上 下
62 / 66

ろくじゅーいち

しおりを挟む


***


ヒールというのはどうしたって音が響く。
暗闇の中カツカツと音を鳴らしながら約束の場所に向かうと、既にフロックコートが待っていた。いや、待っていると言うよりこれはーーー。

「あれ?帰ってきたんだ。来ないかと思ってたよ」

「………随分優雅なお茶会ね」

ため息混じりに言うと、目の前のフロックコートは楽しそうにゆらりと揺れた。相変わらずフードを深く被っているせいでその顔は見えない。そしてフロックコートは私が戻ってこないと思っていたのだろう。先程までがらんとしていたパーティ会場のような場所で、ティータイムを楽しんでいたらしい。丸テーブルの上にはエクレア、マドレーヌ、クッキー、マフィン、マカロンといった甘そうな菓子があちこちに並んでいる。
フードが深すぎて顔が見えない状態でどうやって食べるのかしら………。そう思っていると、おもむろにフロックコートの裾がマカロンに伸びる。そして裾の中にマカロンが消えると、彼は腕をおり、菓子を口元に持っていく。
そして、ふわりとフードがめくれる。
顔が見える………!
そう思ってどきりとしたが、しかし次の瞬間またしても息を飲む。それは、フードの中が空洞だったからだ。真っ黒の空間には、何も無い。フロックコートの先がマカロンをその先に投げ込むと、まるで食べるようにマカロンは消えていった。

「それでそれで?ネックレスは手に入ったのかな」

「……これでいいかしら」

しゃらり、とドレスのポケットから赤いネックレスを取り出す。銀細工があしらわれた華奢なネックレスを差し出すと、フロックコートが動く。

「どれどれ?」

そして、突然フロックコートの裾が揺れ、気持ち悪いほどに伸びる。とてもではないが人間の腕の長さではない。

やっぱりこいつ…………。

私の手の上に置いてあるネックレスをフロックコートの裾が掠める。妙な感覚だった。衣擦れしかしない。なのにフロックコート野郎はネックレスを視認したらしかった。

「んー?」

「どうかしら。あなたがご所望のガーネットのネックレスよ」

「んー………んん~~~?
………いや、これ違うよね。確かに僕が指定したのはガーネットのネックレスだ。だけどこれさぁ……あの女の子のネックレスじゃないだろ」

やっぱり気づかれたか。

もとよりこうなることは予想済みだった。パキッと軽い音がして、そちらを見るとネックレスは既に破壊されていた。あっ、ちょっと。高かったのに。

………そう、このネックレスは私が露天で買った紛い物。だけど、本物の宝石を使ってるのでその価値は本物にも劣らない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,366pt お気に入り:1,659

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,581pt お気に入り:257

子供を産めない妻はいらないようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,703pt お気に入り:276

わたしはただの道具だったということですね。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,943pt お気に入り:4,286

転生者はチートを望まない

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:1,259

ある日愛する妻が何も告げずに家を出ていってしまった…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:468pt お気に入り:5,782

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,426pt お気に入り:1,219

処理中です...