満腹令嬢はそれでも食べるのをやめません!

真岡鮫

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16.感謝祭②

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「わぁ、もうこんなに人がたくさん。もう少し早く来るべきだったわ。あちらのお店は人がいっぱい、売り切れたりしないかしら……」

 不安げに眉を寄せるベリーナの横で、カミロは笑いを堪えながら彼女の肩をそっと手を置いた。

「落ち着いてくれ、ベリーナ嬢。そんなにすぐになくなったりしない。もしもの時は公爵家と伝えて……」
「カミロ様、それはダメですよ。今日は誰もが楽しめるお祭りなのですから、私達もみなさんと一緒に楽しまないと」
「そうだな……」
 
 少し困惑した表情を浮かべていたベリーナだが、一瞬で笑顔に戻りカミロを見上げた。

「ということで、私はお目当ての物を買いに行ってきてよろしいでしょうか?」
「あぁ、もちろん。存分に楽しんできてくれ」
「ありがとうございます。では、カミロ様またのちほど」

 冗談ぽく最上級のカーテシーを披露し、ベリーナはそそくさと人々の中へと消えていった。

「ご一緒しなくてよかったんですか、旦那様」
「あぁ、私と一緒では彼女も思う存分食べられないだろう」
「でも、旦那様は最近少しずつですが、ポタージュ以外も口にされているではありませんか。もしかしてまだ奥様にはお話になってないのですか?」

 無言のままカミロが頷く。

「食べられるといっても小さな菓子くらいだからな……ずっと飲み物だけだったせいで、まさかここまで体が弱っているとはな。彼女に伝えるのはもう少し先でもいいだろう」
「そうですか。お伝えすればとてもお喜びになると思いますが」
「いいんだ。そのうち私から話すよ、私達は夫婦になったんだ、まだまだ時間はある」
「そうですね……」
「では、私も少し様子を見に行ってくる。ジョルジュも今日は私の世話を忘れて楽しんでくれ」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて。またお帰りの頃お迎えにあがります」
「あぁ」

 カミロは小さく頷き、ゆっくりとジョルジュの元を離れていった。

「奥様がいらしてからもうすぐ一年。旦那様はどうなさるおつもりなのでしょうか……」



「ベリーナ様、うちの煮込みをぜひ召し上がってください。自信作なんです」
「まぁ、いい香り。あら、隠し味にワインを使っているのね?」
「さすがベリーナ様! 味も最高なのでぜひ」
「いただくわ」

 笑顔で煮込みを受け取りご満悦のベリーナ。

「ベリーナ様、うちの串焼きもいかがですか?」
「串焼きなんて、こういう時しか食べられないもの。絶対いただくわ!」
「ありがとうございます」
「うちのエールも飲んでいってください、ベリーナ様」
「もちろん! でも困ったわ、どうやって持っていこうかしら……」
「ならば、私が持とう」

 いつの間にか彼女の後ろにいたカミロは、ベリーナの手からさりげなく皿を受け取り、彼女にエールを受け取るよう促す。

「カミロ様、いつからいらしたんですか」
「今来たところだ。一通り確認を終えたから、公爵家の屋台にも寄ろうかと思ってる」
「ならご一緒しませんか? 私も今戻るところだったんです」
「もう買うものはないのか?」
「大丈夫です。もし足りない時はおかわりいたしますわ」
「そうだな」

 相変わらずブレのないベリーナに、カミロは頬を緩めながら隣を歩く。

「随分と顔見知りが多いんだな」
「ええ。皆さん本当にお優しくて、私がこちらに嫁いできてからよくしていただいています。おすすめのお料理とかいつも教えていただいて」
「うちの領は自慢できるものが多いからな」
「ええ、本当に。食べてみたいものがまだまだありますもの……あの、カミロ様?」
「なんだ?」

 照れくさそうに顔を背けながら、手に持った煮込みを差し出す。

「公爵家の屋台に戻る前に、こちらを食べてもよろしいでしょうか? ちょっと我慢できなくて」

 途端に大声で笑い出したカミロに、ベリーナは少し怒ったように頬を膨らませた。

「そんなに笑わなくていいじゃありませんか。だって、これは温かいうちが絶対美味しいですもの」
「いや、すまない。別に呆れているわけじゃないんだ。確かにそうだな。どこか座れるところを見つけて食べていこう」

 二人は賑わう広場から少し離れたところにベンチを見つけ、そこに並んで座った。

「……本当にいい香りだわ。カミロ様、隠し味にワインが使われているのお分かりになります?」
「本当か?」

 差し出された煮込みに顔を近づけカミロは目を閉じる。

「……いや、この香りが食欲をそそるものだというのは理解できるが、そこまでは分からないな。ベリーナ嬢はわかったのか?」
「もちろん! このふわりと漂う甘酸っぱい風味がワインそのものですもの」
「すごいな……ほら、せっかくだから冷める前に食べてくれ」
「ありがとうございます。では、遠慮なく……いただきます」

 ベリーナはスプーンですくった煮込みを口の中へ入れゆっくりと味わった後、小さく喉を鳴らした。
 その仕草に見惚れていたカミロの視線に気付いた彼女は、少し照れたように彼を見上げた。

「カミロ様も一口、食べますか?」
「いや、私はいい」
「でも、すごく柔らかく煮込んであって美味しいのでぜひ」
「……いや、本当に」
「まぁ、そんな遠慮なさらずに。ほら、お口を開けてくださいませ。はい、あーん」

 まるで子供に食べさせるようにベリーナはカミロの口元にスプーンを持っていく。
 すると、カミロはまるで条件反射のように素直をそのスプーンを口に入れた。

「……美味しい」
「でしょう? 美味しいものを食べたら幸せになれるんですもの。食べなきゃ損ですわ」
「幸せになれる、か。確かにベリーナ嬢を見てると、本当にそう思えてくるな」

 カミロのその言葉に、ベリーナは思わず手を止め彼を見つめた。
 その顔は喜びの中にほんの少し寂しさを含んだような、いつもとは違う笑顔だった。

「……やっぱり覚えていらっしゃらないんですね」
「どういうことだ?」
「私にこの言葉を教えてくれたのは、カミロ様ですよ」
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