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リリネリア・ブライシフィック

ガーネリアという侍女

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捨てられた、と思った。
見捨てられた、とも思った。固まったリリネリアに公爵夫人は追い打ちをかけるように告げていく。

「王太子殿下はお前を愛していませんでした。それに、お前もそんな状態で嫁げると思っているのですか。その体で?」

その言葉は、リリネリアのトラウマを刺激するには十分だった。その短い言葉の中だけでも公爵夫人がリリネリアを蔑んでいると知るには十分だった。もっとも、公爵夫人にはそんなつもりはなかったのかもしれない。ただ単純にリリネリアに事実をわからせるためだけの言葉だったのかもしれない。
だけどリリネリアはその言葉で一層追い詰められた。自分は汚い、自分は汚れているのだと知るには十分だ。リリネリアはまだ僅か十歳だったのだから。
リリネリアはとてつもなく自分が汚れているような、そんな恥じ入った気持ちになった。恥ずかしくて恥ずかしくて、苦しくて、悲しくて、消えたくなった。ぐ、と強く手首を自分で抑える。くい込んだ爪が肌を裂くのが分かったが、やめることは出来なかった。胸の痛みよりましだ。遥かにましだ。そっちの方が耐えられる。

「お前が王太子妃になることはありません。お前は死んだのです。死んだとされて処理されました。この意味がわかりますね」

「ーーーは…………ぁ…………」

かは、と渇いたと吐息が響いた。リリネリアが死んだこととされた?その言葉の意味とは?頭が回らない。これがもう少し落ち着いた状況で、もう少しリリネリアが大人であれば少しだけでも大人の事情というのを汲み取れたかもしれない。
だけど現実はリリネリアはまだ十歳で、子供で、そして精神的にも追い詰められていた。

「いいですか。これからお前はリリネリアではありません。我が公爵家のリリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日にしんだのです」

「………………そん、な……………………」

乾いた声でそれだけ告げた。だけど弱々しい、蚊の鳴くような声は空気に溶けて何も残らない。公爵夫人は何も望んでいない。リリネリアの問いかけも、異論も、何も望んでいないのだ。
リリネリアはそれがわかっていた。公爵夫人は決めつけるような言葉でそう言い終えると、真っ直ぐと強い目でリリネリアを見ていた。リリネリアは混乱していた。分からなかった。ショックだった。だけど、唯一働いた脳の防衛反応が逃げることを選んだ。つまり、もう何もかもを投げ出して頷くことを選んだのだ。あの日、はっきりとリリネリアは絶望した。全てを諦めた日でもある。



リリネリアではなくなった、今の私は服を着替えて出かける支度をした。もうそろそろ薬屋の開店時間だ。私はこの街で名前を変え、薬屋を営んでいた。戸籍上では死んだこととされているが、それでも私は、公爵令嬢である。さすがにひとりで辺境の地に行かせることはさせなかったのか、公爵夫妻はひとりの侍女を私につけた。それが同じ家で暮らしているガーネリアである。
彼女は私の十歳の時から仕えている侍女で、さしあたって私が辺境の地に行く時に共についてくるよう公爵夫妻から指示を出された。



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