落ちこぼれ魔女とドラゴン

神無月りく

文字の大きさ
10 / 41
第一部

理不尽な長老

しおりを挟む
「ごちそうさまでした。洗い物は私がしますから、ディルクさんは休んでてくださいね。怪我人ですから」
「君だってまだ仕事があるだろう。怪我の具合も大分いいし――ん?」

 どうしても仕事がしたい、というかオフィーリアに尽くしたいらしいディルクは食い下がってきたが、ふと何かに気づいたように窓に目をやる。その視線を追いかけ、オフィーリアも顔を向けると、窓際に黒猫が張り付いていた。

 おそらくロイドだろう。
 ディルクと目が合うなり全身の毛を逆撫で、ピョンと飛び降りてどこかに消えてしまった。

「……あの黒猫、朝からずっとこの家の周りをウロウロしてるぞ。俺が見ると逃げるんだが、すぐに戻ってくる」
「あの猫は母の使い魔です。こちらを監視してるのかもしれませんね。ほら、私がディルクさんをこき使ってるなんて言われたら嫌ですし、洗い物は私がしますね」
「そうか、晩飯のことを考えながら、俺はおとなしくすることにしよう」

 夕食も作るつもりらしい。次は何が出てくるのか、楽しみな反面申し訳なく思いつつ、食器とフライパンを洗い、軽く土間の掃除をしていると、

「オフィーリア、雨の気配がする」
「雨?」

 ディルクの言葉に顔を上げるが、少し薄雲は出ているが割といい天気だ。
 すぐに雨が降るようには見えない。

 不思議に思いながらも一旦掃除の手を止めて、物干し竿にぶら下がっている衣類を取り込み、テーブルの上に置いたところで一転にわかに日が陰り、瞬く間に黒雲が広がってポツポツという雨音が聞こえたかと思うと、すぐにザアアっと勢いのある音に変わった。

 ディルクの言葉を信じなければ、今頃洗濯物はずぶ濡れだった。

「ありがとうございます。ディルクさんはお天気が分かるんですか?」
「たいしたことはない。天気の変わり目がなんとなく分かるだけだ。ただ、この雨はしばらく続きそうだが、仕事はどうするんだ?」
「うーん……配達は雨でも行かないといけませんけど、今日はその予定はないので――」

「アケロ! アケロ! カァ、カァ!」

 雨がやむまでは家にいる、と言おうとしたが、戸の向こう側からカタコトの言葉で遮られた。
 カラスの使い魔だ。
 カラスも黒猫と同様使い魔としてポピュラーな動物で、多くの魔女に伝言係として使われている。

 嫌な予感がしつつも言われるまま開けると、濡れそぼったカラスがいた。
 くちばしにヨレヨレになった紙切れをくわえており、それをポトリと床に落とすと「シキュウ! シキュウ!」と繰り返し告げて、あっと今に飛び去ってしまった。

「……あのカラスも使い魔か?」
「ええ。多分長老様のところの」

 オフィーリアは紙片を拾いつつ、憂鬱なため息をついた。

 長老ロレンヌは気ままな野良猫よりも気分屋な性格で、いつも急に配達の依頼をしてくる。
 しかも内容が無茶振りで、一人では到底運べないような量や、季節外の薬草を要求したりする上、注文に応えられなければ代金を平然と踏み倒す。

 正直、里の中でも最悪な顧客だ。
 魔女としては凡庸だが、無駄な年の功のせいで誰も彼女の意向に逆らえない。彼女の怒りを買えば里に居場所はなくなる。どんな無茶振りでも、落ちこぼれのオフィーリアは耐えるしかない。

 渋々注文が書かれているだろう紙を広げてみるが……インクがにじんでいて読みにくいことこの上ない。
 かろうじて読解はできるが、「全部摘みたてで」と但し書きがされているので、今から摘みに行かねばならない。
雨の中の作業を考えると、とても億劫な仕事だ。

「オフィーリア?」

 その気持ちが顔に出ていたのか、ディルクが心配そうにのぞき込む。負の感情を押し込め、オフィーリアは笑顔を作った。

「なんでもありません。仕事が入ったので出かけてきますね」
「今からか? 濡れたら風邪を引くぞ」
「合羽があるので大丈夫ですよ」

 丈夫で水をよく弾くマナテリアル布でできた合羽を羽織り、心配そうなディルクを尻目に籠を肩にかけて小屋を飛び出した。

 雨が強くて視界が悪いが、どこに何が生えているかくらい、毎日世話をしているオフィーリアは熟知している。手早く指定された薬草を摘んで籠に入れ、紙が濡れないよう庇いながら紙面と中身を比較する。

 間違いがないことを確認して籠に蓋をすると、その足でロレンヌの屋敷に向かう。

 ぬかるんだ道を駆け足で進み、何度か足を取られそうになるが、どうにか踏みこたえて無事にたどり着いた。何度か深呼吸をして息を整え、分厚い玄関扉をノックした。

「オフィーリアです。ご注文の薬草をお届けに参りました」

 だが、うんともすんとも応答がない。
 何度かノックと呼びかけを繰り返したが、屋敷はシンと静まり返っている。
 配達を依頼しておきながら留守だった、というオチも何度かあった。代金を後日請求したが、そんなものは頼んでないの一点張りで踏み倒されたことも覚えている。

