ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第五部 風雲急編

飲酒フラグは回避します

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 彼の手を取って休憩スペースをあとにし、歓談する人がたむろする場所を通過する。
 王子様風の装いながら不気味な仮面を被った謎の男が、三六〇度どこから見ても変な意味で有名なブサ猫令嬢をエスコートして歩いているのは、否が応でも目を引く。
 チラリとでも視界に入った者は、誰もが男女の駆け引きに興じていた口をあんぐりと開け、「彼は一体どこの物好きなのか!?」と口々に憶測を並べては、あーでもないこーでもないと唸っている。

(パックさんとはあらかじめこんな感じでやるって打ち合せしとったとはいえ、こんな羞恥プレイは今夜限りにしてほしいわ! しかも相手は誰か分からんし、そのうち緊張でキャパオーバーしてまうんやないやろか……)

 姦しい孔雀オバサンの相手だけでも疲れたのに、不気味仮面王子とのあらぬ噂がこれから社交界を駆け巡るのだと思うと、憂鬱すぎて気が遠くなりそうだ。
 図太い神経をしている自覚はあるので、そうそう簡単にぶっ倒れることはない。

「あー、えっと……そ、そういえば、お名前をまだお伺いしてませんでした、よね。ウチはここではレディ・パンサーと名乗らせてもうてます。そちらさんは?」
「おっと、名乗りもせず連れ出して失礼した。俺のことはハーミットとでも呼んでくれ」

 ハーミット。隠者か。
 婚活の場に呼ばれるくらいだし、声質も居ずまいも高く見積もっても三十くらいに見えるが、若作りしているだけで実際は隠居するくらいの年齢なのだろうか。それとも、なんらかの理由で表舞台に出られない、日陰者ということなのか。
 身上を詮索しないのが仮面舞踏会の暗黙のルールとはいえ、気になるところだ……と頭の片隅で考えていると、不気味王子ことハーミットが飲み物のカートを引く通りがかりの使用人を呼び止めた。

「そこの君、こちらのお嬢さんに飲み物を」
「かしこまりました。何にいたしましょう?」
「君のお勧めは?」
「お酒をたしなまれるのでしたら、ぜひワインをご賞味いただきたいですね。アディス侯爵領で作られるワインは甘口で飲みやすく、お酒を飲み慣れない若いご令嬢にも人気でございます」

 ベテランの使用人なのか、ハキハキとよどみなく話すセールストークに、前世の飲兵衛気質を刺激されてうっかりうなずきそうになるが、ジゼルに激甘の家族が「公共の場で酒は絶対に飲むな」と強く釘を刺しているのを思い出し踏みとどまる。
 子供の頃のこととはいえ、一口飲んだだけゲラゲラ笑ってバタンキューするような耐性のなさで、人様の家で飲酒する勇気はない。相手がパックなら事情を知ってるだけに安心だが、隣にいるのは赤の他人だ。
 幼少期と同じ醜態をさらした挙句、意識のないうちにありもしない既成事実をでっち上げられ吹聴されたら、ハイマン公爵家始まって以来の大事件である。

「えっと、お酒は今はちょっと遠慮しますわ。果実水かジュースもらえます?」

 大阪のオバチャンはノーが言える日本人なので、きっぱりとお断りする。

「では、ブドウジュースはいかがでしょう。当家のブドウジュースは果肉だけを絞っているので渋みがなく、爽やかな甘酸っぱさを味わっていただけると思います」

 アディス侯爵領の名産品がブドウだったか記憶にないが、ノンアルコールならなんでもいいので素直にうなずいた。

「ほな、それで」
「かしこまりました」

 使用人はカートに積んだ色付きのビンを取り出し、足つきのグラスに白ワインに似た黄味がかった色の液体を注いでジゼルに渡す。

「どうも。ハーミットさんもなんか飲みます……――て、その仮面やと無理そうですね」
「付き合えなくて申し訳ない。気持ちだけありがたく受け取っておく」

 礼を言って使用人を見送りつつ、ハーミットはひょいと肩をすくめる。

(おおう……この人と一緒におったら、ご馳走食べにいかれへんやん……?)

