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散り散り
#6
しおりを挟む「はは、そうだな。いつもインスタントじゃ味気ないから、それなりにやってたよ。今日はビーフストロガノフ。もうちょっとでできるから待ってて」
「わぁ、ありがとうございます!」
これは嬉しい意外性だ。あと本当にビーフが好きな人だ。
洗面所で手を洗い、リビングへ戻ろうとしたけど、買ってきた軟膏のことを思い出す。今のうちに塗った方がいいか? でもこれからご飯だし……いいや、とりあえず後にしよう。
薬は一旦部屋に置いて、彼の元に戻った。見ると彼はまだ火を見ながら鍋の中をかき回していた。いつにない真剣な横顔にちょっとドキッとする。
正直まだ気まずいんだよなぁ……。
昨夜、あれだけ恥ずかしい迷言を残してしまったんだ。彼の様子はいつも通りだけど、心の中では何考えてるのか分からない。
食卓を見ると、調味料やらなんやらでひどい荒れようだった。シンクの中も野菜の皮が散乱し、洗い物が山のように積まれてる。これは後片付けが大変だ。
「和巳さん。俺も何か手伝うよ」
「お……大丈夫?」
「うん」
とりあえずテーブルの上を片付けると、ふと彼がニヤニヤしてることに気が付いた。
「和巳さん?」
「敬語じゃなくなってるな、鈴」
言われて、咄嗟に口元を隠した。やばい、何かすっかり忘れてしまっていた。でも、彼に手を掴まれてしまう。
「それでいいんだよ。敬語はもう禁止ね。というか、最初からそう決めれば良かったなぁ。これは俺の失態だ」
「は、はぁ……でも……」
「恋人に敬語なんて必要ないでしょ? はい、味見お願い」
和巳さんは煮ているスープを小皿にとり、手渡した。一口飲むと、肉の旨みが広がっていった。ドミグラスソースで作ったみたいだ。
「すごい美味し」
「良かった。ちょっとテキトーだけど」
彼はほっとしたように笑い、頭を撫でてくる。でも小さなため息のあと、目を細めた。
「昨日はごめんな。本当は朝ちゃんと謝るつもりだったんだけど……混乱しててなあなあになった」
目を奪われ、息が止まる。知ってるのに知らない、大人の横顔。無意識に小皿はテーブルに置いた。
「俺達が普通の従兄弟だったら、こんな事で悩まずに済んだのかな、って考えてた。でも普通の従兄弟だったら、俺達そもそもこんな関係にはなってなかったよな。ifの話ばかりして悪いけど……色々と想像しちゃうんだ」
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