悪魔の家

光子

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 その診療明細書は、部屋に隠しておいた筈。
『…勝手に部屋に…』
『昨日部屋に入った時、鞄からチラリと見えたんだよ』
 疲れ果て、そのままに眠りついた事を、あかりは後悔した。
『妊娠したんだってな』
『……』
 あかりはこくりと、頷いた。



『堕ろせ』


 端的に、サラりと、ことも無さげに言うと、男は財布から札束を取り出し、机に置いた。
『病院には話はつけてある。さっさと行って堕ろして来い』
 それだけ言い、男は鞄を手に取り、家を出た。
『……』
 堕ろす?
 あかりは無意識に自分のお腹に触れた。
 (……殺される……)
 子供なんて望んでない。
 あの男が憎い。
 私を性的欲求を満たす為だけの道具としか思っていないような、あの男が嫌い。
 あんな男との子供なんてーーー欲しくないーーー
 私はいつか、絶対に、この男から逃げ出す。
 それだけを目標に生きてきた。
 (そうよ……子供なんて、必要無い)
 あかりは、男が置いた札束を手に取ると、力強く握り締めた。


『あかりお嬢様、おはようございます』

 翌朝、いつもの様にお手伝いさんが決まった時刻に部屋をにノックし、挨拶に来る。
『…おはようございます』
 視線も向けず、決まった挨拶を返す。
 お手伝いさんはあの男に雇われた人で、一切気を許せなかった。
 ダイニングにはパンやサラダの朝食が用意されており、あかりは椅子に座ると、牛乳を口に含んだ。
『お父様は大切な仕事で出張の為、数日は家にお帰りにならないとの事です』
 お手伝いさんがスラスラと連絡事項を読み上げる。
『ーーあと、お父様より、病院には必ず行くように。と言付かっております』
 何点か後、念を押されるように出された文言。
『…言われなくても、行きます。と、伝えて下さい』
 その言葉には、お前の子供なんて欲しくない。と、強い拒否を、含めた。
 制服に着替え、高校指定の鞄の他に、私服の入ったトートバッグも一緒に、家を出る。
 学校は出来る限り出席したい。
 学を得て、社会に出た時に役立てるようにする為に。
 それに、体裁を重視するあの男にとって、学校は模範的な父親にならなくてはいけない場所の1つで、昔から学校はあかりにとって安全な場所だった。
 (学校が終わったら…その足で、病院に行こう…)
 その為に、私服を持ってきた。
 登校には、徒歩で行く。
 あの男の雇った運転手の車で学校に行くのが億劫になったからだ。
 見張られてるみたいで嫌で、徒歩圏内だった事もあり、あかりの主張が通った。
 (…痛いのかな…)
 考えたくなくても、考えてしまう。
 (…1人で、帰らなきゃな…)
 中絶手術が終わった後の事まで、考える。
『………………』
 ピタッと、足が止まる。
 (どうして…私…ばっかり…)
 こんな酷い目に合うの?
 ママが亡くなり、お金持ちの家に養女に入った私の事を、皆は羨ましいと言う。
 (貧しくても…ママと一緒に過ごしてた時が、1番幸せだった…!)
 病気になったら、ずっと看病してくれた、一緒に、病院に付き添ってくれた。
『ママ…ママ…!』
 目眩がする、吐き気がする。
 あかりはその場に涙を流しながら、しゃがみ込んだ。
『ーーあかりちゃん』
『…』
 何度も何度も、こうして声をかけてくる人物。
 辛くて立ち止まったり、泣いたりすると、目の前に現れる人物は、1人しか心当たりがいない。
『刑事さん…!』
 涙を止めないまま、あかりは顔を上げた。
『私…どうしたらいいんですか…!?どうして…私…!あんな男…大っ嫌い…!!』
『あかりちゃん…』
 あかりは隠さずに、秘めた思いを口にし、敬二に泣きついた。


『大丈夫かい?』
 敬二は一旦、あかりを連れ、自身の車まで誘導し、ハンカチを差し出した。
 あのまま通学路、人目のある場所で話す内容では無いし、そもそもが、女子高生に泣きつかれる大の大人の構図は、下手すれば敬二が警察に通報されかねない。
『…もう…嫌…』
『あかりちゃん…』
 精神的に参っている様子が、目で見てとれる程、彼女の表情には生気が無く、敬二はいたたまれなくて、下唇を噛んだ。
『聞いて、あかりちゃん』
 敬二は、真剣な眼差しで、あかりに話し始めた。
『俺はあかりちゃんの味方だ。絶対に君の力になる』
 何度も何度も口にする台詞。
『君を救いたいと思ってるーーー勿論堕ろしてもいい』
『…』
 やっぱり、刑事さんは知っていたんだ。と、どこか遠く、他人事のように思った。
『ただ、堕ろす病院は変えよう。堕ろす前に検査をして、親子関係をハッキリさせて、虐待の証拠を得るんだ。そしたら、あの男の悪事を暴ける。君を助けられる』
『……』
『堕ろすのが嫌なら、産んでから、子供を里子に出す事も出来る。君がーーー育てると言うなら、手伝う。君の意志を全てにおいて優先する』
『………』
 次から次へと、具体的な案を出すのは、ずっと、考えてくれていたのだと、思う。
『ただーーー』
 敬二は、ぐっと、力を込めた。



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