ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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幕間 変革の予兆編

聞き上手で煽り上手

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 しばらくの間、美味しいお茶とお菓子に舌鼓を打ちつつ、レーリアに請われるまま身の回りのことや社交界の噂など他愛ないおしゃべりに興じた。

 いくら一度顔を合わせているとはいえ、雲の上の存在であることに変わりはない。出だしこそ緊張したが……話し出せば勝手に言葉がペラペラと出てくる。
 ジゼルが単におしゃべり好きというのもあるが、話題の振り方や合いの手を入れるタイミングなど、話を聞き出すスキルに大変優れているのだ。

 かつてロゼッタがレーリアを「聞き上手で煽り上手」と称したことがあるが、まさにその通りで、彼女にかかればどんな秘密主義の人間も丸裸になりそうだ。
 彼女が病などに罹らず社交界に君臨し続けていたとしたら――不正や醜聞を暴かれ、どれほどの貴族がその身分を追われていたことか。

 想像したらゾッとした。
 神は案外そういうパワーバランスを整えるため、レーリアに病を与えたのではと邪推してしまうくらいには。

「――ところで、わらわも小耳に挟んだ程度じゃが、下級貴族の不正が相次いで露見しているようじゃな。税の着服やら横領やら」
「あー、まだ疑惑の段階らしいですけど、最近貴族連盟がてんやわんやしてるって聞きますね。ちょっと前までめっちゃ羽振りがよかった人らばっかりですから、そっちで儲けてたんやないかっていう噂ですけど……」

 貴族連盟は、エントール王国に属するすべての貴族たちの戸籍を管理し、犯罪者の調査から逮捕、裁判に至るまでの司法を担当する王家直属の機関である。
 通常の警察機能を有する騎士団では貴族の罪は暴けないため、連盟と癒着することで罪を逃れようとする貴族は後を絶たず、なかなかその手の不祥事が明らかになることがないのが実情だが……下級貴族では捜査の手を防ぎようがなかったに違いない。
 悲しいかな、カネとコネが正義を司る世の中なのだ。

「ほほほ。そなたもそれが真実ではないと気づいておろう?」
「それはまあ……こんくらいは」

 親指と人差し指で“ちょっと”を示しつつ、ジゼルは苦笑を返す。
 仮にも王宮内なので明言は避けたが、その下級貴族らはかつてルクウォーツ侯爵の手駒として利用されたが、金遣いの荒さから切り捨てられたことが原因だろう。
 援助を切られてもあぶく銭で覚えた贅沢の味が忘れられず、悪事に手を染めて金を手に入れたものの、小者ゆえにその手口が杜撰ですぐにばれてしまった、といったところか。

 春の舞踏会で見かけたあの三人の男たちについて疑問を持ち、のちに調べた……というよりも父や兄から教えてもらったおかげで、この手の話に鈍いジゼルも勘づいている。
 現在その渦中にある下級貴族というのが、彼らだということも。

 ちなみに、娘たちはさっさと嫁いで直接的な難は逃れたようだが――父親たちの罪の重さ如何によっては今後に影響すると思われる。
 ルクウォーツ侯爵が仲介したとはいえ、身内に犯罪者が出たとなれば十分な離婚理由になるし、彼女らがどれだけ婚家に貢献できているかが鍵だろう。
 ジゼルが気にしたところでどうこうなる問題でもないが、親の罪で無関係な子供が被害を受けるのは、なんとも悲しいことだ。

「嘆かわしい話じゃが、わらわもあやつらのことを笑ってはおれんなぁ。息子はそろってボンクラで王子の務めを果たさず、糸の切れた凧のようにフラフラしておるし、ミリアルドが即位すれば、バーバラは正式に王太后の地位を得て王宮内で大きな権力を有するようになる。そうなれば、わらわを王宮から追い出すやもしれん。昔わらわは、あやつに結構な嫌がらせをしたからのう。理由には事欠かん」
「え、レーリア様が?」

「ああ、嫉妬なんて可愛いものではないぞ。バーバラにやっかむところなど微塵もないし、フレデリックも“種袋”程度にしか思っておらん。そもそもあやつはドヘタクソにして早――」
「レーリア様!」