 今回もそういうパターンかと思って諦め、荷物だけ玄関先に置いた時。

「騒々しい。クズが何を騒いでいる」

 ゆっくりと扉が開き、絵本に出てくる“悪い魔女”をそのまま具現化したような老婆が現れた。ロレンヌだ。

「長老様。お騒がせして申し訳ありません。お求めの薬草をお届けに参りました」
「へっ? なんと言った? 最近耳が遠くてなぁ……」
「で、ですから、薬草をお届けに――」
「は? 薬草? そんなもの頼んでないぞ」

 すっとぼけた様子でロレンヌが問い返す。

「そんなはずありません。あなたの使い魔からこのメモを受け取って……あっ」
 
 合羽の中から紙片を取り出すと同時に、さっきのカラスが横からすっと飛んできて、オフィーリアの手にあったものを攫ってしまった。
「メモなんてどこにある? さては貴様、金欲しさに儂に売りつけに来たな?」

 ニヤァっと、まるで悪い魔女そのものの醜悪な笑みを浮かべたロレンヌは、置かれた籠の中身をざっと検分したのち、数回手を打った。
 すると、サルの使い魔が現れ、瞬く間に籠ごとひっつかんで屋敷の中に持って行ってしまった。

「あっ」
「儂の屋敷の敷地内にあるものは、すべて儂のものだ。何か問題でもあるかな? それとも、長老たる儂から金をせびり取ろうとしたことを、ベアトリクスに知られたいか?
マリアンナを溺愛するあいつが知れば、貴様は今度こそ追放されるだろうな。あれっぽっちの薬草で口止めができるなら、安いものだろう。さあ、帰った帰った」

 ヒヒヒ、と乾いた笑い声を上げつつ、ロレンヌは影のようにするりと屋敷の中に消え、バタンと無情に扉が閉まる音が響く。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら
恋愛
「力を失いかけた聖女を、いつまでも生かしておくと思ったか?」 聖女の力を使い果たしたヴェータ国の王女シェラは、王となった兄から廃棄宣告を受ける。 死を覚悟したが、一人の男によって強引に連れ去られたことにより、命を繋ぎとめた。 シェラをさらったのは、敵国であるアレストリアの王太子ルディオ。 「君が生きたいと願うなら、ひとつだけ方法がある」 それは彼と結婚し、敵国アレストリアの王太子妃となること。 生き延びるために、シェラは提案を受け入れる。 これは互いの利益のための契約結婚。 初めから分かっていたはずなのに、彼の優しさに惹かれていってしまう。 しかしある事件をきっかけに、ルディオはシェラと距離をとり始めて……? ……分かりました。 この際ですから、いっそあたって砕けてみましょう。 夫を好きになったっていいですよね? シェラはひっそりと決意を固める。 彼が恐ろしい呪いを抱えているとも知らずに…… ※『ネコ科王子の手なずけ方』シリーズの三作目、王太子編となります。 主人公が変わっているので、単体で読めます。

【完結】王宮内は安定したらしいので、第二王子と国内の視察に行ってきます!(呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です)

まりぃべる
恋愛
異世界に呼ばれた佐川マリア。マリア・サガワとしてこの世界で生きて行く事に決め、第二王子殿下のルークウェスト=ヴァン=ケルンベルトと一緒に、この国をより良くしていきます!って、実際は2人で旅行がしたかっただけ? 呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です。 長くなりましたので、前作の続きでは無く新しくしました。前作でしおりを挟んでくれた方ありがとうございました。 読んでなくても分かるようにしております。けれど、分かりにくかったらすみません。 前作も読んで下さると嬉しいです。 まだまだ未熟なので、稚拙ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。 ☆前作で読者様よりご指摘が有りましたのでこちらにも記載しておきます。 主人公の年齢は設定としてありますが、読者様が主人公になれたらな(もしくは好きな年齢に当てはめて読めたら)という思いを込めて敢えて年齢を記載していません。

【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

廻り
恋愛
 幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。  王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。  恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。 「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」  幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。  ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。  幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――

いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう
恋愛
闘病の末に崩御した国王。 まだ幼い新国王を守るために組まれた婚姻で結ばれた、アンリエッタと幼き王エゼキエル。 それは誰もが知っている期間限定の婚姻で…… いずれ大国の姫か有力諸侯の娘と婚姻が組み直されると分かっていながら、エゼキエルとの日々を大切に過ごすアンリエッタ。 終わりが来る事が分かっているからこそ愛しくて優しい日々だった。 アンリエッタは思う、この優しく不器用な夫が幸せになれるように自分に出来る事、残せるものはなんだろうかを。 異世界が難病と指定する悪性誤字脱字病患者の執筆するお話です。 毎度の事ながら、誤字脱字にぶつかるとご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く可能性があります。 ご了承くださいませ。 完全ご都合主義、作者独自の異世界感、ノーリアリティノークオリティのお話です。菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 小説家になろうさんでも投稿します。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...