聖女は妹ではありません。本物の聖女は、私の方です

光子

文字の大きさ
9 / 60

8話 コトコリス男爵家の会話

しおりを挟む
 
 ◇◇◇


 コトコリス男爵邸――

「ねぇ、ユウナお姉様はどこに行ったの!? まだ見つからないの!?」

「落ち着いて頂戴、エミル!」
「そうだ、大丈夫だから――」

 コトコリス男爵に向かい、責めるように声を荒げるエミル。そんなエミルを、隣からルキ、コトコリス男爵夫人が、宥めるように声をかけた。

「何が大丈夫なの!? ユウナお姉様がいなくなって、もう何か月も経っているんだよ!? どうして……お父様、私、ユウナお姉様を家から追い出さないでってお願いしていたじゃない!」

「エ、エミル……」

 ユウナを勘当したことは、暫くしてエミルにもバレた。
 姉を家から追い出したのだから、エミルに隠し通すのは無理だと分かっていたし、別に隠し通す気も、コトコリス男爵は無かった。だから、姉が家にいないことに気付いたエミルからどういうことかと聞かれれば、普通に絶縁状を叩きつけたと話した。それでまさか、エミルがこんなに怒ることになるとは、思わなかったのだ。

「いつもユウナにと言っていただろう? だから、ユウナに泣かされたと聞いて、もう我慢する必要は無いと思って、追い出したんだ」

 エミルから何度も、ユウナを家に置いてくれと、頼まれてはいた。
 可愛い娘のお願いだからと、ユウナを家に置いていたが、コトコリス男爵は内心、ずっとユウナを家から追い出したかった。

「でも、私はそれでも、ユウナお姉様と離れたくないって言いました! 例えどれだけ酷いことをされても、私達は、たった二人だけの、双子の片割れなんです!」

「あんな役にも立たない、聖女である妹を虐める姉など……」

「私には必要なんです! お願いですお父様! 早くユウナお姉様を見つけ出して!」

 涙をポロポロ流しながら、父親に懇願するエミル。

 どれだけ虐められても、姉のことを庇う優しい妹。それが、両親やルキ、町の人達のエミルの印象だった。

 ――だが実際、ユウナがエミルを虐めたことは一度だって無い。だが、エミルはユウナに虐められたと、両親だけでない、町の皆にも、嘘を付いた。
 そうやって、姉が聖女である妹に嫉妬して、虐めをしてると話すことで、姉が孤立することを望んだ。

 ――ユウナを独り占めするために――

「わ、分かっている。今、必死になってユウナの行方を捜している」

「ならどうしていつまでもユウナお姉様が見つからないの!? ユウナお姉様が、そんなに遠くに行けるはずないのに……!」

 エミルの言う通り、頼るあてもなく、お金も満足に持っていないユウナが行ける場所など、限られる。だが、ユウナの姿はいつまでも発見されなかった。

「エミル」
「ルキ様! どうしてユウナお姉様が見つからないの!? どうして――」

「落ち着いて、エミル」

 ルキはそう言うと、エミルの体をふわりと抱き締めた。

「今、範囲を広げてユウナの捜索はしてる。大丈夫、きっと見つかるさ」

「……本当?」

「ああ、聖女の君が祈るのだから、見つからないはずがない」

「……そう、です、よね。私がこんなに祈ってるんだから、ユウナお姉様は見つかりますよね……」

「エミル、少し休みましょう。ね、ほら」

 少し落ち着きを取り戻したエミルは、母親に連れられ、部屋を出た。

「はぁ、まさか、ユウナがいなくなってこんなにエミルが悲しむとは……!」

 コトコリス男爵は、頭を抱えながら、ソファに深く腰掛けた。

「これでユウナが見つからなかったらと思うと……くそ! そろそろ聖女の活動を再開させよう思っていたのに!」

 エミルが乗り気じゃなかったのも活動をしなかった要因の一つだが、それとは別に、コトコリス男爵には思惑があった。

 聖女の力を出し惜しみすることで、聖女の価値を高めることだ。

 時間が経てばもっと土地は枯渇し、聖女の力を求めるようになる。そうなれば、もっと聖女の価値が高まり、皆が聖女を求めるようになる。
 そろそろ頃合いも良く、活動を再開しようと思っていたのに、肝心のエミルが、姉がいないなら活動を再開しないと言い始めた。辛うじて、人々を癒すことだけはしているが、他は一切しない。

「今は急に姉がいなくなって心が疲弊しているだけでしょう。いずれ落ち着けば、厄介者の姉を追い出してくれたことをお義父様に感謝するはずですよ」

「そうだといいがな」

 エミルのために、ユウナの捜索は人を雇い、行っている。すぐに見付かると思っていたのに、捜索は難航した。

「もう死んでいるかもしれませんね」

「……はぁ、そうだな」

 ここまでしてユウナの姿が見付からないのは、もうどこかで野垂れ死んでいるからではないかと考えるのが、自然だった。

「とりあえずエミルのために、形だけでも捜索はしておくさ。今はもう、帝都にまで足を伸ばしているがな」

 コトコリス領から帝都までは、長い距離がある。
 コトコリス領は辺境にある領地。元は、聖女が現れるまでは注目もされていない過疎地だった。
 例え奇跡的に帝都に着けたとしても、何の取り柄も無いユウナが、帝都で暮らしていけるとは思えず、ただ形だけの捜索を続けていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜

白崎りか
恋愛
私の婚約者は、妹に夢中だ。 二人は、恋人同士だった賢者と聖女の生まれ変わりだと言われている。 「俺たちは真実の愛で結ばれている。おまえのような偽物の王女とは結婚しない! 婚約を破棄する!」 お好きにどうぞ。 だって私は、偽物の王女だけど、本物だから。 賢者の婚約者だった聖女は、この私なのだから。

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

聖女の妹、『灰色女』の私

ルーシャオ
恋愛
オールヴァン公爵家令嬢かつ聖女アリシアを妹に持つ『私』は、魔力を持たない『灰色女(グレイッシュ)』として蔑まれていた。醜聞を避けるため仕方なく出席した妹の就任式から早々に帰宅しようとしたところ、道に座り込む老婆を見つける。その老婆は同じ『灰色女』であり、『私』の運命を変える呪文をつぶやいた。 『私』は次第にマナの流れが見えるようになり、知らなかったことをどんどんと知っていく。そして、聖女へ、オールヴァン公爵家へ、この国へ、差別する人々へ——復讐を決意した。 一方で、なぜか縁談の来なかった『私』と結婚したいという王城騎士団副団長アイメルが現れる。拒否できない結婚だと思っていたが、妙にアイメルは親身になってくれる。一体なぜ?

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

処理中です...