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本の中には素敵な非現実が広がっているのに、現実には幽霊がいる
しおりを挟む二つ目。
家に帰って大五朗に話を聞くと、いくつか彼女のことが分かった。
彼女の名前は仲田友華。二十歳の大学生だという事だ。
家が広かったという大五朗の話から察するに、彼女の家はお金持ちなのだろう。でなければあんな高級な場所で気軽に食事など出来はしない。
恋人は居らず、食べ歩くのが趣味だそうだ。私にしてみれば羨ましい限りである。
「これでいつでも接触は出来るわね」
《あっしには無理ですが》
まあ、幽霊がいつでも接触できる相手なんて私みたいな特殊な人間だけだろうから、――接触といっても本当に触ることは出来ない――それは仕方ないことだ。
「まあ一応、第一段階は終了ね」
得られた情報は大五朗から聞いたものだけだったから、私の尾行が成功したとは言い難いし、大五朗にしてみても、最初から知っていた情報を私に教えただけだから進展したとは言えないだろう。
それでも私は情報を得られたし、これから第二段階に取り掛かるわけだ。
二つ目にやることは…。
「姿くらい知っていてもらわないと話しにならないわよね?」
仲田さんが大五朗のことを知らないというのであれば、姿を見た事もないのだろう。見たことはあるにしても記憶していない可能性は高いから、どうにかして大五朗の姿を伝えたい。
《そりゃあまあ。でもそんな事出来るんですかい?》
「どうかしらね?でも色々試してみましょうよ」
《試すって何を?》
「そうね、まずは……」
翌日の公園に、私達は再びやってきていた。
今日は子供達が遊んでいるが、昨日と同じようにジャグリングをする青年は相変わらずお手玉を回していた。
一見何の違いもなく見えるけれど、昨日よりもお手玉の数が一つ増えて六つになっている。これはいよいよ異世界の住人が現れる日も近いのかもしれない。
《あんさん。本当にやらなきゃ駄目ですか?》
不安げに大五朗が訊いてくるが、私は首だけで頷いた。
今日は目の前で子供達が遊んでいるので喋るわけにもいかない。
子供達は私と知り合いでもないけれど、回り回ってどこで私が変人だという噂が立つとも知れないので、奇異の目で見られかねない行動は控えるべきだ。
《ああ、緊張しやすね》
大五朗には心臓などないだろうに、鼓動が抑えられないかのように胸を押さえている。
(これで終わってくれるのが一番手っ取り早いのだけれど、多分無理だろうな)
これが成功するのなら、最初から私の出番などないはずだ。
それどころか大五朗は未練を無くしてこの世を去っているだろう。それほどにこの方法が成功する確率は低い。
それでもまあ、可能性があるのならやっておいて損はない。要は試しというやつだ。
(これが一番労力の少ない方法だし)
昨日の退屈を教訓に、今日は本を持参していた。一昨日買った文庫本だ。
タイトルは『転がり続ける球体』というSF小説だ。
私の周りではあまりいないが、私はSF小説が好きなので、たまに文庫本を買っては読んでいる。
あまり読書家ではないので、買うのは月に一冊か二冊程度だし、お金がないので最新のハードカバーなんかは買えないけれど、読書量を自慢するために読んでいるわけではないのでそれで良いと思っている。
『転がり続ける球体』は好きな作家のものではなかったけど、表紙の絵に惹かれて買ってしまった。
あまり面白い物ではなかったが、読んでいるうちにどんどん引き込まれていき、私は何のために公園に来ていたのかも思い出せないほど入り込んでいた。
《あんさん。来ました》
昨日と同様、現実に戻されたのは大五朗の声でだった。
(これはこれで現実とは思いたくないものだな)
慣れてしまっているけれど、幽霊が普通に話し掛けてくるというのは『現実』というには少しかけ離れている気がする。
現実というのは幽霊など見る事も無く、安穏と暮らす日々のことではないだろうか。それは私の願いでもあったりする。
(まあ、これが私の現実だから仕方ないのだけれど)
せっかく良い所だったのにという不満はあるものの、私は本を閉じた。
閉じてからしおりを挟むのを忘れたのに気付いたが、後悔しても遅いので、次に読むときにどこまで読んだのか記憶を頼りに探し出さなければならない。
本を鞄の中にしまい、顔を上げると、大五朗の示した先に仲田さんの顔が見えた。今日も変わらずに早足なので、私は急いで彼女の所に向かう。
向かうといっても私は後ろの方で少し離れて様子を窺うだけだ。声をかけたりはしない。
彼女の後をついて行くと、昨日の尾行のせいで筋肉痛になってしまった太ももが悲鳴を上げる。
今日は何も行き先を突き止めたいわけではないので長い尾行にはならないだろうけど、出来るだけ早く終わらせてしまいたいものだ。
私のやっていることは昨日とそれほど変わらないけれど、それでいい。
今日活躍してもらうのは大五朗だった。
私が促すと、大五朗は私から離れて仲田さんに近づいて行く。そして、仲田さんの前方に踊り出た。正面から向き合う形だ。
《あ、あの、ですな。あ、あっしは………あっしは……》
決意したかと思った大五朗は、しかし意味のある言葉を発せぬままに私の所に戻ってきてしまった。
「何やってるのよ。ちゃんとやりなさい」
すでに公園は出ているので、小声でなら大五朗と話しても問題はないだろう。
《だ、だって……》
「だってじゃないわよ。そんなんで気持ちが伝わると思ってるの!?」
最初に試すのは単純に、大五朗が仲田さんに告白するというものだった。
もしも仲田さんに大五朗が見えていれば、大五朗の姿を見せる事も、大五朗の気持ちを伝えることも同時に出来るし、直接言葉を伝えられるわけだから、私が干渉するよりもよほど良いだろう。
(反応を見る限りでは仲田さんには見えていないだろうけれど)
それでもやってみるだけやってみたって良いのではないかという事だ。
《でも、あっしは緊張して臓物が飛び出るんじゃないかと》
「大丈夫よ。あなたには臓物なんてないわ。仲田さんには見えていないと思って告白してみなさい」
実際に見えてないだろうし。
(それにしても、こうやって告白できない友達を励ます女の子っているよなぁ)
私の場合は励ます対象が幽霊だっていう事だけど。
《分かりやした。行ってみます》
「うん。頑張って」
大五朗は決意を固めたように仲田さんに向かっていく。
こうしている間にも仲田さんは歩いているので、私もその後をついていかなければならない。
仲田さんの歩く速さについて行くのはただでさえ骨が折れることなのに、今日は筋肉痛で歩くのが辛い。
改めて自分の運動不足を自覚する。
これからは多少の運動くらいはしておくべきかもしれない。
まあ、そんな思いだけで運動が続けられたら苦労はしないのだけれど。
だから私としては早いところ大五朗に告白を済ませて欲しいところだが、彼は一向に口に出来ないでいるようだった。
《あ、あの。そのぉ……》
何の意味もなさない言葉を発し続けている。
不安そうな表情で再び戻ってこようとする大五朗に、私は強く視線を送って頷いてみせる。
(大丈夫。早く告白しちゃいなさい)
視線にはそんなメッセージを込めたつもりだ。早くしろというのは筋肉痛の自分の身体を慮ってのメッセージだが、大五朗はそう捉えたりはしないだろう。
それが勇気を与えたかどうかは定かではないけれど、大五朗はついに、仲田さんへ想いを伝える。
《あ、あの。あっしは、あっしはあんたのことが好きだ!》
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