悪魔の家

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 隣の家の住民が、寝起きの様な格好で家から出て来て、敬二に伝えた。
『いないって……』
『夜逃げだよ、夜逃げ』



 ーー場所が変わり、森を走るバスの中。
 照史は、隣で眠っている母親の姿を横目で見た後、すぐに外の景色に目線を戻した。
 (もう……けーじさんには、会えないんだろーな)
 見慣れない景色に変化するたびに、照史はそう思った。





『どこに?!どこに行きましたか?!』
 隣の住民に詰め寄るように問い質す敬二。
『し、知らないよ、そんなの。ただ、子供と二人で大きな荷物持って出てったまま、帰って来て無いよ』
 敬二の剣幕に驚き、慌てて答える。
『ーー!』
 その問いに、敬二は絶句し、力なくうなだれた。
 (俺が……俺が、感情的に行動したから……!)
 照史君を連れて、この町から出ていってしまったんだーー!!





「あれから……随分、探したんだけど……結局、君達を見つけ出せなかった……」
「……」
 照史は、毒の性で力無い息をしている敬二を見下ろしながら、彼の話を聞いた。
「俺が……彼女を追い詰め無ければ……」
 あんな風に、母親を追い詰め無ければ、照史の前で、悲惨な真実を暴露する事は無かった。
 町を、出て行く事も、無かったかも知れない。
 もっと上手くすればーーー彼を、照史君と、母親を、2人を救えたかもしれない。
 後悔しか無い。
「……刑事さんが気にする必要ありませんよ。僕等があの町から離れたのは、父親から逃げる為です」
 照史は、そんな事を気にしていたのか。と、思った。
「…父親…」
「はい。僕の祖父でもあります」
 母親は、自分自身の義理の父親に犯され、照史を授かった。
「前から、父親に見つかりそうになると、母は僕を連れて逃げていたんです」
 だから、何時でも逃げれるように夜逃げの準備はいつもしていたし、元から荷物もそんなに無かった。
「父には勿論、本当の奥様もいましたが、父は母を愛していましてね」
 盲目的なまでにーー。
「母亡き今、自分と母の子供である僕の事もとても大切にしてくれています」
「まさかーー」
 敬二の表情から血の気が引く。
 が、照史は敬二が思ったであろう事をすぐに否定した。
「安心して下さい、僕は父親似なので、酷い事はされませんでしたよーーー母親似なら、どうなってたか知りませんけど」
 母親似なら、もし自分が女なら、同じ様な目に合っていたかも知れない。
「母は、父が大切だと思った僕と一緒に連れて逃げる事で、父に復讐していたんですよ」
 ただその目的の為に、僕を連れていった。
「……お母さんは……死んだのか……」
 母親が亡くなった事を悔やむように、悲しげに言う敬二。
 母親が亡くなった事を悲しんだのは、母の死を知らない父を除き敬二だけで、照史はクスリと微笑んだ。
「はい。

                ーーーー僕が殺しました」

「…!あっ君…が…!」
「父には内緒ですよ」
 シーと、悪戯っぽく人差し指を口元に立て、照史は言った。





 母親の虐待は、中学1年になるまでずっと続いた。

 食事を与えず、殴ったり、蹴ったりして、テープで手足を縛り、押し入れや、タンスに閉じ込める。
 閉じ込められる期間は疎らで、早ければ数時間、長ければ、数日続く。
 その間に声を上げれば、もっと酷くなる。
 いつしか、そんな行為にも慣れて、暗闇で過ごす事を、怖いとも思わなくなった。
 これが、自分の日常だったからーー。
 町からの児童相談所が来るのが煩わしくなったからか、母親は、学校には、罰を与えている間以外は通わしてくれた。
 時折訪問しに来る児童相談所の職員には、決まってこう聞かれる。
『お母さんから何が酷い事されてない?』
 僕は決まってこう答える。
『されてないよ』
 段々、これが酷い事だと思わなくなった。
 酷い事だと思ってしまえば、自分は、母親に酷い事をされている事になるから。
 (…刑事さん…元気かな…)
 それでも、僕の為に、ただ1人怒ってくれた刑事さんの事は、時折思い出しては、悲しくなった。
 でもそれも、幾度となく町を移り歩き、時が経つと、刑事さんの事も思い出さなくなった。
 毎日毎日が、痛みと苦しみと空腹、恐怖に耐える時間。
 ただ、この関係はーーー
 僕が中学1年になる頃に唐突に終わりを迎える事になるーーー。


『きゃあ!』
『ーー』
 夏の蒸し暑い日。
 いつもの様に、母親に暴力を受けていた僕は、初めて、母親に反抗した。
 殴ってくる母親の体を乱暴に払ったのだ。
 その時の、母親の表情は、忘れないし、衝撃だった。
 母親の目に宿っていたのは、紛れも無い、恐怖の色。
 (そうだ……僕は男で、もう小さな子供じゃない)
 母親は女で、あの頃より歳もとった。

 ーーー力で僕に勝てないーーー

 そう理解した瞬間、虐待の関係は、終了した。




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