悪魔の家

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 母や、昔の自分を知っている人。
 もう少し思い出に浸ってから殺しても良かった。と、照史は本気で思った。
「……もし、俺が生きてたらーー」
 敬二は、涙を止め、顔を上げ、
「俺は君を捕まえてるよ」
 警察官としての言葉を、敬二は吐いた。
「……ふふ。流石刑事さん」
「……君を、君のお母さんを救いたかった。本当だ」
「はい。知っています」
 敬二の何度も言うこの言葉を疑う気は無かった。
 彼の人となりは少ない時間だが知っているし、過去、本気で自分の為に怒ってくれたあの表情に、嘘は無いと分かる。
「でも、救えなかった……」
 敬二は、もう目が見えていないのか、照史と目線が合う事も無い。
「ずっと……後悔していた……」
 息も絶え絶えで、もう、死の直前だと、分かる。
 苦しい筈なのに、彼は死の間際まで、他人を気遣う。
「だからこそ俺はーーー」
 照史はただじっと、敬二の最後の言葉を聞いた。
 悲鳴は勿論、最後の命乞いも聞きたく無いと言って、喉を切り付ける照史にとって、やはり、敬二は、特別だった。






 2階ーーー。
 あかりは、暗闇の中、窓の近くで、蹲りながら、夜明けを待っていた。
「刑事さん…刑事さん…!」
 ずっと守ってくれた敬二の事を思うと、涙が止まらなかった。
 あれから、随分時間は過ぎた。
 ふと窓の外を見ると、薄ら光が見える。
 (夜明け…)
 敬二の言う通り、夜明けまで時間を稼いでくれたのだ。
 (逃げなきゃ…)
 立ち上がり、ふらふらなまま、窓の手すりに、手をかける。
 窓の近くには大きな木があり、そこを上手く使えば、家の中を通らずに外に出る事が出来る。
 (逃げる…?)
 皆とは違い、死を望んで、悪魔の森に来たのに?
 死を望んだ筈の私が、1番生き残っている事に、頭痛がする。
「…逃げ…なきゃ…」
 あかりは、自身のお腹に、優しく触れた。
「私が……この子を…………守らな…きゃ……」

 例えそれが、望まない男との、望まない妊娠だったとしてもーーー




『妊娠……?』
『はい。妊娠8週目ね』
 呆然とするあかりを前に、医者は事務的に言葉を続ける。
『出産する?中絶する?』
『…っ』
 医者がこう尋ねたのは、あかりが、見るからに若いからだろう。
『中絶するなら、早い方が良いよ。未成年でしょ?彼氏や、親御さんともよく相談して、また早いうちに来て』
『ーー』
 (彼氏…?親に相談…?)
 医者の言葉を、あかりは自虐的に受け止めた。
 ぎりっと、自身の左腕を、右手で痛みを伴う程、強く握り締める。
 (その親が……子供の親なのに……!)
 頭が真っ白になる。
 病院を出、あかりは茫然自失のまま、当てもなく歩き始めた。
 日が暮れ始める夕方。
 生理が遅れていた。
 嫌な予感は、してた。
 でも、どうか違いますように。と、祈るように願った。
 (あんな奴の……子供……)
 脳裏に、寝ているあかりの部屋に、勝手に入ってきて、ベットに潜り込むあの男の姿が、過ぎる。
 嫌がって泣いても、抵抗しても、何をしても無駄で、あいつは無理矢理、私を弄ぶ。
 (嫌……嫌っっ!!!)
 吐き気や頭痛がして、あかりはその場に口を押さえながら、しゃがみ込んだ。
『あかりちゃん!あかりちゃん!』
『ーーー』
 肩に優しく触れながら、名前を呼ばれる。
 この声には聞き覚えがあって、あかりはゆっくりと顔を上げた。
『…刑事さん…』
 ーーー田村 敬二。
 数ヶ月前から、何かと私に声をかけてくる、刑事。
『大丈夫か?!顔色が真っ青だ!』
『…平気です…』
 ふらつきながらも、あかりは立ち上がり、敬二を物言いたげに見つめた。
『どうした?』
『刑事さんって…暇なんですか?』
 詳しくは知らないけど、刑事って仕事は凄く大変そうなイメージしか無いのに、この刑事は何度も何度も、声をかけてくる。
『暇だとも』
 (嘘つき)
 笑顔で答える敬二を、冷めた目で見た。
『だからこの辺をパトロールしててね。良く会うね、あかりちゃん』
 (嘘つき)
 再度、あかりは思う。
 こう何度も出会えば、それは偶然では無く、図られていると思うのが自然。
『私……何も犯罪なんて犯してませんよ?』
『そうだろうね』
 警察に行動を見張られている。
 それは気持ち良いものでは無く、尾行されるべき理由となりそうなものを否定してみるも、敬二はすぐに肯定する。
 そして、出会う度に言う言葉を、口にした。
『何か俺に出来る事は無い?俺は絶対に君の助けになるよ』
『……』
 (変な人)
 出会って間も無い私に、何故そんな事を言うのか分からない。
 以前、家に帰りたく無くて、ウロウロしてた時、声をかけられて、その時の私は、つい、口に出してしまった。

『ーー助けてーー』

 それから、この人は律儀にずっと、声をかけてくる。
『…以前も言いましたけど、何も助けて貰う事は無いです……あの時は、つい、学校で嫌事が少しあっただけです』



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