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一章

人を堕落させるだけの毒

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「エレメンデール」

ふと、名前を呼ばれて顔を上げる。
ロディアス陛下は、私を抱えたまま手を伸ばし、グラスを取った。
既にグラスは半分以上、氷が溶けている。
彼はそれを呷ると、酒を含んだままくちびるを合わせてきた。

「んぅっ……!?」

ぴたり、と合わされたくちびるが少し開かれる。
そっと中の液体が口内に入り込んでくる。
酒の芳香と、噎せるような苦味。
私が苦手とする、ウイスキーの味。
思わず眉を寄せるが、口に入ってしまった以上飲み込むほかない。
こくり、と嚥下するときつい酒臭が鼻を抜ける。

「っけほ……!っ、こほ、んっ」

慣れない酒に噎せると、宥めるように彼がくちびるを食んできた。
ロディアス陛下はロックでお酒を召していたようだが、氷が溶け、水で薄まっていたのだろう。
口に含んだものは、そこまで強い酒精ではないようだった。
それでも、酒に慣れない私にとっては、きつい酒であることに変わりはない。

「んぅっ……!ん、んんっ、ん……!?」

酒を流し込んできて、それで終わりかと思いきや、そのままロディアス陛下の舌がにゅるりと入り込んでくる。
柔らかな感触が、私の口内を荒らす。舌が触れ合って、吸われる。

「んぅう………!」

思わず彼の胸元に手を添える。
しかし、引き離したいのか、彼に縋りたいのか。
私にはわからなかった。
ただぎゅっと力を込めて彼の口付けを受ける。
飲み下すことができなかった涎が口の端から零れる。何度も舌を絡め、角度を変え、濃厚な口付けを繰り返した。
頭がくらくらする。
酩酊しているように感じるのは、口にしたアルコールのせいだろうか。

それとも、既にこの行為自体に酔ってしまっているのだろうか。

ぢゅっ、と舌を吸われる。

「っ……!」

びくりと腰が揺れ、仄かな燻りをもたらした。
もっと明確な快楽が欲しくて、これでは足りなくて。
つい、腰が揺れた。
腰が揺れかけて、はっとして律するように動きを止めるも、もう遅い。

ロディアス陛下は目ざとくそれに気がついたように、私の腰を撫でた。なにか、色事を示唆するような、含みのある触れ方だ。
彼の指先は私の腰に触れ、尻を撫で、太ももに下る。指の腹でくすぐるように撫でられて、吐息がこぼれた。

「はっ、ぁ、やぁっ……、こ、こでは……しな、いって……!」

上手く言葉が紡げない。
思わず、フランクな言葉が口をついて出た。
ロディアス陛下は口端から零れ、顎を伝う唾液をぺろりと舌で舐めとり、そのままちゅっとリップ音を響かせて私から離れた。

「しないよ?ここでは、ね」

私の耳朶をくすぐりながら、なにか他に意味を含むような声で彼が言う。

でも、その隠された意味がわからない。
私に出来るのは、これ以上ここでみだらな真似をされないよう、精一杯警戒するだけだ。
彼との行為を拒否している訳では無い。
嫌悪しているわけでも、忌避している訳でもない。
だけど、今は真面目な──大切な話をしていたはずだ。
それなのに、こんな、みだらな行為に励むのはよろしくない。良くないことの、はずだ。

私がそう思って彼を見ると、ロディアス陛下は私を見て、瞳を細めた。
その瞳に、どきりとする。

彼の薄桃を帯びた透明度の高い瞳には、嗜虐的な──まるで、いじめっ子のような、そんな意地悪な色が宿っていたからだ。
思わず身構える私に、ロディアス陛下がくすくすと笑った。

「分かった。じゃあ、移動しようか?今日はちょっと、僕も酒を飲みすぎた。きみも僕と同じほど、とまでは言わないけど少しは酔ってくれたらいいかなーなんて思ったんだよ」

肩を抱かれ、腰に手を回されて、ぐっと抱き上げられる。突然の浮遊感に、小さな悲鳴が零れた。

「きゃっ……」

「久しぶりにこんなに飲んだな。僕は、そこまで酒に弱いっていうわけでもないんだけど、酒自体がそんなに好きじゃない。あれはひとを堕落させるだけの毒だからね。飲みすぎれば体調面にも精神面にも悪影響を及ぼす。いいことなんてひとつもないだろ?飲めば多少は酩酊感に浸ることができるし、現実逃避には持ってこいかもしれないけど、百害あって一利なしだ」

実にロディアス陛下らしい言葉だと思った。

酒は、嗜好品だ。
アルコールを摂取することで、多くの人は気分が良くなることだろう。

だけど彼は、それ以上にデメリットがあると考えているようだった。
彼がハーブティーを好んで飲んでいる理由が少し、わかった気がした。
アルコールのように依存性も無ければ、体──臓器への負担もないからだ。

「……レーベルトでは、『酒は長寿の秘訣』と言われているとお聞きしました。ロディアス陛下はそうは考えられていないのですね……?」

揺られながら、彼を見つめる。

すこしふわふわしている気分に陥る。
おそらく、先程ロディアス陛下に含まれたウイスキーが原因だろう。
お酒を嗜む機会の少なかった私は、酒慣れしていない。

「レーベルトは北方に位置する国だからね。寒い冬なんかは、体を温める手段として酒を飲むのが一般的だ。だからこそ、寝酒なんて文化ができたのだし」

私は沈黙を守り、彼の言葉を聞いていた。

「酒を摂取することで、なにか病状が回復したとか、薬効があるとか、証明された論文はまだない。今のところはね。だから、僕は、酒は人間を堕落させるだけの毒だと判断している。まあ、規制するほどでもない麻薬みたいなものかな。都合よく現実を朧気にさせてくれるんだから、だいたいの人間はそれを求めるんだろうね」

辛辣な言葉に、理論的な言葉に、私は苦笑した。
やはり、ロディアス陛下らしいな、とそう思って。

私がそんなことを考えているうちに、ロディアス陛下は寝室への続き扉へと向かっていた。
この先のことを予期して、知らずのうちに体が固くなる。そんな私を見て、ロディアス陛下が尋ねた。

「……僕に抱かれるのは嫌?」
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