ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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幕間 変革の予兆編

従者のちょっとした過去

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 それは五年前……王太子の婚約者選びのお茶会の翌日。

「母上、これから俺宛てに来る縁談はすべて断ってください。俺はジゼル・ハイマン嬢としか結婚するつもりはないので」

 普段は呼んでも来ない猫のように自分の周りに寄り付かない息子が、前触れもなく部屋を訪ねてきたかと思えば、そんな爆弾発言を投下した。
 くわしくは語らなかったが、あのお茶会をこっそりのぞいてジゼルを見初めたらしい。
 それを聞いたレーリアを始め、マリーたち使用人一同が戦慄したのは言うまでもない。

「第二王子はブス専なのか、デブ専なのか、ロリコンなのか、一体どれだ!? いっそ全部か!?」

 使用人の間で喧々諤々の物議が醸されたが……よく考えなくとも母親と性質がよく似た彼のことだから、伴侶を選ぶのも色恋だの浮ついた感情ではなく「面白そうだから」の一択だと、ほどなく気づいた。
 その時の皆の間抜け面は傑作だった、というのはこの宮の語り草になっている。

 王族では十代前半のうちに婚約者を選ぶのは珍しくない。
 ハイマン家は建国以来長く続く由緒ある家柄だし、王宮内での権力や発言力はないが、没落しているわけではなく安定した領地経営で資産を築いている。そういう背景の他、権威欲のなさを買われて王太子妃にジゼルが内々定していたのだ。

 それを一目惚れだとかくだらない理由で、ミリアルドが男爵上がりの侯爵令嬢を選んだものだから、フレデリックらも卒倒せんばかりに驚いただろう。
 一応は候補者の一人だし、ルクウォーツ家も後ろ盾としては十分に機能するので問題はないし、普段は従順で物わかりのいいミリアルドが頑として譲らないので、渋々了承したようだ。

 ……今から思えば、彼らが逃がした魚の大きさをテッドは瞬時に悟ったのだと推測されるが、その時のレーリアは「いろいろな意味で奇抜な令嬢ゆえに興味を持ったのだろう」と軽く考えていたし、なかなか婚約者が決まらないことにやきもきしていたから、渡りに船とも思っていた。

 何をやらせても如才なくこなし、ジゼルと同じ歳頃には王子教育のほとんどを終わらせていたテッドは、単純な能力だけ見ればミリアルドより圧倒的に優れていた。
 しかし、天才肌ゆえに何に対しても情熱を持たない冷めた性格で、無邪気さを母親の腹の中に忘れたかのように大人びており、実の父でさえも不気味がる子供だった。

 それを巧みな処世術と人の好い笑顔でコーティングしていたから、見目のよさも手伝って実によくモテた。
 言い寄ってくる令嬢たちは数多くいたが、持ち前の賢さゆえに下心やあざとさにすぐ気づいてしまい、多感な年頃にして悟りを開いた聖人のように女に興味を示さなくなった。

 そんな彼がただ一人と決めた相手だから、理由はどうあれ添わせてやりたいと思うのは当然の親心である。
お茶会のことはレーリアもおおよそ聞き及んでおり、娘同然に可愛がってきたロゼッタを守ってくれたことにも恩を感じていた。彼女の琴線に触れる面白い人物であることを除いても、ジゼルを迎えることに異議はなかった。

 ただ、内々定の婚約を反故にしてすぐ別の男を宛がうのは体裁が悪い。
 双方の合意だけ得ておいて、ほとぼりが冷めてから発表しよう――そう決めてハイマン家に打診したが、案の定ものすごく渋られた。
 原因は裏切られたことへの恨み節かと思いきや、

「ジゼルは私たちの天使なんです! ミリアルド様の時は王命でありましたし、王太子妃になることがあの子の幸せと思いおとなしく従いましたが、ジゼルから王子様に興味はないと言質を取った今、たとえお相手が王子殿下といえど、簡単に差し出すわけには参りません!」

 血涙を流さんばかりの必死さで訴えたケネスを見ると、目の中に入れても痛くないほどの溺愛とはまさにこのことだった。
 人間見た目より中身とはいえ、何故そこまで自分たちに似ていないブサ猫顔の娘を可愛がるのか不思議だったが、『嫌いになるのには理由があるが、好きになるのに理由はいらない』とも言うし、親子間の愛情も人それぞれということかもしれない。

 そうして延々と駄々をこねるケネスをどうにかして説き伏せ、「ジゼルが彼を愛するというのなら」という条件で水面下での合意に至り、ひとまず婚約者ではなく従者として彼女に仕えさせることになった。

 従者として常に傍にいれば、嫌でも意識するに違いない。
 性格に多少の難はあるが能力は高く、それでいて美形となればコロッといくだろうと考えたのだが……現実はそんなに甘くなかった。

