ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第五部 風雲急編

黒歴史は繰り返す

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 ほぼほぼリード任せで二曲続けて踊り、休憩がてらビュッフェコーナーで小腹を満たしていると、ビショップ夫妻が連れ立ってやってきた。
 五十を前にしても老いを感じさせない若々しい二人だが、孫が生まれたおかげか雰囲気に丸みが出てきたというか、人としての厚みが増したような感じを受ける。

「こんばんは。ハンス殿、ジゼル嬢」
「どうも、こんばんは。その、なんちゅーか……お二人さんは最近毎日のようにお越しいただいてますから、こういうところで会うと奇妙な感じしますねぇ……」

 身内という気安さから思わずポロリと漏れたジゼルの本音に、夫妻は視線を逸らしつつ苦笑でごまかした。

 三つ子が生まれて以来、ロゼッタの父兼宰相のアーノルドは、暇があればハイマン邸を訪れては娘を気遣い、孫たちと戯れている。
 それだけならちょっと頭のネジが緩んだ爺馬鹿だが、来るたび来るたびオモチャや絵本や服を貢ごうとするのは考えものだ。
 そんな初孫フィーバーで暴走している爺さんに喝を入れたのは、ロゼッタである。

「私が我が子に与えるものを選ぶ楽しみを奪うなら、親子の縁を切りますわよ!」

 と、弁護士に用意させた本物の絶縁状を突きつけて、ようやく暴走が収まったという経緯がある。
 それ以降貢物はなくなったが、会うことは制限されなかったせいか、訪問は今も続いている。フィーバーはまだまだ終わらないらしい。

「主人が迷惑をかけてごめんなさいね。妊娠中はロゼッタに全然会えなかったものだから、その反動もあると思うの。しばらくは大目に見てあげてちょうだい」

 取りなすように言うグロリアも、なんだかんだ理由をつけてはハイマン邸を訪れて婆馬鹿になっているので、自己弁護も含んでいるのだろう。
 結局似たもの夫婦だ。つい見る目が生温かくなってしまう。

「ほほほ……それより、ジゼルさん。乗合馬車の王都進出でお忙しそうにしているようだけど、計画は順調かしら?」
「ええ、おかげさんで。前もって商人さんらに根回ししてましたから、今のところ問題なく進んでおります。まあ、実際に開通するんは何年かあとになると思いますけどね」

 現在問題ないと言えるのは、コネやクラウドファンディングを利用した資金繰りだけで、開通までたどり着くまでには山ほどやるべきことがある。
 停留所を作るためのニーズ調査、交通量に合わせた運行ダイヤの作成、車体のマイナーチェンジ兼バージョンアップ、従業員の雇用育成、ブサネコ・カンパニー王都支社の設立、乗合馬車を周知させるための広報活動……他にも細々したものを上げれば、一年や二年で終わりそうにない。

 だからこそやりがいはある、というのは野心家のジェイコブの弁だが、張り切りすぎて彼が過労でぶっ倒れないよう早々に王都支部を作り、そこで事業の中心になる役員会を作らねば。

「ああ、せや。宰相さん、もしよかったら、経済に明るい定年前の文官さんを何人か紹介してもらえません? できれば平民出身の方がええんですけど」
「それは構わないが……」

 アーノルドは言葉尻を濁しつつサッと周囲に視線を巡らせ、声を潜めて続ける。

「――ここだけの話、そういう奴らはアーメンガート嬢を支持している。王宮でささやかれる、悪意ある噂を鵜呑みにしてな。そうでなくとも、女が男より目立つことを疎み妬む頭の固い連中だ。ジゼル嬢の元で働く気になる奴は、おそらくいないだろう」
「左様ですか……」

 縁故乱用だとか天下り斡旋だとか言われようと、手っ取り早く使える人材を得られるといい機会だと思ったのだが、世の中そんなに甘くはなかった。

 体を張ったパフォーマンスは得意だが、情報操作の技術においてジゼルはアーメンガートの足元にも及ばない。それが滅多に立ち入らない王宮であればなおさらだ。
 正しい振る舞いには正しい評価がついてくる……とは限らないのは、いつどこの世でも同じだし、情報操作も社交界を生き抜く戦術の一つである以上、こちらが一方的に傷つくのは筋違いだ。

「力になれなくて申し訳ないね」
「いえいえ、こちらこそ無理なお願いしてすんませんでした」

 誤解されたままなのは気分がよくないが、それを正してやろうとまでは思わない。
 一度刷り込まれたものを取り除くのは安易なことではないし、誰にどう思われようとも我が道を行くのが大阪のオバチャンの長所であり、切り替えが早いのがジゼルの長所だ。

「それはそうと――」
「ご歓談中失礼。アーノルド殿、少しいいだろうか」

 違う話題を振ろうとしたところで、後ろからゲームで散々聞いたイケボが聞こえてきた。
 まさかと思いながらソロソロと振り返ると、本日のゲストのフロリアンとセシリアが腕を組んでいた。

 直視できないレベルの美男美女オーラと、そこにいるだけで圧倒される威風堂々とした佇まいは、黒と赤の色彩の暴力も手伝って我が国の王太子カップルとは桁違いだ。
 歳はそれぞれ同じくらいのはずなのだが、一体何が違うのか甚だ疑問である。

