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第一章――⑥(ユマ視点)
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後ろ髪を引かれる思いで倉庫をあとにし、ユマは一人ため息をついた。
「強情だな……どうしたものか……」
前々からアリサがあの侍女を踏み台にして、周囲の評価を上げているのは知っていた。
男が女同士の諍いごとに首を突っ込むべきではないし、聖女という窮屈な立場に無理矢理収めているのはこちらだから、少しくらいはと甘い気持ちで見逃してきたが、さすがにここのところ目に余る行動が増えてきた。
なので何度か「聖女らしく慎み深い行動を」と注意を促したが、しらを切り通された挙句「私が醜いから信じてもらえないのね」と泣かれた。
その現場を完全に彼女の虜となっている騎士たちに目撃され、「教育係でもアリサを泣かせるのは許さない」と、逆に糾弾される立場になってしまった。
こんなにも手を焼いた聖女は初めてだ。
ほとほと困り果てている。
仕方なく被害者である侍女に訴えてもらう方針に切り替えたが、彼女は一言も助けを求めずユマを遠ざけた。土下座を強要されていた時も、自力で必死に抵抗していた。
以前の彼女は気弱で儚げで、何かあれば泣いて謝ってばかりいたのに。
だから、こちらから歩み寄れば泣きついてくるはずだと思ったのだが、今は強い意志を感じるというか、分をわきまえながらもきっちり自己主張をする。
逆境の中で一皮むけた、というよりもまるで別人だ。
不思議に思う一方でその変化を――前より今の彼女の方が好ましいと感じている自分がいる。
あの心の強さと潔さには敬意を表してもいい。なんならアリサよりも聖女にふさわしいとすら思う。
でも、もう少し甘えてくれてもいいのでは……などと考えながら黙々と歩き、使用人棟と邸宅を繋ぐ中庭まで出てきた。うららかな日差しを浴び、新鮮な空気を大きく吸い込んで気持ちを切り替えていると、後ろから足音が聞こえてきた。
振り返らずとも分かる。アリサだ。
「ユマ。どこに行ってたの? 探してたんだから」
「悪い。少し散歩していた」
「わざわざ使用人棟に? 好きな子でもいるの?」
茶化すような口調だが、腹の内を探るような鋭い目を羽扇の隙間から覗かせている。
変わったといえば、アリサもすっかり変わってしまった。
この世界に来たばかりの頃は、オドオドしながらも相手と真摯に向き合う優しさを持っていたはずなのに、いつの間にか巧みに人心を操る術を身に着け、他人を支配することに喜びすら感じている節がある。
聖女としての役割は果たしているが、資質に問題があると言わざるを得ない。
念のため女神には奏上しているが、具体的な対策を取ったとは聞かされていない。
それどころか定期的にくるはずの啓示がなく、彼の報告がきちんと届いているかさえ怪しい。
今回はどうもうまくいかないことが多い。誤差の範囲ではあるがが予定たびたび狂う傾向があるし、計画の破綻の予兆でなければいいのだが。
「……女神の使徒に色恋は許されない。知っているだろう」
考え事をしつつ、アリサに無難な対応をする。
「今はまだ無自覚ってだけかも。恋はするものじゃなく落ちるものって言うし」
後ろ暗いことは何もないのだが、なんとなく彼女との関係を知られたくなくてそっと話題をすり替える。
「俺の事よりあんたはどうなんだ? 騎士たちと随分親しくしているようだが」
「まあ、変な勘繰りはやめて。大切な仲間として仲良くしてるだけよ」
確かに特定の誰かに恋愛感情を持っているようには見えない。
だが、相手に恋心を抱かせようとしているようには見える。
そして、その矛先が自分に向いていることも薄々感じていた。
「そんなことよりもユマ。新しく覚えた魔法がうまく使えなくて困ってるの。みんなの前で恥ずかしい思いしたくないっていうか、あっと驚かせたいから、秘密の特訓に付き合ってほしいんだけど……ダメかしら?」
さりげなく距離を詰めて肉感豊かな体をこちらに寄せ、上目遣いで尋ねてくる。
使徒として色恋とは縁のない人生を送ってきたが、これが色仕掛けだということくらいは察せられる。だが、仕掛けられてゾッとするとは想像もしてなかった。
別に彼女の容姿が一般的に見て劣っているせいではない。
熱っぽくこちらを見つめているようで、瞳の奥は計算高く冴え冴えとしているし、体臭に合わない香水の匂いは吐き気すら覚える。
どうしてこれで騎士たちはあんなに夢中になれるのか、ユマにはまったく理解できない。
「……特訓は構わないが、あまり俺を頼り過ぎるな。教育係といっても四六時中共にいられるわけじゃない」
「でも、ユマの教え方はうまいし、傍にいてくれると安心するの。早く一人前になるから、もう少しだけ頼らせてね」
