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しおりを挟む『子供を育てる事を選んだのならーーー最後まで、子供を愛する覚悟を持って欲しい』
『……』
あかりは、虚ろなまま、敬二を見た。
見えた敬二の表情は、酷く、辛く見える。
『愛するなんて…出来ない…です…』
あかりの声は震えていた。
『当然だ』
敬二は頷いた。
その表情は、ハッキリと意思表示をしてくれた事を、何故か、安堵してるように見えた。
『……母親に愛されない子供を……見たくないんだ』
でも、愛せと強要出来る問題でも無い。
だからこそ、正解の無い、敬二なりに出した答えだった。
(母親に…愛されない…子供…)
憎い男の子供の事なんて、愛せない。
あの男を罰してやりたい。
嫌い、嫌い、嫌い。
でもーーー
『堕ろせ』
あの男にそう言われた瞬間、頭の中が沸騰して、心臓が鷲掴みにされた。
『……私……』
まだ胎動だって感じて無い、小さな小さな塊。
(殺せと言われて……嫌だと思った)
どうして?
憎くて、大嫌いな男の子供。望んでいない。
要らない。要らない。要らない。
(この子に罪は無いから…?だから、殺すのが怖い…?なら、里子に……)
捨てるの?
ー 私にこの子は守れない ー
経済的にも自立していない、あの男の助けが無いと生活出来ない私は、この子を育てる事は出来ない。
(それに…刑事さんの、言う通りーー)
子供を愛する覚悟なんて、持てない。
この子を殺せない。
でも、捨てる覚悟も、育てられる覚悟も、愛する覚悟も無い。
色々な感情が押し寄せて、吐き気がする。
(私はーーー何もーーー選べーー無いーー?)
『あかりちゃん?大丈夫か?すぐに決めれる事じゃない。考えて欲しい。家に帰りたくないなら、このまますぐに避難をーー』
『……いえ、帰ります』
そう言うと、あかりは助手席の扉のレバーに手をかけた。
『あかりちゃん』
『……ありがとうございます、刑事さん。私の事を…こんなに親身に心配してくれたのは……母を除けば、貴方だけです』
それだけ言い残すと、あかりは車を降りた。
敬二と話して、答えが、彼女の中で出た。
何も選べない。
(ーーー一緒に死のう)
全てを終わらせる。
子供と一緒に、死のうと思った。
(本当は…ずっと、死にたいって思ってた……)
いつか逃げる事を夢見てた。
でも、あの男から逃げ切れる事が、本当に出来るのか、不安だった。
『お前は俺の物だ。永遠に』
あの男は、所有物の私を、永遠に手放す気が無い。
私は体裁を気にするあの男にとって、頼れる親族のいない、天涯孤独の、体良く扱える性欲を満たす道具。
子供という証拠が出来ても、あの男なら、握り潰してしまうかもしれない。
(刑事さんにまで……迷惑をかけてしまう…)
唯一、私を救おうとしてくれた人。
(…一緒に死のう…)
あかりはポロポロと涙を流しながら、お腹に触れた。
(これが、私に出来る、精一杯の…愛情だよ…)
よろよろと、学校に行くのを諦め、でも、家に帰る事もしたくなくて、あても無く歩く。
その途中、バス停の近くの電柱のポスターに、目を引かれた。
『悪魔の…森…?』
面白おかしく書かれた《悪魔の森》。
一度踏み入れたが最後、決して出られないーーー。
そんな森に挑戦してみませんか?!と、探索を募る内容だったが、あかりは、永遠に彷徨う部分に、惹かれた。
(ここなら、静かに最期を迎えられるーー)
バスの時刻を確認すると、もう最終の便は終わっていた。
『明日…8時…』
始発の出発を確認し、バス停を後にする。
それから少し経った後、心配しあかりの後をつけていた敬二は、あかりが見ていたポスターを、同じように見た。
『悪魔の森…』
バスの時刻表も確認し、敬二はあかりが去っていった方を見た。
『…絶対に…助ける…今度こそは…!』
決意を新たに、敬二はその場から去った。
翌朝。
いつものように制服の姿で家を出て、学校には向かわず、あかりはバス停の前で、悪魔の森へ続くバスが来るのを待った。
(最後は…静かに…この子と、過ごそう……)
そう思い、目を閉じる。
『や、あかりちゃん』
『!』
ビクッと、体が反応し、振り向く。
『刑事さん…!どうして…っ』
答えを言われる前に、尾行されていた事に気付く。
『本当に…お暇なんですね…』
『そうなんだ。だから、趣味のアウトドアにでも行こうと思ってね』
そう答える敬二のリュックには、アウトドアの用意が敷き詰められているのが分かる。
『…ついて…来ないで下さい…』
あかりは拒絶の言葉を吐いた。
(あの男の手に掛かれば、刑事の肩書きなんて、すぐに消えてしまう…)
唯一優しくしてくれた敬二にまで迷惑をかけたくない。
『ん?違うよ!これは俺の趣味のアウトドア!山登り!キャンプ!』
ただ、どんなに拒絶しても、敬二は気にもとめないようで、あくまで自分の趣味ときかない。
あの男の出張はもう終わる。
それまでに病院に行っていなければ、強制的に連れて行かれる。
行くのなら、今日しか無い。
『……もう知りません』
あかりは、敬二を無視して、到着したバスに乗り込んだ。
バスの中には、濱田に照史、はなの姿。
『…出発します』
敬二も乗り込み、バスは出発した。
二度と戻らない、死への行く先へーーー。
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