悪魔の家

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『照史君、今度デートしよーよ』
 ストレートで難関の医大に合格した照史は、小学校の時、暴言を吐いてきたクラスメイトが、今は猫なで声で擦り寄る姿に、心の中で失笑した。
 (あれだけ臭いから近寄るな。とか言ってたのにね)
『僕では勿体無いから、遠慮するね』
 やんわりと笑顔で拒否する。
 周りから見れば、誰がどう見ても、順風満帆過ぎる生活を送っていた。
 カツカツ。
 大学の構内を、1人歩くと、人体模型が目に入り、立ち止まった。
 父親を目指し、医者になるーーー。
 立派な心構えだと、父はとても感激していた。
 (………ここをこう切ったら、人は喋れなくなるかな)
 人体模型を前に、照史は手で、喉元を切る動きをした。
 時折感じる、虚しさ。
 人の声の煩わしさ、人間関係の疎ましさ。
 (殺せばーーー楽になる)
 照史にとって殺人は、必要な手段で有り、虚しさを無くす為でありーーー快楽だった。
 照史にとって医者になるのは、人体の構造を理解する為。
 地位を確立する事で、生きやすくーーー



                  人を殺しても、疑われにくくする為ーーー。



 母さんの絶望に満ちた顔が忘れられない。
 (死ぬ間際の絶望に満ちた表情…もっと、見たいな)
 ただそれだけの為に、医者になる道を選んだ。






 ーーー照史は、長い長い自分の昔話を、思い出しながら、語った。
「自分の事をこんなに誰かに話すのは初めてです」
 話終え、ニコニコと笑顔を浮かべる。
「母さんの事は、本当に殺すつもりは無かったんですよ?」
 ただ、自分がされた事をやっただけ。
「今ならもっと上手く出来るのに」
 もう少し大人になるまで待って、1人で生活出来るようになったら、母の足を逃げないように切断して、ずっと傍にいて貰う事も出来た。
 あの絶望に満ちた顔を、もっと、ずっと、見れたのに。
「……新しいお家は……君の居場所にはならなかったのか…?」
 父親、祖父の家の事を指し、敬二は尋ねた。
「居場所?」
 照史は意味が分からないようで、オウム返しに尋ねた。
「父親は……君を、愛してくれていたんだろ…?」
「本気で言っていますか?刑事さん?
 ーーー父は、母を無理矢理自分の物にした人ですよ?そんな人が、僕を普通に愛しますか?皆さんの、常識的な普通になりえますか?」
 自分が普通で無いことを、照史は理解している。
 だから上手く隠すし、立ち回る。
 相手の欲しい言葉を予測し、答え、集団行動に上手く溶け込む。
「父も僕と同じ、普通ではありません」
 異常な迄に母に執着し、愛する。
 それ以外は眼中に無い。
「父は未だに母さんが失踪したと思ってるので、今も諦めずに、ずっと母を探していますよ」
 そんな父を、家族の皆が、黙認している。
 義理の母も、異母兄弟も、父の異常を、見て見ぬふりをしている。
「父は僕と違って異常を上手く隠せていない……いや、隠すつもりも無いのかな?」
 権力も地位もある。
 誰も自分に逆らえない事を理解してる。
「あの家の人達は、母さんを犠牲にしたんですよ。見て見ぬふりをし続けている」
 僕の本当の父親が誰なのかも、理解していて、見ないフリをする。
「そんな家が、僕の居場所になりますか?」
「……」
 照史の再度の質問に、敬二は今にも泣きそうな程、悲しげに顔を歪めた。
「……不思議です」
 照史は、敬二のもとにしゃがみ、悲しみの顔を覗いた。
 悲痛の表情を見る事は、照史の楽しみであり、実際、つい先程、彼が、田村が、あの時の刑事さんだと分かるまでは、悲しみに染まる表情を見て、感情が高揚していた。
 それなのにーーー
「……刑事さんの悲しい表情は……あんまり面白く無いですね」
 照史は戸惑うように、首を捻り、それを見ていた敬二は、目に涙を浮かべた。
「ごめんっっ!ごめんなっっ」
「刑事さん?」
 自分に向かい、謝罪の言葉を繰り返す。
「俺が……俺があの時、ちゃんと……君達を、救えていたら……君はーーー」
 母親を殺さなくて済んだのにーーー。
 最後まで言葉は出ず、代わりに嗚咽が出た。
 (あっ君は……小さい頃の、あっ君はーーー)
 幼い頃の照史を思い、涙が止まらなかった。
 母の愛情をただ求めていた幼い頃の照史は、まだ、普通のどこにでもいる子供だった。
 (悲しむ俺を……!見たくないと……そう、思える子供だったんだ……!)
 幼い頃に出会った、純粋な照史の姿が垣間見え、敬二は涙が止まらなかった。
 嗚咽とともに、敬二の呼吸の状態が、どんどん悪化するのが、分かる。
 照史は致死量の毒を敬二の夕食に仕込んだ。
「……」
 (もう死んじゃうかな)
 処置するには遅過ぎて手遅れ。
 そもそも、医療器具も殆ど無く、敬二が助からないのは明白。
「もう少し早く刑事さんだって分かっていればーーー殺すのはもう少し先にしたのにな」
 残念そうに照史は言った。




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