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一章
どうしてこんなに苦しい
しおりを挟む諸事情。
それはつまり、以前からルエイン様がロディアス陛下に嫁ぐという話があった、ということだ。
ステファニー公爵の言葉にロディアス陛下は少し考えるような素振りを見せた後、ダンスホールへ視線を向けた。
「では、次の曲のお相手を願おうか」
今奏でられている曲はもうすぐ中盤に差しかかる。
ルエイン様とロディアス陛下が踊る。
一緒に踊る様子は見たくなくて、でもこの場から逃げるわけにもいかない。
私に出来るのはただじっと立ち尽くすことだけ。
ふと、ロディアス殿下は背後に視線を向けると、自身の従僕になにか言付けたようだった。
短い言葉に、従僕は恭しく頭を下げその場を後にする。
(……?)
私が不思議に思っていると、こちらを向き直したロディアス陛下がふわりと微笑みを浮かべた。
いつもの柔らかな表情だ。
彼は、まさに、誰もが脳裏に思い描く王子様像そのものだ。
煌びやかな金の髪に、不思議な色合いを見せる、透明に近い薄紫と桃色が入り交じった瞳。
優しい声。柔らかな眼差し。
ロディアス陛下は女を魅了する天才だと思う。
彼の前では誰もがひとりの女にされてしまう。
それは、貴族や王族、権力や立場、肩書きといった全てのしがらみを全て忘れさせてしまう。
彼は怖い人だ、やはり。
彼に心を奪われないようにすることは、難しいと思う。
よほど分厚い鎧でも持ち合わせていないと、あっさりと心の内に侵入し、侵食されてしまう。
(彼は……ロディアス陛下は、心の内を見せてはくれないのに)
相手の警戒心という表層を剥がすことが大の得意なのだから、ほんとうにずるい。
もし私の夫が、ロディアス陛下のように見目麗しく、そして女性に好かれやすいひとでなければ──。
このやるせなくていたたまない、むず痒さを伴う痛痒感もなかっただろうか?
詮のないことを考えるのは大の得意だった。
私が物思いに沈んでいると、向こうの方から、一際背の高い男性が向かってくるのが見えた。
朝陽のような強い赤の髪。夜空のような明るい紺色。上背のある男性はこちらに歩いてくると、胸に手を当て、臣下の礼を執った。
「お呼びと伺いました」
彼がロディアス陛下に声をかけると、彼は瞳を細めて柔らかな笑みを浮かべた。
(あ……今のは愛想笑いではなく、ほんとうに笑ってらっしゃる……)
彼の瞳は、いつものような冷たさを帯びていなかった。
そこにあるのは親族に対する柔和な色。親しみが込められている。
「突然呼んで悪かったね。しばらくエレメンデールの相手をしてもらえるかな。彼女をひとりにするのは心配だから」
ロディアス陛下の言葉に、ステファニー公爵が苦笑した。
「いやはや、ルムアール公爵を呼ばなくても私がおそばにおりますのに……」
「公を信頼していないわけじゃない。ただ、見知った相手の方がエレメンデールも安心するんじゃないかと思っただけだよ。ね?」
ロディアス陛下がこちらを見るので、こわごわ頷いて答えた。おそらくここは、肯定しておくべきだろう。
「ありがとうございます。お気遣い、感謝します」
私の言葉にロディアス陛下も微笑みながら頷いた。よかった、この対応で合っていたようだ。
ロディアス陛下が先程従僕に言付けていたのはこれだったのだ。
陛下の弟君であらせられるルムアール公爵。
臣籍降下する前のお名前は、アレン・レーベルト・ルムアールだと聞き及んでいる。
ルムアール公爵は陛下の言葉に頭を下げて了承の意を示した。
その時ちょうど、ダンスの曲も終わりを迎える。最後の音が奏でられて、ロディアス陛下がルエイン様の前で腰を落とし、手を差し伸べた。
まるで、求愛のように見えて胸がザワザワする。
私はいつから、こんなに心が狭くなってしまったのだろう。
恐れ多くも彼に──陛下に、独占欲のようなものを感じているのだろうか。
だからこそ、こんなに苦しさを覚えるのか。
見ていたくない。
そう思うのに、視線を逸らすことは難しかった。
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