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Growing
#8
しおりを挟むベランダにダリアやパンジーなどが植えられた鉢がいくつかあった。意外と園芸、というか花が好きなのかもしれない。
自分が育てられるのはサボテンぐらいだな、と考えて可笑しくなった。サボテンはたまに水を上げて、日に当てていれば自分で育ってくれる。便利だし、強い植物だ。
そもそも俺なんかに育てられなくても……そんな風に卑屈に考えてしまう癖を何とかしたいのだけど、うとうとして眠ってしまった。肩を優しく揺すぶられて目を覚ました。
「音枝さん。ご飯できたけど……眠いなら部屋で横になるかい?」
「え……」
瞼を開けると、エプロンを外した白蝶が佇んでいた。彼の姿を視認した途端、美味しそうな香りが漂っていることに気付く。ぐう、と腹が鳴った。恥ずかしくて、小さな声で答える。
「……大丈夫です、腹減ってるから」
「良かった。じゃあこっち来て」
促されるまま席につくと、彩りの良い料理が所狭しと並んでいた。器もこだわっているのか、目を引くデザインばかりだ。
「バケットにはこのオリーブオイルをつけて食べてみて。すごく美味しくていつも取り寄せてるんだ」
「あぁ。……いただきます」
客人に振る舞う料理として、わざわざお洒落なメニューを選んでくれたのだろう。牡蠣のアヒージョやローストビーフ、バーニャカウダなど、見栄えのいいものばかりだ。右手にグラスが置かれ、白蝶がワインを注いだ。
「あ、寝起きだからアレかな」
「こんな料理で飲むなって言う方が酷ですよ」
「ははは、じゃあどうぞ。水も用意するからちょっと待ってて」
まったく甲斐甲斐しい。元来の性質なのか、やはりこれまでの環境がそうさせているのか、白蝶はよく動いていた。
寝起きでも思考は目まぐるしく回り、彼の動きを目が追う。
「これは買ったやつだけど、昔は自家栽培してたんだ。これからまた始めるつもりだから、野菜が採れたら音枝さんに届けるよ」
「さすが、何でもできるんですね。……でも俺は料理できないから」
「別にすごくないよ。料理も、やる機会がないからでしょ? これから少しずつやっていけばいいじゃない。なんなら俺が教えるし」
特性のソースに野菜を浸し、口に運ぶ。濃厚な味に舌鼓を打ちつつ、思わず視線を下に向けた。
白蝶の目が輝き過ぎて、何だか直視するのが辛い。
「お、俺でも練習すればできますかね」
「できる。俺が保証する」
何とも気持ちのいい断言っぷりだ。堪えられず笑ってしまった。
「ありがとうございます。じゃあこれからインスタントは減らしていきますよ」
「うん。いや、減らすと言うか……体調に関して言うなら、俺がお弁当作って音枝さんに持っていってあげたいな」
「それは……気持ちだけでも嬉しい、ですけど」
もちろん冗談だと思い、軽く流そうしたが、白蝶は「うん、昼前に車で届ければ問題ないよな」などと呟いている。……マジなんだろうか。気になったものの、その後も聞けずじまいだった。
話しながら食べていると時間の流れが早い。気付けばもう二十二時を過ぎていた。
不思議だ。一か月前はあれほど殺伐とした関係だったのに、今はとても無防備に笑い合っている。
食器の片付けを手伝い、中途半端だった洗濯も終えた。少し休もう、と白蝶はハーブティーを淹れてくれた。
時計の秒針が刻々と進む。何もない、何もしない時間。なのに充実している。ずっとここにいたいと、そんなしようもないことすら考えてしまう。
自分は既に白蝶に惹かれているんだ。
「色々あったけど、今日は本当に楽しかった。ありがとう」
沈黙を破ったのは白蝶の方だった。
「そんな……それは俺の台詞ですよ。しかも突然こんな風に招いてもらっちゃって。色々気を遣わせてしまって、すみません」
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