 堪らずといった様子でマリーが突っ込んで黙らせたが、残念なことに経験はなくとも知識だけはある元アラフォー女には、陛下の下半身事情が残念な想像がついてしまった。
 今の姿からして昔は精悍な美丈夫だっただろうに……やはり夫婦関係を良好に保つには、体の相性というか閨事の巧みさが大いに影響するらしい。

「……フレデリックのことはともかく、わらわがバーバラにちょっかいをだしたのは、長年の恋人を側室に召し上げたければ勝手にせよと申しておるのに、あの男が世間の目を気にして煮え切らん態度を取るからじゃ。ほれ、恋物語は邪魔者がおるから盛り上がるじゃろう? その役を演じたまでよ」

 つまりレーリアは、二人のために率先して悪役令嬢を演じたわけか。
 夫にももう一人の妻にも興味がなさそうな顔をしているが、案外好意を素直に示せないだけで、根は優しいお人好しなのかもしれない。
 と、心が温まったのも束の間。

「まあ、嫌がらせといってもつまらないものでしたけれどね。頭からワインをかけるだとか、ドレスの裾を踏んで転ばせるとか、陛下からの贈り物を隠すとか、バーバラ様にだけお茶に似せた絵具の色水をお出しするとか」

 乙女ゲームなら余裕で断罪理由になりそうなことを『つまらないもの』と言い切るのは、レーリアではなくマリー。その言葉を受け「あの程度でねを上げるとは、やわな女じゃったわ」とつぶやくレーリア。
 ……ジェネレーションギャップだろうか。それとも、ジゼルが貴族社会の常識を知らないだけなのか。

 なんと相槌を打っていいか分からず、曖昧な笑みを浮かべながら思わず遠い目になるジゼルを愉快そうに眺め、レーリアはお茶で唇を湿らせる。

「というわけで、わらわは老後の面倒は自分で看ねばならん。さすがに領地までは取られんから、そこで食いつなげばいいのじゃが……わらわの任されておるバードヒルは食い物がうまいだけの田舎で、これといった産業がなくてな。温泉とやらでいい金策ができないものかと、そなたを呼んだ次第じゃ」
「な、なるほど……」

 動機や原因はひとまず脇に置いておいて――むしろ深く考えないようにして、村おこし的なことをジゼルに求めているらしい。
 となると、かつて諦めたあの計画が役立つ時は今か。

「そういうことでしたら、ええ提案ができる思いますよ。いくつか資料をご用意しましたんで、こちらをご覧になりながらお聞きください」

 テッドに目配せをして、持ち込んだ資料の束をマリーに渡し、危険物が付着していないことを確かめてからレーリアに渡される。

「随分手の込んだ資料じゃのう。なになに――温泉リゾート計画?」
「はい。温泉を使って観光地化するんですわ。湧出量によってそれぞれ規模は変わりますけど、長期滞在でゆったりくつろげる別荘型の施設を造ってもよし、女性客を狙った美容サロンを併設した温泉施設を造ってもよし、お医者さんの常駐する療養施設を造ってもよし。日帰りでも楽しんでもらえるように、温泉だけを提供する施設をいくつか造るとか、地元食材を使った美食レストランとか建てても、集客率が上がると思いますよ」

「なるほど。温泉と一口に言っても、様々な使い道があるのじゃな。しかし、どれも金持ち連中の好みそうな施設じゃのう。こう、もっと民草向けのものはないのか?」
「うーん、そうは言わはりますけど、庶民は出稼ぎとか帰省以外で旅には出ませんからねぇ……」

 毎日のように働けねば食べていけない庶民にとって、旅行はトップクラスに贅沢な余暇の過ごし方だ。もっと交通機関が発達しない限り、観光業は基本、平民富裕層や貴族など金持ち相手の商売になる。

(鉄道があれば遠くからでもようさんの人を運べるけど、蒸気機関がまだできとらんから鉄道馬車一択やし、レール敷くだけでも国家予算規模や。ちゅーか、それも完成するまで何年かかるんやって話やしなぁ……)

 これはさすがに王妃の力添えがあっても、どうこうできる問題ではない。
 頭の中から追い出すように小さく首を振る。
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