 いや、ジゼルが特別性なだけで、普通の令嬢であればコロッといっただろう。
 中身は人生経験豊富なオバチャンなのに、恋愛経験値だけは皆無でおまけに激ニブという、天然の恋愛フラグクラッシャーなのだ。
 これが美少女系の悪役令嬢なら無自覚にモテまくって振りまくる、とんでもない魔性の女だっただろうが、ジゼルはブサ猫なので現在一人しか犠牲になっていない。転生を司る神の采配は正しかった。

 ……ともかく、そこいらの令息とは一線も二線も画するハイスペックイケメンに、微塵もなびかないジゼルに、感心するやら呆れるやらのレーリアであった。

「……こほん。そ、それはそうとジゼル。他になんぞ、温泉を利用したよい儲け話はないかのう?」

 あからさまに話題を逸らされた感じはするが、王子様を勧められるのも従者との仲を誤解されるのも面倒なので、その路線に乗っかることにする。

「んー、そうですね。温泉そのものの知名度が低いんで、分かりやすいアピールポイントで集客するために、美味しい名物が必要でしょうね」
「金持ちには美食家が多いからのう」

「ええ。それでいて温泉とリンクさせる食べ物といえば、ポルカ村でも名物になっとる温泉卵ですわ。美味しくて滋養があって手間もかからず原価が安いんで、利益還元率が高いです。卵なんでどんな料理にも合わせやすいですし、宿のお食事に使えばより宣伝効果はあると思います。作り方とか使用例は資料に書いてあるんで、地の食材に合った使い方をしてください」
「うーむ。そのあたりはわらわでは分からぬし、料理人にやらせるか」

 料理などしたことがないご身分だからか、確認がてらパラパラとページをめくりながらも興味が薄そうな声色で、堂々と丸投げ宣言をするレーリア。
 それからいくつか簡単な質疑応答をしたのち、温泉リゾート計画についての話題は終了ということになった。

「ほほ、なかなか有意義な時間であったわ。そなたの話、大いに参考にさせてもらうぞ」
「恐れ入ります」
「礼と言ってはなんじゃが、ミリアルドが妨害している乗合馬車の件、わらわの方でうまく取りなしておこう」
「ええ?」

 乗合馬車の営業について散々却下を食らっていることを、レーリアが知っていることも驚きだが、そこに口利きできるだけの権力があることも驚きだ。引きこもりでも正室ということか。
 テッドはレーリアを“最強のコネ”と称したが、まさに言い得て妙だったらしい。
 とはいえ、棚ぼたをそのまま受け取っても大丈夫なのか不安は残る。

「そ、そらありがたい話ですけど、レーリア様にそないなことしてもらうほど、たいしたことはしてないですよ? ある程度の成功例を元にしてますけど、今のところはあくまで机上の空論ですわ」
「うまくいくかいかぬか分からぬのは、そなたの事業も同じであろう。わらわはそなたのくれた助言と同じように、事を始めるためのきっかけを与えるにすぎん。それを生かすか殺すかはそなた次第じゃ」
「レーリア様……」

 聖母のように慈悲深いレーリアに、ジゼルの好感度が一瞬急上昇するが――

「もしリゾート計画が失敗した時には、老後の面倒はそなたに任せるからな。キリキリ働いて稼いでくれよ?」
「えええ……!?」
 間髪入れず「冗談じゃ」と言われても、ちっとも信じられない腹黒い笑みを浮かべるレーリアに「さっきまでの感動を返せ!」と叫びたくなったジゼルだった。

*****

「おおお……ホンマに来たんやけど……」

 レーリアと対面を果たして約半月後。
 王家の紋章が透かしで入った、賞状サイズの営業許可証がジゼルの元に届けられた。
 一体どんな手を使ってミリアルドを説得したのか……レーリアの性格を考えると、知らない方が身のためだろう。

「よかったですね、お嬢様。ジェイコブ様にいいご報告ができそうで」
「せやなぁ。念願の王都進出決定や。この冬は忙しくなりそうやわ」

 この冬は身重のロゼッタが移動できないことを考えて、一家全員王都に留まることも考えていたが、王都での事業展開を本格化させるために、ジェイコブを始めとした役員と連日会議をやる羽目になるだろう。
 残念ながら若夫婦だけ置いていくことになりそうだ。

「おや、それでは今年は別荘の温泉でのんびりもしてられませんねぇ」
「い、一日二日くらい羽伸ばす時間くらいあるやろ……多分」

 だが、ざっと見積もっても冬の間にすべてまとめ切るのは無理そうだ。
 少しでも温泉休暇を捻出するため、今のうちに事業草案を練ることにした。
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