39 / 60
38話 再会の前に――エミルの気持ち
しおりを挟む◇◇◇
コトコリス領は、誰にも見向きされないような、辺境の領土だった。土地も枯れ果て、実りも無い領土だった。だが、コトコリス男爵家に双子の娘が産まれてからというもの、不作とは程遠い豊作が続いた。
その頃から聖女の噂が流れ、双子の妹であるエミルが聖女に祭り上げられた。
エミルはコトコリスの聖女と呼ばれるようになり、今まで辺境で苦しんで生活して来た領民達からは、それはそれは愛され、甘やかされて過ごしてきた。可愛がられて可愛がられて、それが当然だと、思うようになった。
「ルキ様!」
「……エミル、どうしたんだ?」
コトコリス男爵邸、ルキとエミルの二人ために用意された夫婦の部屋に勢い良く入って来たエミルは、その場にいたルキの胸にそのままの勢いで飛び込んだ。
「聞いて下さい! お父様ったら酷いんです! ユウナお姉様が帰ってきていることを、私に教えてくれなかったんです!」
ユウナの予想通り、コトコリス男爵はエミルに、姉がコトコリス領に来ていることを内緒にしていた。
「っち、お義父様、エミルに喋ったのか」
「ルキ様?」
「……エミル、今、君は聖女の力を失っている状態だ」
エミルの髪に手を入れ、優しく髪を撫でると、ルキはまるで子供に言い聞かせるように、優しく声をかけた。
「土地が枯渇している今、ユウナの力を借りるしかないんだ。その為に、お義父様は恥を忍んで、ユウナに助けて欲しいと依頼したんだ」
ルキは枯渇当初から、コトコリス男爵にユウナへの救助を要請すべきと話したが、コトコリス男爵は当初、『あんな出来損ないの娘に助けを求めるなど、ユウナが本物の聖女だと認めたことになる!』っと、ユウナに助けを求めることを拒んだ。
ユウナがいなくなったコトコリス領は今、誰が見ても一目で分かるほど、枯渇している。ここまで酷くなるまで、コトコリス男爵はユウナに助けを求めなかったのだ。
コトコリス領がどうなろうと、ルキは正直どうでも良かった。だが、今はミモザにシャイナクル侯爵家を追い出され、一時的にでも結婚相手であるエミルのもとに身を寄せるしかなかった。その間はコトコリス領が腐敗するのは困る。
だからこそ、ユウナの機嫌を損ね、土地の回復をしないとか言い出されれば困るので、エミルにユウナが来ることを内緒にしようと義父に提案したのはルキで、コトコリス男爵はエミルの気持ちを汲み、それに同意したのだ。
ユウナが来ると知れば、エミルがまた暴走してしまうのは、目に見えて分かる。
「違います、依頼なんかじゃなくて、ユウナお姉様は、私のためにここに戻って来てくれたんです」
ルキの思った通り、エミルはユウナの来訪に、胸を弾ませていた。
エミルは、ユウナが自分のためにやっと、コトコリス領に戻ってきたのだと、純粋にそう思っていた。今までと同じように、私のために、私だけのお姉様に戻って来てくれたのだと。
「……エミル、エミルの姉を想うその気持ちは素敵だけど、今のユウナは違うんじゃないか? ユウナは、君を偽物の聖女だと知らしめたんだぞ?」
「あれは、ユウナお姉様の意地悪です。ルキ様にもお話していたでしょう? ユウナお姉様は、私への嫉妬からああやって、自分が聖女で、私のことを偽物だと嘘をつくことが昔からあるんです」
家族のために、私のために、私が聖女である方が良いとユウナお姉様に話したのに、ユウナお姉様は度々、こうやって意地悪を言って私を困らせる。
今までは、ユウナお姉様は聖女の力を証明出来なかったから、それで終わっていたのに、まさか、聖女の力を制御出来るようになっていたとは思わなかった。
酷いユウナお姉様。例え聖女の力を制御出来るようになっていたとしても、ユウナお姉様は私のために、家族のために、私を聖女にしておくべきだったのに。
それなのに姉は、事もあろうに、私を偽物の聖女だとつるし上げた。
姉なら妹のために尽くすものなのに、酷い姉だと思う。でも、私はそんなユウナお姉様を許します。私は、ユウナお姉様が大好きだから。
「嫉妬か。昔から、ユウナはエミルでは無く、自分が聖女だと嘘をついていたんだな?」
「はい、困ったお姉様です」
「……くそ、まさか昔からユウナが聖女だったのか!? なら婚約破棄なんかせずにあのままユウナと結婚していれば――!」
「ルキ様?」
小声で何やらブツブツ言っているルキの言葉は、エミルには聞き取れなかった。
「……ああ、もういい。それよりもエミル、今日は回復の依頼が来ていたんじゃないのか?」
「そんなもの、放置してきました」
「放置!? 今日の依頼は、ここら辺を仕切る商人の娘の依頼だろう!?」
「だって、ユウナお姉様がここに戻って来ているって聞いて、いても立ってもいられなくて……それに、あの人達、私を大切に扱ってくれなかったんです。最後には、偽物の聖女! なんて怒鳴られたんですよ? 酷いです」
奇跡と呼ばれる回復魔法を使えるエミルには、偽物の聖女だとレッテルを貼られてもまだ、依頼を求める人達がいた。
「馬鹿な……! あそこは多めの報酬を出してくれるお得意様だったんだぞ!? それを放置するなんて――!」
「どうしたんですかルキ様?」
2,678
あなたにおすすめの小説
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜
白崎りか
恋愛
私の婚約者は、妹に夢中だ。
二人は、恋人同士だった賢者と聖女の生まれ変わりだと言われている。
「俺たちは真実の愛で結ばれている。おまえのような偽物の王女とは結婚しない! 婚約を破棄する!」
お好きにどうぞ。
だって私は、偽物の王女だけど、本物だから。
賢者の婚約者だった聖女は、この私なのだから。
【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。
聖女の妹、『灰色女』の私
ルーシャオ
恋愛
オールヴァン公爵家令嬢かつ聖女アリシアを妹に持つ『私』は、魔力を持たない『灰色女(グレイッシュ)』として蔑まれていた。醜聞を避けるため仕方なく出席した妹の就任式から早々に帰宅しようとしたところ、道に座り込む老婆を見つける。その老婆は同じ『灰色女』であり、『私』の運命を変える呪文をつぶやいた。
『私』は次第にマナの流れが見えるようになり、知らなかったことをどんどんと知っていく。そして、聖女へ、オールヴァン公爵家へ、この国へ、差別する人々へ——復讐を決意した。
一方で、なぜか縁談の来なかった『私』と結婚したいという王城騎士団副団長アイメルが現れる。拒否できない結婚だと思っていたが、妙にアイメルは親身になってくれる。一体なぜ?
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる