上 下
62 / 156
散り散り

#6

しおりを挟む


「はは、そうだな。いつもインスタントじゃ味気ないから、それなりにやってたよ。今日はビーフストロガノフ。もうちょっとでできるから待ってて」
「わぁ、ありがとうございます!」
これは嬉しい意外性だ。あと本当にビーフが好きな人だ。

洗面所で手を洗い、リビングへ戻ろうとしたけど、買ってきた軟膏のことを思い出す。今のうちに塗った方がいいか? でもこれからご飯だし……いいや、とりあえず後にしよう。
薬は一旦部屋に置いて、彼の元に戻った。見ると彼はまだ火を見ながら鍋の中をかき回していた。いつにない真剣な横顔にちょっとドキッとする。

正直まだ気まずいんだよなぁ……。

昨夜、あれだけ恥ずかしい迷言を残してしまったんだ。彼の様子はいつも通りだけど、心の中では何考えてるのか分からない。
食卓を見ると、調味料やらなんやらでひどい荒れようだった。シンクの中も野菜の皮が散乱し、洗い物が山のように積まれてる。これは後片付けが大変だ。
「和巳さん。俺も何か手伝うよ」
「お……大丈夫?」
「うん」
とりあえずテーブルの上を片付けると、ふと彼がニヤニヤしてることに気が付いた。
「和巳さん?」
「敬語じゃなくなってるな、鈴」
言われて、咄嗟に口元を隠した。やばい、何かすっかり忘れてしまっていた。でも、彼に手を掴まれてしまう。

「それでいいんだよ。敬語はもう禁止ね。というか、最初からそう決めれば良かったなぁ。これは俺の失態だ」
「は、はぁ……でも……」
「恋人に敬語なんて必要ないでしょ? はい、味見お願い」

和巳さんは煮ているスープを小皿にとり、手渡した。一口飲むと、肉の旨みが広がっていった。ドミグラスソースで作ったみたいだ。
「すごい美味し」
「良かった。ちょっとテキトーだけど」
彼はほっとしたように笑い、頭を撫でてくる。でも小さなため息のあと、目を細めた。

「昨日はごめんな。本当は朝ちゃんと謝るつもりだったんだけど……混乱しててなあなあになった」

目を奪われ、息が止まる。知ってるのに知らない、大人の横顔。無意識に小皿はテーブルに置いた。

「俺達が普通の従兄弟だったら、こんな事で悩まずに済んだのかな、って考えてた。でも普通の従兄弟だったら、俺達そもそもこんな関係にはなってなかったよな。ifの話ばかりして悪いけど……色々と想像しちゃうんだ」




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

騎士団長の幼なじみ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,542pt お気に入り:634

【R18】花嫁引渡しの儀

恋愛 / 完結 24h.ポイント:761pt お気に入り:91

女神と称された王子は人質として攫われた先で溺愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:1,437pt お気に入り:76

Dress Circle

BL / 連載中 24h.ポイント:562pt お気に入り:83

春のシール、冬のアイス

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:0

氷の公爵はお人形がお気に入り~少女は公爵の溺愛に気づかない~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:591pt お気に入り:1,595

処理中です...