双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

utsuro

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消えた久遠

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 久遠くおんの指先が翡翠ひすいの髪にわずかに触れたその時・・・・。

 久遠の手にしていた湯飲みが傾き、雪原のような翡翠ひすいの装束の膝のあたりに、紫色の濃い染みを作った。

 小さく「ぁっ」と声を上げた翡翠を久遠が慌てた様子で立ち上がらせると、紫はさらりと流れ、長い帯を描きながら裾を落ちていく。

 「すまないっ・・・翡翠。すぐに替えを持たせるから、待っていてくれ。」

 久遠は慌てた様子で、部屋の外にいる者に声をかけた。

 儀式の時間が近づく中での突然の騒動に、外がにわかにざわめき立つ。

 しばらくして、替えの装束が届けられると、久遠はそれを受け取り部屋の前の従者に命じて人払いをした。

 「翡翠・・・・お前が幸せでいることが、私の全てだ。何が起きても、それだけは忘れるな。」
 
 「久遠?」

 小さな違和感に不安を覚え、眉間にしわを寄せる翡翠の頭を、久遠は、愛おしくてたまらないというように、何度も撫でた。

 「翡翠・・・・。お前から・・・・名で呼ばれることができて、私は幸せだ。・・・・可愛い・・・私の翡翠。」

 愛する人に熱くうるんだ瞳で見つめられ・・・・美しい唇が紡ぐ甘い言葉に耳朶を揺すられた翡翠の身体は、瞬きのうちに灼熱を帯び喜びに震えた。

 久遠のあたたかな手が、慈しむように翡翠の頬を包み、熱く柔らかな彼の唇がしっとりと自分の唇に重ねられると、翡翠の閉じた目尻からそっと熱いしずくが零れ落ちていく。

 久遠の小さな温もりが、下唇を名残惜しそうに軽くついばみながら離れていくのを、翡翠がたまらなく寂しく・・・・恐ろしく思っていると、彼女の耳元で、久遠の落ち着いた声が静かに響いた。

 「・・・翡翠。・・・・・・生きろよ。」

 「・・・・・久遠?・・・・・・っ!」

 紡がれた言葉の意味に気づくより先に、翡翠の鼻と口は、痺れるような甘い香りを含んだ布できつく覆われた。
 景色が瞬く間に揺らぎ暗く遠ざかっていく・・・・・。

 「翡翠・・・・・。お前だけをずっと、愛していた。」 

 久遠の掠れるように濡れた声を、耳元に遠く聞きながら、翡翠の意識は闇に飲み込まれていった。


 *****************************

 ほの暗い部屋に据えられた衝立ついたての向こう。
 目覚めた翡翠が慌てて身体を起こすと、身体を覆っていた薄布がはらりと横へ滑り落ちた。

 目の奥がズキリと重く痛み、思わず顔をしかめる。

 どれほどの間、眠りにとらわれていたのだろう・・・・。
 部屋に差し込む頼りない陽光が、大分くすんでしまっているのを考えれば、すでに日が傾きかけているのは明らかだ。

 それなのに自分はここにこうして残されたまま、久遠も・・・・部屋の中にあった棺も、明かりさえもが消え失せ、静まり返っている。

 久遠・・・・私に一体、何をしたの?

 頭の奥にまとわりついている霞を払うように、痛む頭を3度ほど振り、翡翠は床を這うようにしながら、小さな卓まで移動する。
 ぐらぐらと芯の定まらない身体を卓で支え、どうにか立ち上がると、翡翠は大きく息を吐き出した。

 重苦しく冷たい嫌な予感が、翡翠の心を強張らせる・・・・・。

 翡翠は心を・・・・身体を落ち着かせると、静かに部屋を後にした。
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