 飲食不可のフルフェイスマスクの隣で、モリモリ食べていたら注目の的だ。
 色気より食い気を地で行くジゼルが、ビュッフェコーナーにかじりついているのはいつものこととはいえ、一緒に食べる人間がいるからあまり浮かないのであって、お一人様バイキング状態では居心地が悪い。
 さっき見たご馳走は全部お預けか……と内心しょんぼりしつつ、そっとにおいを嗅いでアルコール臭がしないのを確かめてから、グラスの中身を一口含む。

 甘みと酸味のバランスが絶妙で、ジュースでありながら食事にもよく合いそうだ。
 まあ、今日は何も食べられそうにないのだが、ダイエットの一環と思えばいいか。

「……レディ・パンサーは酒が飲めないのか?」

 チビチビとジュースを飲みながら、当たり障りない話題をポツポツと交わしていると、おもむろにハーミットが問うてきた。
 アルコールダメ絶対の体質は弱みになりかねないので、親しい人間以外に口外していない。彼が何者か分からない以上、いつも通りの文句でかわす。

「外では飲まんことにしとるだけです」
「なるほど、警戒心が強いんだな。だが、せっかくの仮面舞踏会だ、少しくらい羽目を外したらどうかな? 酒精の弱いもの一杯くらいいいだろう?」

「やたらとお酒勧めてくるお人って、酔った婦女子やないと口説かれへん下種野郎やて、自分から公言してるようなもんですよ」
「ふむ、手厳しいが真理だな。では、あなたに気に入ってもらえるよう、酒の力に頼らず正々堂々口説かせてもらおうか」

 そう言うなりハーミットは腰を折り、指先でムニッとした二重顎を持ち上げて、至近距離で顔を突き合わせる形になる。

「ひぇっ……」

 恋愛小説では使い古されたベタなシチュエーションだが、目の前にあるのがイケメンならともかく、不気味な猟奇殺人犯みたいな仮面なので、ホラー映画的な命の危険しか感じない。
 心臓がバクバクと跳ねるが、これがつり橋効果で恋愛感情にすり替わるとはとても思えない。

「ふふ。怯えている表情が一番可愛い」
「ドSか!?」
「何故だろうな。俺はそんなつもりはないんだが、よく言われる」

 素で突っ込んだら、小鳥のようにコテンと小首を傾げられた。
 不気味な仮面を被っているので、全然可愛くないが。
 無自覚なのか、しらばっくれてるだけなのか……とんでもないのにロックオンされているらしい。

「あのー……口説く気ホンマにあります?」
「もちろん。だからこうして見つめ合っているんだが」
「はっきり言って恐怖しか感じんので、ちょっと離れてください」
「この作戦はレディ・パンサーにはお気に召さなかったか。残念」

 ブツブツつぶやきながらホラーな仮面が離れていくのに、ほっとしたのも束の間。

「なら、あなたの飲み物も空になったことだし、仮面舞踏会らしく踊るか。俺と一曲踊っていただけますか、お嬢さん」
「……えっ!?」

 恭しく腰を折ったかと思えば、ジゼルの手からグラスを抜き取って通りすがりの使用人に渡し、空いた手をひょいと取ってホールの中央に向かっていく。
 手を強く握られて引っ張られているわけでもなく、歩調もヒールを履いていても苦のない緩やかなもので、無理強いされていないとはいえ、有無を言わせない強引さで完全に向こうのペースに巻き込まれている。

「え、ちょ、待……!」
「何か不都合が? もしかして、ダンスも酒と同じで外ではたしなまないと?」
「そ、そんなことはないですけど、身内以外と踊るんは初めてなんで……」
「では、俺が初めての男ということか。光栄だな」
「言い方!」

 ……などとくだらないやり取りをしている間に、仮面姿の男女がダンスに興じる舞台に乗り込んでしまった。
 すっかり出来上がっているカップルばかりなのか、二人きりの世界に没頭しているようで、さっきまで悪目立ちをしていたジゼルたちにも目もくれない。

 変に注目されるのも嫌だが、恋人でもなければそうなる気も微塵も起きない男とセットで、このピンクの恋愛オーラに包まれた空間にいるのは、なんともいたたまれない。
 さりとて逃げれば面倒なことになるのは必至。
 仕方がないからお情けで一曲くらい踊ってやる、くらいの上から目線の気持ちで腹をくくって体を添わせる。
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