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水やり
#22
しおりを挟むこれからの漠然とした展望。何となく、誰に言われるまでもなく分かっていた。俺はきっと無難な選択をして、無難な人生を歩んでく。不特定多数のひとり、ドラマなら脇役のひとり。それでも、ただ一つ誇れるものがあったら素敵だ。
実は俺も、一応夢がある。遠く離れた国にいる、あの人の力になりたい。
それは五年後か十年後か、はたまたもっと先か分からないけど────それを目標に、今は走ることかできてる。
「……俺も、好きな人がいるんだ。いつか、その人の役に立てるようになりたい」
「へぇ。いい夢じゃんか」
彼はさほど驚いた様子もなく、明るく笑った。
「ありがとう。風間君とは同じサークルなのに、全然喋ったことなかったな」
「まだそんな経ってないしなー……つうか、秋でいいよ。俺もお前のこと名前で呼ぶから」
ちょっと急な坂道を、二人で下る。ずっと先のネオンが眩く輝いて見えた。俺達は互いの顔を認識するのがやっとだ。
「俺の名前、わかる? 日永……」
「鈴鳴だろ? 良い名前だなって思ってたんだ」
おぉ……! 男の友達にそんなことを言ってもらったのは初めてで、ちょっと照れてしまう。
「鈴鳴って父親と母親、どっちが名前つけたんだよ」
「母親。父さんは、もっと男らしい名前をつけたかったみたい」
「ははっ、でもお前には合ってるよ。何かお前って、そこにいるだけで涼しい……爽やかな感じするもん」
冷たい夜風が、間を吹き抜けた。
爽やか。これは褒めてもらってんのかな。
「ありがとう。秋も、良い名前だよ」
「秋生まれだからだよ。安直だろ」
一々おどけて見せる彼が、面白くてしょうがない。気付いたら本音で言い合えている……こんなことは、初めてで。
俺達は互いに、すっかり心を許していた。
「……じゃ、これから俺達は秘密の関係な」
恋人じゃないけど、誰にも言えない関係。
「うん! ありがと。今日は助けてもらったし、何かあったら遠慮なく言って。いつでも力になるから」
「お、いいね。じゃあ俺もご期待に添えるよう頑張るよ。またな、鈴鳴」
ハイタッチして別れた。あの夜を、俺は忘れない。
……秋も忘れてないといいな。
そんな我儘な願いを、今日まで胸に秘めていた。
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