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31話 惨めな人生ね
しおりを挟む「使用人はきちんと自分達の仕事をしてくれているから、問題ないわ。それに――私の部屋にはエルビスも来るんだから、不衛生だと困るでしょう?」
一定期間止まっていた子作りは、カスターニア子爵家から帰宅後、再開された。
ケント様の薬で実際に体を重ねてはいないけど、本当は少しでも触れて欲しくないのを堪えて、歯を食いしばって耐えている。
「昨日もとても情熱的だったの、だから寝坊しちゃっただけよ」
わざとらしく頬を赤らめて、売られた喧嘩を買う。
苦痛に耐えて子作りの真似事をしてるんだから、アイラを挑発するくらい、役に立ってもらわないとね。案の定、アイラは乗って来た。
「調子に乗らないでよ! エルビスがあんたなんかに夢中になるわけないでしょ!」
「そう? 彼は最近はいつも、私と一緒にいてくれるわよ」
「っ!」
だから、相手をしてくれなくて暇なんでしょ? 手持ち無沙汰で屋敷をウロウロして、使用人達に当たり散らしてる姿を何度も目撃してるもの。
「な、何よ、エルビスに愛されていないくせに! イリア様はいつも何考えてるか分からなくて、不気味で気持ち悪いのよ!」
「……アイラさ――」
何かを言いかけるヘルシアを手と視線で止め、笑顔で、アイラに視線を戻した。
「ふふ、アイラってば、何を勘違いしてるの? 愛していようが愛していまいが、エルビスは私との離婚を望まないわよ」
正確に言うなら、望めない。家の存続のために、彼は愛のない結婚を維持しなければならないの。
「愛のない結婚だって分かってて、彼に強要させる気!? 鬼畜女! そんなんで結婚生活続けて楽しい!?」
「平民のアイラには分からないかもしれないけど、貴族で政略結婚は当たり前なのよ」
家同士の繋がりのために親に結婚相手を決められていたりと、愛のない結婚は珍しくない。
「エルビスが可哀想だわ!」
「アイラに貴族の結婚は関係ないじゃない」
「……は?」
「平民が貴族の結婚に興味を示すのは分かるけど、平民の貴女は、どう足掻いても貴族と結婚出来ないのよ」
貴族には血に強いこだわりを持つ者が多く、平民とは結婚も、子供も混血を嫌って許さない。それはグラスウール伯爵家も同様だ。だからこそ、エルビスは自分から愛のない結婚を選び、子供を得ようとした。その子供を自分の跡継ぎにし、アイラと一緒に育てるために。
だけど――――子供を得ようと、アイラがエルビスと結婚出来ることは、一生ない。
「エルビスに限ってそんなことは無いと思うけど、貴族の愛人になった平民は永遠に愛人でしかいられないとか、可哀想、惨めな人生ね」
どれだけ一緒に子供を育てて家族の真似事をしたとしても、本当の家族にはなれない。皮肉を込めて、最大限、見下して憐れんで馬鹿にした。
「アイラもそんな惨めな人生を送らないよう、せいぜい気を付けてね」
黙り込むアイラに忠告の言葉を残し、彼女を横切って足を進める。
俯いたアイラの表情を直接見ることは出来なかったけど、体は小刻みに震えていて、怒りは強く感じた。
一歩後ろから後を付いてくるヘルシアは、アイラと距離が空いたのを確認してから、口を開いた。
「イリア様、何故止めたのですか?」
「私のために、アイラに何か言うとしてくれたんでしょ?」
「主人が馬鹿にされているのに、黙ってはいられません」
「気持ちは嬉しいけど、危険だから止めて」
ヘルシアはケント様の、ガルドルシア公爵家から紹介された侍女だ。エルビスがヘルシアに何かするとは考えにくいけど、念には念を。
「何があるか分からないし、目を付けられちゃ駄目よ」
ケント様やグレイブ兄様のおかげで身の安全が保証出来たと思っていたけど、油断は禁物。特にアイラは――――自分の立場を理解せず、感情だけで動くから危険だ。危険な目に合うのは、私だけで良い。
「……分かりました」
素直に頷くヘルシア、聞き分けの良い優秀な侍女で助かるわ。
◇
「お早うイリア」
ダイニングルームに着くと、まず、結婚当初のよそ行きの笑顔をしたエルビスが私を出迎え、席まで手を添えてエスコートした。
「待っていたわよ、イリアさん」
「今日の朝食も、イリアの好きな物ばかり用意させたぞ!」
次にお義母様とお義父様が、以前と売って変わり、椅子を引いたりと高待遇で迎える。
次から次にテーブルに並べられる温かい料理は、私の分だけ一品多く用意されていたりと、空気のように扱われていた時代とのあまりもの変わりように、笑いを堪えるのに必死だ。
「私を待たずに召しあがって頂いても良かったのに、いつもみたいに」
「い、いやいや、食事は家族揃って頂かないとな!」
その家族に今まで私は含まれていなかったのにね。朝食はいつも私の代わりにアイラを家族の輪に入れていたこと、知ってるのよ。私には残り物の冷めた朝食しか用意されず、ダイニングルームに行くことも許されなかった。
そのアイラは私から遅れること数十分、静かにダイニングルームに入ると、仕事もせずに無言で部屋の隅っこに控えていた。仕事する気がないなら来なきゃいいのに。今までアイラがいた席には私が座っていて、貴女の席はもうないんだから。
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