「おだてても何も出ないぞ」
何気ない風を装って触れてこようとするアリサの手をやんわりと避け、ユマは手早く約束を取り付けて別れた。
「強情だな……どうしたものか……」
前々からアリサがあの侍女を踏み台にして、周囲の評価を上げているのは知っていた。
男が女同士の諍いごとに首を突っ込むべきではないし、聖女という窮屈な立場に無理矢理収めているのはこちらだから、少しくらいはと甘い気持ちで見逃してきたが、さすがにここのところ目に余る行動が増えてきた。
なので何度か「聖女らしく慎み深い行動を」と注意を促したが、しらを切り通された挙句「私が醜いから信じてもらえないのね」と泣かれた。
その現場を完全に彼女の虜となっている騎士たちに目撃され、「教育係でもアリサを泣かせるのは許さない」と、逆に糾弾される立場になってしまった。
こんなにも手を焼いた聖女は初めてだ。
ほとほと困り果てている。
仕方なく被害者である侍女に訴えてもらう方針に切り替えたが、彼女は一言も助けを求めずユマを遠ざけた。土下座を強要されていた時も、自力で必死に抵抗していた。
以前の彼女は気弱で儚げで、何かあれば泣いて謝ってばかりいたのに。
だから、こちらから歩み寄れば泣きついてくるはずだと思ったのだが、今は強い意志を感じるというか、分をわきまえながらもきっちり自己主張をする。
逆境の中で一皮むけた、というよりもまるで別人だ。
不思議に思う一方でその変化を――前より今の彼女の方が好ましいと感じている自分がいる。
あの心の強さと潔さには敬意を表してもいい。なんならアリサよりも聖女にふさわしいとすら思う。
でも、もう少し甘えてくれてもいいのでは……などと考えながら黙々と歩き、使用人棟と邸宅を繋ぐ中庭まで出てきた。うららかな日差しを浴び、新鮮な空気を大きく吸い込んで気持ちを切り替えていると、後ろから足音が聞こえてきた。
振り返らずとも分かる。アリサだ。
「ユマ。どこに行ってたの? 探してたんだから」
「悪い。少し散歩していた」
「わざわざ使用人棟に? 好きな子でもいるの?」
茶化すような口調だが、腹の内を探るような鋭い目を羽扇の隙間から覗かせている。
変わったといえば、アリサもすっかり変わってしまった。
この世界に来たばかりの頃は、オドオドしながらも相手と真摯に向き合う優しさを持っていたはずなのに、いつの間にか巧みに人心を操る術を身に着け、他人を支配することに喜びすら感じている節がある。
聖女としての役割は果たしているが、資質に問題があると言わざるを得ない。
念のため女神には奏上しているが、具体的な対策を取ったとは聞かされていない。
それどころか定期的にくるはずの啓示がなく、彼の報告がきちんと届いているかさえ怪しい。
今回はどうもうまくいかないことが多い。誤差の範囲ではあるがが予定たびたび狂う傾向があるし、計画の破綻の予兆でなければいいのだが。
「……女神の使徒に色恋は許されない。知っているだろう」
考え事をしつつ、アリサに無難な対応をする。
「今はまだ無自覚ってだけかも。恋はするものじゃなく落ちるものって言うし」
後ろ暗いことは何もないのだが、なんとなく彼女との関係を知られたくなくてそっと話題をすり替える。
「俺の事よりあんたはどうなんだ? 騎士たちと随分親しくしているようだが」
「まあ、変な勘繰りはやめて。大切な仲間として仲良くしてるだけよ」
確かに特定の誰かに恋愛感情を持っているようには見えない。
だが、相手に恋心を抱かせようとしているようには見える。
そして、その矛先が自分に向いていることも薄々感じていた。
「そんなことよりもユマ。新しく覚えた魔法がうまく使えなくて困ってるの。みんなの前で恥ずかしい思いしたくないっていうか、あっと驚かせたいから、秘密の特訓に付き合ってほしいんだけど……ダメかしら?」
さりげなく距離を詰めて肉感豊かな体をこちらに寄せ、上目遣いで尋ねてくる。
使徒として色恋とは縁のない人生を送ってきたが、これが色仕掛けだということくらいは察せられる。だが、仕掛けられてゾッとするとは想像もしてなかった。
別に彼女の容姿が一般的に見て劣っているせいではない。
熱っぽくこちらを見つめているようで、瞳の奥は計算高く冴え冴えとしているし、体臭に合わない香水の匂いは吐き気すら覚える。
どうしてこれで騎士たちはあんなに夢中になれるのか、ユマにはまったく理解できない。
「……特訓は構わないが、あまり俺を頼り過ぎるな。教育係といっても四六時中共にいられるわけじゃない」
「でも、ユマの教え方はうまいし、傍にいてくれると安心するの。早く一人前になるから、もう少しだけ頼らせてね」
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