「ジオン…。」
マーロが口パクで「気を付けろ」と俺の手に軽く触れた。さっきまで腰を抜かしていたくせに、俺のことを心配してくれる優しいマーロに顔が緩む。
『大丈夫』
こういう時、笑顔が出来れば安心するのだろう。以前、俺も顔も思い出せない誰かの笑顔にホッと安心した記憶が脳の底にある。
あれは誰だったんだろう。
男は後ろ手に拘束された俺の腕を力加減も出来ずに握り、早く進めと押す。明るいところで見ると、男の目から顎にかけて大きな切り傷があった。
階段を登り、甲板に出ると柄の悪い船員たちが好奇の目で俺に視線を向ける。更に階段を登り、舵の奥にある大きな扉の前まで来ると男は扉をノックした。
「船長、連れてきましたぜ。」
「入れ。」
扉を開けた瞬間、男は思い切り俺を押してバランスを崩した体は不様にも床に叩き付けられた。
「立て!」
わざと押したくせに、俺の腕を握力全開で握り引っ張り起こす。その目には、ざまみろと読み取れる。
不快だと顔を歪める俺を見て、嬉々として顔を歪める男の目に唾を飛ばすと乱暴に腕が離されて、男は綺麗に目にクリーンヒットした唾を拭き取る。
正直、自分でもこんな低俗な仕返しをするなんて驚きだ。初めてのことだ。
男の顔は、怒りに満ちて赤くなりだす。
「この餓鬼っ!!」
俺の胸ぐらを掴み、腕を振り上げる。歯を食いしばり、歪んだ顔にフッと鼻で笑ってやった。
「ザンテ、俺の部屋を汚すな。おあいこだ。」
「アルバートさんっ!!腹の虫が収まらねぇ!!」
「そいつには俺からお灸を据えてやる。ご苦労だった。仕事に戻れ。」
顔に不服だとかいてあるが、アルバートという男は気に止めていない。男は舌打ちを残し、乱暴に俺を解放すると部屋から出ていった。
「アイツはねちっこいぞ?ここにいる間は、お前がすることはお前の仲間にも火の粉が飛ぶことだ。よく考えろ。」
そうだった。俺達は今捕まっている。いつ殺されても可笑しくないのだ。
しかし、無償にあの顔に腹が立つのだ。体が勝手に動いてしまう。
マーロに何かされたら、と思うと扉の外に不安が現れる。
思考の世界にいる俺に、アルバートは足音を静めて近づき俺の首に手をのぼす。
『触るなっ!』
首を絞められる直前に、後ろに飛び退いて臨戦態勢でアルバートを睨み付ける。
「確認だ。何も隠していないなら、慌てることはないだろう。」
ジリジリと距離を詰めるアルバートが、恐怖を感じる対象に変わる。
アルバートの手が俺の胸部に向かってのびてくるのだ。変態だ!男が男の胸部を触ろうなんて……。
怖くて部屋の端へと逃げるが、両手を後ろに縛られた状態では、アルバートが狙う箇所を庇うことはできない。
「これからは、俺の船で働くんだ。船長に隠し事なんてな?許されると思うなよ。」
『働くなんて言ってない!来るなっ!』
俺の中では、アルバート=変態と言う公式が出来始めていた。逃げ場を無くした俺に、アルバートは容赦などする筈もなかった。
「大人しく……しろっ!」
アルバートが無理矢理、俺のシャツを破いた。ああ、終わった。
バレてしまった。俺の最大の隠し通さねばならない秘密。最悪だ。よりにもよってこんな奴に!
「やっぱりな。」
『はなせっ!』
俺の胸には、さらしが巻き付けられている。さらしに手を伸ばそうとするアルバートの鳩尾目掛けて蹴りを入れてる。
だが、俺の脚を簡単に受け止めてニヤリと不適な笑みを浮かべた。片手の状態で、さらしを取るとその体が男でないことは明白だ。
「今まで、よくこれだけで騙せていたな。それとも、コーネリウスは知っていて雇っていたのか?」
『アンタ、なんで気が付いた?』
「さらしが見えた。怪我でもしていたのかと思ったが、箱を開けてみればこれだ。このこと、マーロ……だったか。アイツは知っているのか?」
『っ!』
俺の今の顔は戸惑いを隠せないほど動揺しているだろう。マーロが知らないこと、これは使えるかもしれないとアルバートはニヤリと不敵に嗤う。
「その顔からして、お前は秘密にしているのか。マーロが知ったら、どう思うだろうな?」
『それは』
「お前は仲間を騙しているんだ。非難されるに決まっているだろう。そういう世界だって分かってるだろ?」
誰にも言うことの出来ない俺だけの秘密。マーロのことを信用していない訳じゃない。これは俺の弱さだ。しかし、そんなの俺の言い訳だ。隠していた、それが事実。
マーロに軽蔑されたら……そう思うと、戸惑いから一変、泣きそうになって眉を寄せた。
そんな俺を見て、アルバートは咳払いをひとつして話を進める。
「おまえが、俺の船で働くと言うのなら他言しないと誓おう。勿論、マーロにも。どのみち、コーネリウスを討った時点でコーネリアスの船員をどうしようが俺の勝手。」
アルバートは、戸棚からグラスを二つ取り出すと、奥からワインボトルも取り出した。そのコルクを開けると、ポコンッと気の抜けた音をさせる。
「お前に選択肢をやろう。マーロと共にこの船で下働きをするか、ここで女だと露呈して飢えた海賊どもの餌食になるか。選択肢はその二つのみ。」
『アンタが、俺とマーロを街で下ろすって手もある。』
「ほお、街でお前らを奴隷として売る。それは面白い妙案だ。あのマーロってのが堪えられかな。今生の別れだ。」
アルバートは、血のように赤黒い赤ワインを注ぎ、嘲笑う。逃がす気は毛頭ないと、俺に恍惚な視線を向ける。
「ジオン“くん”、俺は優しい男だとは思わないか?こんなにも選択肢を与え、マーロの人生もお前に委ねてやろうとしているんだぞ。」
悪魔のようだと、心の中で毒を吐いた。しかし、どんなに憎もうが腹を立てようが、運命は変えられない。俺には、海の上での記憶しかない。
『ここで、働く……。』
「違うな。俺様が雇ってやるんだ。“働かせてください、船長”。なあ?」
『は、働かせてください……船長。』
「よかろう。詳しいことは働いてれば分かる。今から、きびきびとな。」
俺は実をいうと、“働く”感覚が分からない。コーネリウスの船では、助けてもらった恩もあったし、食事にありつけるからコーネリウスの所で与えられたことをしていた。
しかし、アルバートは自分から“働く”と選択させられた。自分が何のために働くのか、これからどうなってしまうのかと不安は募るばかりだった。
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