 などという感想を抱きながら、部外者はお邪魔になりそうなので、頭を下げてそそくさと退散しようと思ったのだが、

「ああ、ちょっと待って。間違ってたら申し訳ないんだけど、そちらのご令嬢はジゼル・ハイマン嬢ではないかな?」
「は、はい……左様でございますが……」

 関わりなどないはずの相手に唐突に名前を言い当てられて動揺しつつも、なまじゲームを通じて知っているだけに他人のような気がしないので、どうにか落ち着いて返事ができた。

「やっぱり。去年外遊に来られたゼベル殿下からお聞きした特徴とよく似てたから、もしかしてと思ったんだよね」
「ゼベル殿下にって……それってもしかせんでも……」
「うん。君が噂の慈愛の女神様だよね?」

 ……ゼベルが去って以来すっかり忘れていたのに、またもや掘り返される黒歴史。
 どうして春の舞踏会に限って、こんな羞恥プレイの連続なのか。
 自分は神から一体何を試されているのか。
 わけの分からない叫びを上げつつ、頭を抱え膝から崩れたい気持ちだったが、そんなコントが許される場ではないのでどうにか堪える。

「……そ、そんなこともありましたねぇ……せやけど、たいしたことはなんもしてませんし、もう何年も前の話でございます。きっともっとありがたい神さんにお会いして、とっくに宗旨替えしてるんとちゃいますやろか」
「あれ、そうなの? この間うちの国に来たガンドールの商人が、君そっくりな猫人形を商売繁盛の置物として売ってるって聞いたんだけど」

 ブサ猫令嬢は、ついに招き猫になってしまったようだ。
 それを聞いて「え、何それ。めちゃくちゃ欲しいんだけど」とつぶやく兄は無視する。

 ジゼルは何もしていないのに、信仰が深くなっているのはこれいかに。
 当人は心当たりがなくて首をひねるばかりだが、実は去年ゼベルの情報収集をした商隊でスパイスやら生地やらいろいろと買い物をしたせいで、ジゼル=商売繁盛の新たな図式が生まれてしまったことが原因だったりする。
 というか、この王太子は一体どこからそんな情報を得てくるのかが不思議だ。

「ゴホン。それでフロリアン殿下、わたくしに何か用ではなかったのでは?」

 なんとも言えない空気を払拭するように、咳払いしつつアーノルドが用件を催促する。

「ああ、そうだったね。ビショップ夫人に頼みがあるんだが――すまないが、しばしセシリアを預かっていてくれないか? 今宵のうちに片付けておきたい案件があるんだが、彼女が一緒だとなかなか話が進まなくてね」

 これまで浮いた噂一つなかった隣国の王太子が、本来エントールに嫁に来るはずだった令嬢を婚約者として連れて来てるんだから、馴れ初めを根掘り葉掘り聞かれることは想像に難くない。
 しかも彼の言う『片付けておきたい案件』とは、おそらく辺境に関わる問題で、その席にほぼ当事者のセシリアがいては紛糾必至で、まとまる話もまとまらない。フロリアンが彼女を関わらせたくない気持ちは分かる。

 だが、頼む相手が違うのではないのか。
 グロリアは宰相夫人なので国賓の接待することに問題はないが、普通ならこの会の女主人に当たるバーバラか、セシリアと同じ立場のアーメンガートに頼むべきだし、よほどの理由がない限り彼女らも断ることはできないはず。
 なのに、何故そこをすっ飛ばしてこちらに頼んでくるのか。

「わたくしでよければ承りますが……その、お言葉を返すようで恐縮ですが、それはアーメンガート様にお任せされる方がよろしいのでは……?」

 ジゼルと同じ疑問を抱いたグロリアがそれとなく進言するが、フロリアンは無言の王子様スマイルで返答に代えた。
 従者よりいくらか邪悪度は低いが、かなり含みがあるのは一目瞭然だ。
 それが意味するところはなんなのか具体的には分からないが……言葉にできない事情があることだけは察せられた。

 ビショップ夫妻は少し悩んだようだが目配せしてうなずき合い、恭しくこうべを垂れた。

「かしこまりました。謹んでセシリア様のお相手をさせていただきます」
「わがままを言って申し訳ない。よければジゼル嬢もお付き合いいただけないだろうか。同じ年頃の令嬢から見たエントールのことを、セシリアにいろいろと教えてあげてほしいんだ」

 それも本当ならアーメンガートに任せるべき案件だが、彼女に信用がないのかヤンデレ婚約者の神経を逆なでしたくないのか……ともかく、目上の相手からの頼みを断れるはずもない。
 ジゼルも兄とアイコンタクトで了承を取り合い、深々と頭を下げる。

「……かしこまりました」
「ありがとう。恋人の時間を邪魔して悪いね」
「い、いえ! 私はハンス・ハイマンと申しまして、ジゼルとはれっきとした兄妹でして、決してそのような関係では……!」
「そうなのか。重ね重ねすまない」

 必死に否定している兄だが、何故か妙に嬉しそうなところが怖い。
 赤い顔でデレデレしているおかげで近親相姦疑惑が浮上したようで、隣国の王太子カップルから妙に生温かい視線を向けられて居心地が悪い。
 血縁関係を疑われるよりかはマシだと割り切るべきだが、どっちにしろ挙動不審な兄のせいで恥ずかしい思いをするジゼルだった。

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