彼呼迷軌(ひよめき)~言霊が紡ぐ最期の願い~

utsuro

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命逢の朝 1

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 早朝。
 俺たちは命逢みおの上空に浮かぶ島へと、そろって足を運んだ。
 清涼とした瑞々しい空気に包まれた泉の中央で、光弘がいつものように滝に打たれている。
 
 俺たちの来訪をしったゆいが滝口からの水の流れをピタリと止めた。
 光弘は深く息を吐き出すと、伏せていた目を上げ静かに立ち上がった。
 
 泉から上がり、いつもとかわらぬ様子であいさつを交わして服を着る光弘の姿は、なぜか不思議と少し大人びて見えて、心の奥がざわめく。

 たった数時間離れただけなのに、なぜか光弘に会えたことをとても嬉しく感じる。

 同時に、大切な何かを置き去りにしたまま出かけてしまった時のように、その何かを取りに戻りたいという、得体の知れない焦燥感が湧き上がってきて、心細さが胸を埋め尽くしてくる。

 「ごめん・・・・。黒のこと、黙ってたりして。」

 わずかな沈黙の後、沈んだ表情で告げられた光弘の言葉に、俺たちはわざとらしくため息をつくと、苦笑して顔を見合わせた。
 勝が少し意地悪そうな笑みを光弘に向ける。

 「いいよ。・・・・光弘の頑固さには、もう慣れてるから。」

 「言えないことまで無理に話す必要なんてない。・・・そんなことしなくても、俺たちは光弘のこと、嫌いにならないよ。・・・・お前はいつまでたっても遠慮ばっかりするんだな。」

 言いながら、俺が光弘の頬をキュッとつかむと、ゆいが咎めるように、こちらをにらみつけてくる。

 俺はあきれて癒を見つめた。
 中身が光弘の姉の生まれ変わりと思えば・・・・これから先、一体どのように接するべきかと正直悩んでいたのだが、癒自身は今までの行動を全く変える気がないらしい。

 いや。
 もしかして・・・・・。

 嫌な予感に口の端が思わずひきつる。
 そんな俺の心情など知る由もない癒が、光弘の肩から羽ばたき、目の前で楓乃子かのこへと姿を変容させた。

 「おい。みーくんに触れるな。私の弟だ。」

 俺は嫌な勘が当たって、がっくりと肩を落とした。
 姿が違うだけで、楓乃子と癒は・・・こと、光弘にかんしてだけなのかもしれないが、ほとんど人格は同じのようだ。

 以前光弘に見せられたあの、過去の情景・・・・。
 そこで見た楓乃子の優し気な姿は、光弘だけに向けられたものだったのだろう。

 むしろ楓乃子の生まれ変わりが癒であると知られた今、人の姿で言葉を話している分、癒である時よりもさらに、光弘に対する愛情があけすけになった気さえする。

 楓乃子に滝行の手伝いをお願いしたら、俺の滝の水だけ氷水にされそうだな。

 そんなことを考えながら、光弘の頬から手を離しそのまま頭に手を伸ばすと、楓乃子が片眉を不機嫌そうに吊り上げている。

 光弘の頭を軽く3度なでた俺は、我慢しきれず自分の胸に光弘を思い切り引き寄せた。
 泉の水の透明な瑞々しさと、光弘の爽やかな清香が溶け合い、フワリと胸をくすぐる。
 
 「光弘。もっと俺たちを信じてくれよ。・・・・お前が信じてくれるなら、俺たちは何も迷わないから。」

 光弘の背をトントンと軽くたたき身体から離すと、怒ると思っていた楓乃子が涙に濡れた瞳で、ただひたすら俺たちを見つめていた。
 
 この瞳を・・・・俺は知っている。

 そんな思いとともに、昨日俺たちの頭をよぎった幻覚の話を思い出し、俺は口を開いた。
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