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騎士団領に花が咲く

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 私、かわせいが異世界転生したのは、かくかくしかじかそんなわけだそうでして――。

 これからヘノカッパ騎士団領のカワナガーレ3兄弟(略してカッパ3兄弟)と一緒に、聖女セーナとして幻の鉱物【砂キュン】を探すクエストに挑むことになりました。

 何かもういろいろ突っ込むのがメンドクサすぎて、ひとまず全設定を受けいれることにした私。
 だいたい突っ込もうにも、この屋敷にはカッパしかいねえ!!

「セーナ殿、……その……、【キュン眼】の覚醒はやはりまだ?」

「ごめんなさい、ウォード様。まだこれという確信が持てなくて」

 異世界転生から早くも数日がたち……。私はこの間、カッパ3兄弟と親睦を深めるかたわら、聖女のスキル覚醒をこころみていた。

 砂キュンのありかを探知するという聖女の固有スキル。心に「キュン」の感情を秘めた聖女にだけ発動できる、超感覚知覚、こころの目――【キュン眼】の発動を。

 しかしカッと目を見開いたり魔法少女的な決めポーズをくりだすだけではなかなかかんばしい結果が得られず、紳士的なカッパ長男のウォード様をもあせらせはじめてしまっている。
 ウォード様はローブをまとう博識の騎士団学術士で、頭にすい色の皿を持つヌメッた緑肌のカッパであること以外は本当に素敵で温厚なインテリ系イケメンだ。この世界のいろいろな基礎知識を私に教授してくれて、古文書や魔導書の類の他、今日は地図を見ながらこのあたりの地形などについても詳しく教えてくれた。

 地図?

 私の中で何かが引っかかった。
 胸の中に、何かムズムズとした感覚がかすかにうずく。

「ウォード様、もう一度地図を見せてくださいますか?」

 羊皮紙のような紙でできた地図を広げてもらい、私はたずねる。

「この――ヘノカッパ騎士団領最西端のあたりは、奇妙なくらい書き込みが少ないのですね。1つの村もないのですか?」

「ああ、それは――」

「その辺は誰も近付きたがらない【コジラセの沼】だよ、セーナちゃん♪」

 私をはさんでウォード様とは反対の脇から、地図をのぞき込むようにしてクリフが身を寄せてきた。クリフは私より年下、あえて騎士団関係の職を選ばない天才芸術家肌の新米鍛冶師で、頭にさん色の皿を持つカッパであること以外は本当に素敵なアイドル系イケメンだ。

 コジラセの沼?

「そう、ヘノカッパ騎士団領西端を侵食するドロッドロの湿地帯♪ だよね、ウォード兄さん?」

「うむ。その泥は深く、立ち入る者の足もとを容赦なく奪い、心をこじらせる。一部の伝承によれば、太古には鉱物の豊富に採れる土地であったともいわれるが、いささか信じがたい。現在では暗い霧がたちこめるばかりで、腐敗した倒木のほかには見るべきものもありません。それにコジラセの沼には近ごろ、恐ろしいモンスターである半魚ブリンが棲みつきはじめたようで」

「コジラセの沼がどうかしたのかい? セーナ」

「ラファエル様、おかえりなさい」

 騎士団長として常に激務に追われる身でありながら、いつもかかさぬ颯爽とした立ち居振る舞いが完璧に板に付いているラファエル様。
 さすがは綺羅星のごとき武勲を誇る、騎士服姿の名誉騎士。
 その真っすぐなまなざしはこちらの身を案じる気遣いと包容力を感じさせ、頭に金色の皿を持つカッパであること以外は本当に素敵な、私好みの純情系イケメンだ。ちなみに身長も年齢も私の頭一つ上なのだった。

「実はこの後またすぐ騎士団会議へ出席しなくてはならないんだが、その前にどうしてもセーナの作るキュウリ料理が食べたくてね。つい、屋敷までもどってきてしまったんだ」

「まあ、ラファエル様ったら、お上手だこと」

 聖女として召喚され異世界転生してきた身の私だけど、期待される活躍はまだ何1つ出来ていない。
 その罪滅ぼしとして私にできることといえば、恥ずかしながらカッパ3兄弟のお食事のお世話をさせていただくことくらいしか思い浮かばなかった。
 タダ飯食らいの聖女というのも気が引けるので、お屋敷仕えのメイドさんたちにお願いして、ここ数日は調理場を使わせてもらっている。

 こちらの世界の主食はキュウリである。
 大事なことなのでもう一度言おう。
 こちらの世界でも、カッパの主食はキュウリである。

 かくいう私も、生前の色気のない食生活にあってはキュウリともやしのローテーションで幾度となく難をしのいだものだ。
 幸いこちらの世界の調味料や食材には生前のものと少なからず似た品もあり、私は若干照れながらもカッパ3兄弟にキュウリ料理を振る舞うこととなった。

 私のなんてことないレパートリーでも基本的にみんな喜んで食べてくれるのだが、年長者のウォード様はやはりさっぱりあっさり和風系がお好み(たとえば定番のキュウリとワカメの酢の物や、とろろ・おかか・めかぶとの和え物など)、三男クリフ君は小柄で細身なのに食はがっつりボリューム重視(何本でも無限にイケるピリ辛もろ味噌スティックや、大盛り冷や汁など)といった具合。

 ちなみに騎士団長ラファエル様は何を出されても黙々と綺麗に完食した後まぶしそうに微笑み、

「セーナの作るものは何でも好きだよ」……だってさ。

 そういうとこだぞ。

 そういえば、こちらの世界のカッパさんにはあの黄色いくちばしのようなものはなく、まったく人間と同じプルンとした唇をお持ちである。
 その点は安心してほしい。
 何を安心しろだって? そんな質問をしちゃう君は、まだまだお子ちゃまだぞ。

「ところで、セーナ。コジラセの沼がどうかしたのかい?」

「ええ、ラファエル様。私、何だかその場所が気になるんです。もしかしたらですが、砂キュンと関係のあることかもしれなくて……。うまく言えないけれど、でも、そこへ行かなくちゃいけない……そんな気がするんです」

 ラファエル様は煮え切らない私の言葉にもけして目をそらさず、まっすぐに受け止めてくれた。
 そして一拍おいて、迷いなくこう言ったのだ。

「いつなんどき、いずこなりとも。私は君とともに行こう。この手に守らせてくれるね? セーナのすべてを」

 もう……、マジでそういうとこだぞ。


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