離婚しましょう、私達

光子

文字の大きさ
21 / 62

21話 倒れた聖女

しおりを挟む
 

 グリフィン公爵邸に用意されたティアの部屋は、本来、フェルナンド様の妻であるリーゼの部屋だったが、フェルナンド様はそれを拒否し、リーゼには屋敷の中でその次に広い、だが、フェルナンド様のお部屋からは離れた部屋を用意した。

 今、ティアに与えられた部屋はフェルナンド様の部屋に繋がる夫婦の部屋で、それだけで、私とティア、フェルナンド様の関係が明白になっているようなものだった。

「ティア……大丈夫?」

 その部屋の大きなベッドで横になるティアの手を握り締めながら声をかけると、ティアは呼びかけに答え、薄らと目を開けた。

「大丈夫ですよ、リーゼ様……心配かけてごめんなさい。つい、リーゼ様の顔を見たら安心して、気が抜けてしまいました」

 大丈夫、と口では言いながらも、顔色も唇の色も、全てが悪い。

「無理しないで、体調が良くなるまで、ゆっくり休んで」
「……でも、聖女の活動が……」
「大丈夫、フェルナンド様が聖女に無茶をさせないようにって、陛下に掛け合ってくれてるから」

 聖女が倒れたら、元も子もない。
 きっと今回の件で、無茶な旅の日程を組むことはなくなるでしょ。全く……推しに無茶させて倒れさせるなんて、許さない!

「今は元気になることだけを考えて、ね? 後でジークもお見舞いに来てくれるって言ってたよ」
「ジーク兄さんも……嬉しい……」

(良かった、やっと笑ってくれた)

 聖女としての役目を必死に果たそうとするティア。
 小説では、こんな時でも、ティアの傍にはフェルナンド様しかいなくて、ずっとずっと、フェルナンド様がティアを支えていた。

(……自分も聖女の世話役として旅に付き添って、戻って来てからも仕事して――フェルナンド様はいつ、休むつもりなんだろ)

 今、ここにフェルナンド様の姿はない。フェルナンド様は聖女の活動を調整するよう、陛下に進言するために皇宮に向かった。いつも通り、何も変わらない態度だった。だけど――ティアの顔色は真っ青だったけど、フェルナンド様はどこか、顔が火照っているように赤くて――平然としていて、上手く隠していたけど、ティアを渡した時にふと触れた手の熱さと近さから、気付いてしまった。

 彼もまた、体調を崩しているのだと。



 ◆◆◆


「聖女に無茶をさせて倒れさせるなんて、どういうつもりですか!」

 皇宮の会議室で開かれた会議で、ここぞとばかりに大声を出し、聖女が倒れてしまった失態を糾弾するこの男の名は、キングス侯爵だ。

「陛下! このままグリフィン公爵に聖女を任せていれば、聖女は壊れてしまいますよ! 公爵位とは言え、このような若造に聖女を任せるなど、荷が重すぎたのです!」

 自分の出世と権力にしか興味がなく、聖女が現れた時には、いち早く自分が聖女の世話役になると名乗り出た。

(それを娘の所為で手放しておいて、図々しい男だ)

「聖女の活動をもっと積極的にするべきだと仰ったのは、キングス侯爵のはずですが? まさか、前回の会議でのご自身の発言をお忘れになったのですか?」
「そ、それは――」
「俺は聖女の心や身体の様子を考えて、強行な活動には反対しましたよね?」

 闇に汚染されている土地の住民を持ち出して、無理矢理、陛下を納得させたくせに、何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい。

「五月蠅い! それとこれとは別です! 聖女を倒れさせたのは、グリフィン公爵です! 私が世話役のままでしたら、聖女は倒れなかったでしょう!」
「倒れないでしょうね、例え倒れたとしても、貴方は、隠蔽されるでしょうから」
「何だと!?」

