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プロローグ~『生まれ変わりなさい。愛されるために』

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 愛されない人生だったなあ……。
 へへへ。

 私、しがない上京派遣OL・かわせいは、二十うん歳の誕生日である今日も深夜まで都心のオフィスに居残り、誰に感謝されることもない残業に追われていた。

 どうにか終電に間に合うギリギリで業務にきりをつけ、空気の淀んだ電車に揺られること35分。

 降車駅から最寄りの24時間営業スーパーに立ち寄って、日中のお客さんには見向きもされなかった可哀そうな売れ残りの野菜たちをカートに入れる。
 今朝の出勤前にはたしかに通勤カバンに突っ込んだはずのエコバックは、どういうわけかどれだけ探してもみつからず、けっきょく今夜もレジ袋を購入する。
 しなびた野菜たちが、白いポリ袋の中でクシャリと音をたてた。

 ヘトヘトになってようやく帰ってきた自宅賃貸マンションのドアを開ければ、あらビックリ仰天、恋人の浮気現場に遭遇し、思わずとっさに「あ、お邪魔しました」と頭を下げその場を離れようと手近な非常階段を駆け降りるも、ヒール靴の足が見事にもつれて今まさに転げ落ちていく。

 冷たく錆びついた階段すら踏み外し、
 片手にぶら下げていたポリ袋から飛び出した野菜たちが宙を舞い、
 私は頭や体をあちこちにぶつけ、
 もんどりうってきりもみして、
 ああダメ……、もう意識が飛ぶ。

 階段落ちで死ぬくらいなら、せめてクローゼットの奥で積みゲーと化した新作乙女ゲームをやり込んでからきたかったんだけどなあ……。


『さあ、生まれ変わりなさい。愛されるために』


 グルグル回る視界がなぜか真っ白に光り輝く最後の瞬間、そんな不思議な声を聴いた気がした――。


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 そして意識が戻ると、私は異世界へ転生していた。

 陽光にまぶたをくすぐられ、目を覚ます。
 知らない天井……。
 中世ヨーロッパ風の華麗な、しかしどこか質実さも感じさせる室内装飾。
 私はふかふかの寝台の上。

 ここはどこかのお屋敷のようだ。
 生前に数多の乙女ゲームを制覇した私にはなじみ深い空間。
 こうした屋敷には、たとえば位の高いナイト様などが住まうもののはず。

 かすかな風のそよぎが、やさしいキスのように頬をなでる。
 窓が開け放たれているのかもしれない。
 私は半身を起こそうと身じろぎし、しかしうまく力が入らなくてまた仰向けに倒れ込みかかる。

「――まだうごかないで。聖女様、あなたは転生なさってまもない。どうかご無理をなさらず、このラファエルに、しばし御身をおあずけくださいますよう……」

 誰かの腕が、私をやさしく抱きかかえ、包み込んでくれる。
 また別の誰かが、こちらをのぞき込むようにして、笑いかけてくる。
 またまた別の誰かが、少し遠くから思慮深げにあたたかく私を見守っている。

 私は聖女になり、金刺繍の施された衿高の青いワンピースのようなものを、いつのまにか身にまとっている。
 3人のイケメンが私を取り囲み、それぞれの愛を注いでくれている。

 ああ、私、ホントに生まれ変わったんだ。
 もう、孤独じゃないんだ。
 もう、惨めじゃないんだ。

 学生時代のいじめからただただ逃げるように後にした地元の日々も、
 割に合わない低賃金と重労働とパワハラセクハラモラハラに目をそらし続けた
 東京派遣OL生活も、
 自分が何股の何番目かも疑わしいのにグズグズグズグズ断ち切れなかった
 あの男とのろくでもない関係も、
 みーんな、みーんな、終わったんだ……。

 そうよ、どんな生もいつかはむくわれる。  
 私は聖女として生まれ変わり、もう一度人生をやり直す。
 今度こそ、愛されるために。
 
 うふふ、だってほらもう、
 私のまわりには、深い愛を注いでくれるイケメンばかり。
 

 ただし全員、……カッパのようだがな!


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 いや、無理無理無理無理!
 
 何なんですか、このヌメリと生臭さ。

 私は今、3人のカッパに囲まれている。
 聖女として転生した人間の女(私)を、
 イケメンのカッパたちが包み込んでいる。

 いやすいません、ちょっと自分で何言ってるかわからない。

 いったん落ち着こう。

 ぉぉぉ、落ち着けるかっ!!

「ああ、ウォード兄さん、見て見て。聖女様がはっきりと目をお開きになられたよ。クーッ、可愛いなあ」

 ひっ、カッパがしゃべった⁉
 
「うむ、そうだな、クリフ。いやはや、これほど愛らしいものがこの世にほかにあるだろうか。こうして遠くから眺めているだけで、詩心のない私でも不思議とそんな甘やかな気にさえなる……。おい、ラファエル、聖女の御身を抱きとめて差し上げているお前の心持ちも、ぜひ聞かせて欲しいものだな」

「よしておくれ、ウォード兄さんもクリフも少しばかりハシャギすぎだよ。竜皇帝陛下のおっしゃられたことを忘れてはいないだろうね? この方こそ、真の聖女となられるはずのお人なのだよ。しっかりお守りしなくては」

「えーっ、ラファ兄さんったら超マジメー。ノリ悪すぎぃ。いっつもそうなんだから、ブー! いくら名誉騎士だからって、いまどき流行んないよ、そういうの。ねー、聖女様もそう思いますよねー♪」

「こら、しつけだぞ、クリフ。私はただ、彼女のことを思えばこそ――」

「ハッハッハ、クリフもラファエルも仲良くおやり。私たちはいつも一緒、3人きりのカッパ族のまつえい、カワナガーレ3兄弟なのだから。力を合わせて、この尊き聖女様にお仕えしようではないか。そうすればきっと、竜皇帝陛下の御心にもかなおうというもの」

 カッパ特有のヌメッた緑肌で壁にもたれ私を見守る、頭にすい色の皿を持つインテリ系イケメン、ウォード(正式名はウォード・カワナガーレで、ローブをまとう博識の騎士団学術士だと後に判明)。

 生真面目なくらい私の身を案じ抱きとめてくれる、騎士服姿で頭に金色の皿を持つ正統派イケメンカッパの、ラファエル(同じく正式名は、ラファエル・カワナガーレで、騎士団長にして綺羅星のごとき武勲を誇る名誉騎士だと後に判明)。

 どこかフェミニンな自由奔放さで私をのぞき込み可愛がってくれる、頭にさん色の皿を持つアイドル系イケメンカッパの、クリフ(正式名は、クリフ・カワナガーレで、天才芸術家肌の新米鍛冶師だと後に判明)。

 どうやら3兄弟らしいイケメンたちが、
 私をめぐって
 イケメンならではのキラキラなやりとりを繰りひろげていく。

 ホントにもう、まぶしいくらいにキラキラだ(主に皿が)。

 カワナガーレ3兄弟。
 長男、ウォード。
 次男、ラファエル。
 三男、クリフ。

 私のあらたな人生、やがて真の聖女となる新章の、そのはじまりとともに――。

 美しき男たちの競演が、こうして幕を開けたのでした。


 ただし全員、カッパだがな!


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