死に戻り令嬢は愛ではなく復讐を誓う

光子

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2話 死に戻り令嬢が復讐を誓うまで

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 ◇

 私は《イリア=カスターニア》。
 カスターニア男爵家は地方に領土を持つ貴族で、広大な自然溢れる領地を持ってはいるが、土地を生かすことが出来ず、生活はいつもカツカツな貧乏貴族だった。だけど、私は自分が不幸だと思ったことはない。心優しい両親と、時には優しい両親に代わって私を叱ってくれる頼りになる兄と、貧乏ながらも領民と力を合わせて仲良く暮らしていた。

 そんな私に転機が訪れたのは十八歳の頃、《グラスウール伯爵》家のエルビス様から縁談を申し込まれたことがきっかけだった。

 こんな貧乏男爵令嬢に伯爵家から縁談の申し入れがあるなんて何かの間違いかと思ったが、エルビス様はカスターニア男爵家まで来ると、まるで王子様のように跪いて愛の言葉を囁いた。

「イリア嬢、愛しています、俺と結婚して下さい」

「わ、私を……?」

「ええ。社交界で貴女を一目見た時から一目惚れしました。俺にはもう、貴女以外考えられない」

「で、でも、私は辺境の貧乏な男爵令嬢で、グラスウール伯爵様に相応しいとは思いません!」

「そんなの関係ありません、俺は、イリア嬢がいいんです」

「そんなに……私を……!」

 今まで恋愛に無関心で免疫が無かった私は、すぐに甘い言葉に惑わされた。
 エルビス様は私のために、貧乏だったカスターニア男爵家に多額の持参金も用意してくれて、まるで、お伽噺の王子様のように素敵な人だと思った。

「イリア、愛してるよ」
「エルビス様……私も、エルビス様が大好きです」

 恋に恋していたと思う。
 結婚した後もエルビス様はとても優しくて理想的な夫だった。義両親も、私を本当の娘のように扱ってくれた。

「エルビスとイリアさんの子供が産まれるのが楽しみだわ」
「ああ、きっと優秀な子が産まれるだろうな!」

「母様、父様、そんなに期待されたらイリアが緊張するよ」

「おっと、それは失礼した。いやなに、孫が待ち遠しくてな!」

 孫の誕生を望む優しいお義父様とお義母様、愛しいエルビス様に囲まれて、幸せだった。
 求婚を受け、結婚式を挙げ、初夜を迎え、何度目かの夜を迎えた後に、跡継ぎになる子供を授かった。

「イリア、おめでとう! 子供が出来たんでしょう?」

「《アイラ》! うん、そうなの。もう四か月だって」

「良かったわね、きっと、可愛い子供が産まれるわ! あ、でも油断したら駄目よ! ちゃんとお腹の子供を第一に! 安静にしててね!」

「ふふ、アイラは心配性だなぁ」

 グラスウール伯爵家に勤めているメイドのアイラとは、使用人の垣根を越えて仲良くなった。私の妊娠を自分のことのように喜んでくれて、嬉しかった。
 エルビス様も、エルビス様のご両親も心から子供の誕生を喜んでくれて、幸せの絶頂だった。

 それが何を意味するかも知らずに――――

「ああ、可愛いわ、エルビス。この子がわたくし達の子供になるのね」

「そうだよ、これで、俺も好きでもない女を抱く必要も、甘い言葉を囁く必要もなくなる。これからはアイラだけを愛することが出来るんだ」

 産まれた子供は、一度も抱くことなく取り上げられた。
 私の代わりに子供の世話を甲斐甲斐しくしていたのはアイラで、まるでエルビス様と本物の夫婦であるように身を寄せ合って子供を抱く二人を見た瞬間、心がバラバラに壊れる音がした。

「エルビス様……アイラ……どうして……」

「今までご苦労様イリア、お前の役目はもう終わった」

 エルビス様の今まで聞いたことがない冷たい声色。私に向けられる視線は、今までの温かいものとは違い、ハッキリとした拒絶を感じた。

「役目が終わった……? 私の役目って……何ですか?」

「跡取りになる子供を産むことだ。グラスウール伯爵家で一番強い力を持つおじい様は頭の固い方でな。貴族以外の血を伯爵家に入れることを嫌がる方なんだ」

 貴族には血に強いこだわりを持つ者が多く、平民とは結婚も、子供も混血を嫌って許さない。

「俺は心からアイラを愛してる。だけどアイラは平民で、おじい様は結婚をお許しにならないだろう。でもだからって、心から愛しているアイラを手放すことは俺には出来ない。だから、家に必要な跡継ぎだけは、別の貴族の女に産んでもらう必要があったんだ」

 エルビス様の言葉が理解出来なかった。いや、信じたくなかった。
 だってその言葉を信じたら、私はただ、として結婚したことになる。

「イリア、子供はわたくし達が大切に育てますから、安心してね」

「い……嫌よ! どうして……その子は、私の子供よ!」

 私がお腹を痛めて産んだ、間違いようのない私の子供だ。
 例えエルビス様の心が私に無かったとしても、子供だけは手放したくなかった。お腹にいた時から、ずっとあの子に会えるのを楽しみにしていたのだ。何度も声をかけて愛情を育てていた。私が母親だ!

「はぁ、そんな我儘を言うと思っていたよ、父様と母様の言う通りだな」

「え――かっ、はっ」

 喉の奥が焼けるように痛くて、呼吸がしずらい。
 喉を抑えるように苦しむ私を、エルビス様もアイラも冷めた目で見つめていた。

「お前がそんな我儘を言って俺達から子供を取り上げようとするだろうから、予め毒を仕込んでおいたんだ」

 毒……?
 立ってもいられなくて膝から崩れ落ちると、這いつくばるように視線を上げた。

「今の今までお飾りでもエルビスの妻でいれたんだから、光栄に思いなさいよね」

 光栄に思え……? これのどこが? どこが光栄なの? こんなことなら、エルビス様の妻になりたくなかった! 愛を囁いて欲しくも、抱いても欲しくない、優しくもしないで欲しかった!

「返……し……て! 私の子供を返して……!」

「しつこいな、この子はお前の子供じゃない、俺とアイラの子供だ」

 視界が黒く染まって、瞼が重い。もう目を開けていられなくて、体中から力が抜けていくのを感じた。

(許せない)

 私を裏切って傷付けた! 私から子供を奪った! 私を殺したあいつ等を、絶対に許さない!
 このままエルビス様達が幸せになるなんて嫌! このままじゃ死んでも死にきれない! お願いです神様! 私にもう一度チャンスを下さい! 次は全員地獄に落としてやるから! 幸せになんかさせない!

 私の人生がどうなってもいい、私も幸せにならなくていいから――――復讐をさせて。


 あのまま死んで終わるはずだったのに、目を覚ました私は、エルビス様に縁談を申し込まれた十八歳の頃にまで戻っていた。

(神様、感謝します)

 私の願いを、神様は聞きいれてくれた。

 エルビス様に二回目のプロポーズをされた私は、一度目の人生と同じように、婚約を受け入れた。
 逃げる選択肢は私には無かった。私を裏切り殺した憎い相手との結婚ですら、あの人達が不幸になるためなら受け入れる。
 この目で、あの人達が不幸になる姿を焼き付けてやる。例え一緒に地獄に落ちることになっても、絶対に、地獄に落としてやる。


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