「もう止めないか!」

 加速する言い争いに終止符を打つように、陛下が机を叩きながら、声を上げた。

「……かしこまりました」
「へ、陛下……くっ、はい」

 俺が若くして公爵位に収まったのが気に入らないのか、優秀だと褒め称えられているのが気に入らないのか、令嬢達からチヤホヤされているのが気に入らないのか、俺を押しのければ自分が公爵位を手に入れられると思っているのか、キングス侯爵は何かにつけては、俺を攻撃していた。

「全く、お前達は……もうよい、無茶な日程を組んだこちらにも責任がある。暫く聖女には休みを与える。今後、聖女の活動についても、世話役の判断を最優先としよう」

「そんなっ、陛下! もう一度、私に聖女をお任せ頂ければ――」

(自分の娘が聖女を虐めていたことにも気付かなかったクセに、よく、そんなことが言えたものだな)

「くどい! ワシの決定に逆らう気か?」
「っ! も、申し訳ありません……!」

 キングス侯爵は苦虫を嚙み潰したような顔で、拳を握り締めていた。


「――お疲れ様でした、フェルナンド様」

 面倒な報告を終え、グリフィン公爵邸へ帰宅すると、すぐに執事のミセスが俺を迎えた。

「ティアは?」
「お休みなられています、リーゼ様がずっと、ティア様に付き添われています」
「ずっと? 今もか?」
「はい」
「……そう」

 朝にここに戻ってから、今の時刻はもう夜遅い。それまでティアの傍にいてくれたのかと、思わず聞き返してしまった。

「リーゼ」
「フェルナンド様、ミセス」

 ティアの部屋には、ミセスの言う通り、リーゼの姿があった。

「ティアの様子はどうですか?」
「まだしんどそうですけど、お医者様は過労だって言っていましたし、安静にしていれば問題ないそうですよ」
「そうですか。では後は変わりますので、貴女は部屋に戻って下さい」
「え、あーー」

 歯切れが悪そうに言葉を濁したリーゼは、そのまま、明後日の方向を見ながら、言葉を続けた。

「あの、私、ティアにずっと傍にいるって約束しちゃったんですよね」
「ずっとって……まさか、泊まり込んで看病する気なんですか? リーゼ様が?」

 俺ではなくミセスが、驚いたように声を上げた。

「看病と言っても、ティアは精神的な疲労が大きいみたいですし、傍に誰か一人でもいてあげたらいいと思うんです。だから、私が――」
「必要ありません、ティアには俺が付き添います」

 彼女の言葉を遮り、口を挟む。聖女の世話をするのは、世話役である俺の仕事だ。リーゼがする必要はない。

 ハッキリと拒絶したはずだが、彼女は諦めなかった。

「でも、約束したのは私です。目が覚めて私がいなかったら、ティア、寂しがると思うん……ですけど、多分」

 自信なさげに語尾が弱まるのは、自分が聖女にとってそんな風に思われるかの、不安の表れだろう。

(……意味の無い不安ですね、ティアがリーゼを友人と想い信頼しているのは、明らかなのですから)

 旅の最中、何度ティアはリーゼの名前を口にしただろうか。早くリーゼに会いたいと、帰ってお話がしたいと、笑顔が見たいと、いつも話していた。

「お願いします、フェルナンド様」
「……いいでしょう、ですが、ティアが少しでも拒むことがあれば、すぐに出て行ってもらいます」

 それだけ言い捨て、部屋を出た。

「いいんですか? フェルナンド様」
「聖女が望んでいるのなら仕方ない、何か異変がないか、常に確認はしておけ」
「かしこまりました」

 とは言え、ティアのことを気にしないですむのは、正直ありがたかった。

(以前までなら、例え何があっても、リーゼに聖女を任せようなんて思わなかったのに、今はティアの傍にリーゼがいると聞いただけで、安心出来た)

 旅の間、ティアには自分しかいないことに、日に日に弱っていく彼女を見るのに、疲れてしまったのかもしれない。

「あのリーゼ様が他人のお世話をするようになるとは、驚きですね」

 最初の頃はリーゼを信用していなかったミセスも、今は、ある程度信用しているように見えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...